第185話 ボックス・カー
エノラ・ゲイ は広島
ボックス・カー は長崎に原爆を投下した B29 の名前です。
バルナック城の中央の宮殿のララーシュタインの執務室には戦の最中にも周囲の情報が集められ、領主ララーシュタインに報告される。ハーロウィーンによって多元的に現世と北の地の白と黒の妖精の国と月の世界の一部が重なっている事はもちろん把握しており、邪妖精をミッドガーランド軍へ嗾ける工作も行っていた。
しかし、ララーシュタインにとっては面白くない情報もあった。鉱山都市デズモンド・ロック・シティからドワーフの軍が、あちらこちらに点在するホビット荘からも戦力が集まりバルナックを目指して進軍している。
実は、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、ホビットの四つの亜人の種族の王に神々の神託が下っていた。エルフにはアース神族から。ダークエルフにはヴァン神族から。ドワーフにはティターン神族、ホビットにはオリュンポス神族から、それぞれ受け持ちの天使が種族を統治する王へ『バルナックの悪魔を滅せよ』との大いなる意思を伝えた。
ダークエルフの空中都市ラヴェンダー・ジェット・シティはすでに滅んでいるが、ダークエルフの王であるオズワルドが神託を受け王家のオズボーンファミリーが戦っているし、エルフは空中都市アッパー・ジェット・シティよりイスズが率いる防空部隊の飛行船団が出動、すでにオズボーンファミリーのフェザーライトと共闘している。
因みに人間は、どの神族からも神託はあり得るが。神への信仰は薄く、悪魔の誘惑にも弱く、神を冒涜し裏切る事も多い為、神のお告げそのものが少ない。また王だからとて、神の神託を受けるにふさわしい人物であるとは限らない。天使たちにとっては、授ける人徳のある人物を探すのも一苦労。
この状況ではバルナックは四面楚歌である。逆転を狙い、ララーシュタインは悪魔三男爵の一角、マッハを呼び命じた。
「マッハよ。ホビットの軍を消してまいれ。」
「ホビットですか。ドワーフを消す方がよろしいのでは? 腕力が強く、強力な武具を持っております。」
「ドワーフを葬るならば、鉱山都市を攻めれば良い。普段はバラバラのホビットを纏めて葬るならば、今が好機よ。ドワーフよりもホビットは数が多い。どちらか一方ならば、ホビットだ。」
「なるほど。そこまでは思い至りませんでした。さすがです。」
早速マッハは城を飛び立ち、ホビットが行軍している上空に到着すると、躊躇なく火炎奇書の禁呪を使った。『エノラ・ゲイ』とは別のもう一つ。
「地獄の業火が赤い空から降り注ぐ。全ての物を灰燼と化せ。生ける者は此処にはいない。塵へ還れ。 ボックス・カー! 」
アース神族による魔法か、ヴァン神族による魔法かの違いがあるが、どちらも同等に強力で危険な火力呪文。一瞬の閃光の後、轟音と大きな雲の柱が立ち、ホビットたちが焼かれ、不毛の大地のみが広がった。一万人のホビットがこの世を去った。
「実験は成功だな。しかし、さすがに魔力がもうない。すぐに戻って閣下に報告せねば。」
マッハは力なくフラフラと飛びバルナックの城へ帰ったが、この時の黒い煙はドワーフ軍にもミッドガーランド軍にも観測された。ミッドガーランド軍は短期決戦として城の攻略を進めていた為に遠方の煙どころではなく、ドワーフ軍には畏れ気後れする者も少なからず。
ただ、すでにほぼ全滅し救助活動が行われているミッドガーランド軍の元の本陣には、オリヴィアがいた。バルナックの城の向こうの遠い空だが、暗雲が広がっていく。その様子を見たオリヴィアは、また火炎奇書の火力魔法が使われたと、すぐに察した。
「放射能を含んだ雨が降るといけないわ。」
オリヴィアは却下の呪文を唱え、また淡々と救助活動を続けるのだった。黒い雲は気付かぬうちに拡散して消えて行った。騎士でも兵士でもなく、戦わず。地味ながら、この遠征での一番の立役者は彼女だろう。
もう一方の悪魔三男爵ダイは、サキと相対している。ゴーレムはなく自身の持てる能力のみで。
「マスターオブパペッツってえのは、おめえか?」
「そうだが。みすぼらしい下級悪魔に知り合いはいないぞ。」
ゴーレム戦で敵わなかったダイは、サキと直接戦って屈辱を晴らそうとするが、サキは早速煽って心理的に優位に立つのだった。ダイはストレージャーから斧槍を出すと無言で斬りかかったが、サキはサッと避ける。ダイはバレエダンサーのようにクルクルと回転しながらハルバードを振り回すが、やはりサキには当たらない。
それでもダイは気にしない。正面を向くと両手を胸の前に合わせインスタント呪文を詠唱。
「深夜に這う者!」
丸太のように太く長さも十メートルは超えるであろうミミズのような魔物が飛び出し襲い掛かるが、サキは両手に持つサーベルを薙ぎハムを切るように輪切りにする。しかし、背後からもう一匹同じような魔物がサキに体当たりして、突き飛ばした。
「なんだとっ!」
ダイの足下にうつ伏せに倒れたサキに頭上からハルバードが振り下ろされるが、サキは横に転がって避けた。その勢いでしゃがみ込む姿勢で前を向くと右手の黒いサーベルを滑らせるように横に振ってダイの足首を斬りつけた。
後ろから突き飛ばされたダメージなどないかのように動き回る。さらに数匹のミミズのような魔物キャリオンクローラーが出てくるが、囲まれてどつき回されようと意に返す様子もない。キャリオンクローラーの死体が転がってはマナに還元されて消え、サキはダイに近づいて行く。
「魔法使いの戦い方じゃあねぇなぁ!」
「本命との戦いまで魔力は取っておく。おまえのような雑魚に魔法は必要ない。」
「エルフがこんなドワーフの戦士のような戦いで耐えられるのかぁ?」
細かい打撃や斬撃は受けるが致命傷になりそうな攻撃は全て躱す。ダイの重いハルバードでの攻撃もサーベル二本同時で受けることで防ぎきり、間合いを詰めると山羊頭の喉に黒いサーベルを突き立てた。
手首を返し黒いサーベルをグリグリと回すとダイは声が出せなくなった。魔法の呪文を使えなくする事と、もう一つの狙いがあった。ダイの体力生命力を吸い取る事だ。
サキが持つ白と黒、色違いの二本のサーベルは『ドレインのサーベル』という名前がついている。黒いサーベルは相手にダメージを与えるとその生命力を奪う。もう一方の白いサーベルは、その生命力を使い手に供給する。サキの傷が治り、体力が回復。
もともとサキは、このサーベルの二刀流で冒険者として様々なクエストを単独でこなしていた。致命傷にさえならなければ、捨て身の攻撃ができたわけだ。痛みは防げるものではなく、度胸が無ければ使えないが。その白いサーベルをマチコに渡していた。ずば抜けた体術の使い手ではあるが魔法を使えないマチコを守るため。サキが稼いだ生命力がマチコを回復する。籠手、ブーツの装備も元々サキの持ち物である。サキがいかにマチコを大切にしているか分かるだろう。
細かい裂傷や擦過傷が治癒し、万全の状態のサキは手数を増やしアークデーモンを圧倒した。全身を膾切りにし、白のサーベルを悪魔の心臓に突き立てた。
「この白いサーベルは白魔術の効果を持つ。悪魔やアンデッドに対して使えばどうなるかは、分かるよな? 」
サキがサーベルの柄を強く握るとダイの心臓は停止。そして魔法は温存とは言っていたが、最後にしぶとい悪魔が息を吹き返さぬように聖水を創り出す魔法を使った。
次回はスコット王子について。




