第184話 先登
バルナックの城攻め、苦戦してます。
レイチェルとクララが慌てて声を上げた。ロデムに運ばれ、治癒魔法を受けていたパーシバルだが、思った以上に傷が深い。血の流れを操っても、傷は塞がらない。
「ああっ、パーシバル先生!」
「マリアさん、助けて! あたしたちじゃ手に負えない!」
トリスタンが走って来た。血の量を見て驚く。
「背中の傷は拙い。鎧を外すんだ。内臓をやられたかもしれない。」
鎧の金具を外していると、咳き込んで喀血した。肩甲骨や肋骨を斬り、傷が肺に達しているようだ。マリアの指導でクララとレイチェルが肺の中の血を出し、マリアが肺と骨の組織を修復再生する魔法を掛けたが、残念な結果となった。
「パーシバル先生、まだ教わることいっぱいあるよお。なんだよお。」
ジーンは、パーシバルに剣、槍、騎馬といった騎士として基本の武術の訓練を受けている。勿論、義理の父であるトリスタンからも習っているが、それぞれ得意分野の槍と弓については棲み分けされていた。ジーンにとっては槍使いの師匠である。
そして、勇者の職能を得て戦いに参加しているとはいえ、まだ九才の子供。堪らず涙が溢れ出た。親を亡くした時の事も思い出したろう。レイチェルももらい泣きしている。
パーシバルと一番つきあいの長いトリスタンは、数秒黙祷し顔を上げた。そして、ジーンに向かう。
「厳しい事を言うようだが、ジーン、泣くな。ここは戦場だ。」
「は、はい! 父上!」
ジーンはビクッとして背筋を伸ばした。慌てて目をこする。
「パーシバルの槍はおまえが持っていなさい。」
ジーンの表情が少し明るくなった。女の子が人形を抱えるように大事そうに槍を持ち上げギュッと両手で握る。レイチェルがジーンの肩に手をかけた。
「ジーンはそいつで戦うか。じゃあ、ガウェインのトンファーと親父のアロンダイトは俺が預からせてもらおうか。」
ガラハドはメカンダーの盾をストレージャーに仕舞い、アロンダイトを左腰に帯剣。トンファーを両手に持った。
「メカンダーの盾は傷がついちまった。ホリスターに怒られるなあ。でもまあ、マリアを守ったから役目は果たしたな。」
ワルプルギスの夜に魔女たちから与えられた盾は、普段は出番がない。魔女狩りからマリアを救って以来、指折り数えるくらいの機会しかなかった。バルナック軍との戦いでのみ。
「ところで、レイゾーは? 何してんだよ?」
ここで合流するまで別行動であったガラハドとマリアにトリスタンとシイラが戦況を説明した。レイゾー達は城壁の上でスコット王子のゾンビと戦っているが、攻撃を躱しながら城壁に登ったりできる兵はいない為、加勢に行けない。ライオネル、ベネディア、グリフォンを駆るゴードン王子と後からペガサスで駆けつけたアラン王子の五人でスコット王子を囲っているはず。
そして、今はサキがダイ男爵と戦い、俺が攻城兵器の部隊を指揮して城門破りを進めており、上空からはフェザーライトが支援攻撃で弩砲や投石器を潰そうとしている。
ガラハドが城門を見ると跳ね橋の上に破城槌がある。ガラハドはすぐに決心した。レイゾーもサキも自分たちでなんとかするはずであると。
「もうすぐ城門が破れる。城内へ攻め込むぞ!トリスタン卿、頼む。」
トリスタンは頷くと号令を掛けた。城門から城内へ突撃するために隊列を整える。そして、ゾンビを蹴散らしながら前進。破城槌や攻城塔の後ろに着いた。
ついに破城槌を城門の扉の前に着けて攻撃。力自慢の兵たちが、鐘楼のような建屋の三角屋根の下、ぶらさがった槌を動かすためのロープを曳く。
「ぶっ壊せええ!」
二度三度と撞木が鐘を撞くように分厚い扉を叩く。だが、バルナック側の攻撃も緩くはない。城壁の上部の狭間から手榴弾が幾つか投げつけられた。三角屋根の棟に弾かれた手榴弾はカラカラと音をたてて屋根を転がり、脇に落ちると、そのまま跳ね橋の下の空壕へ。壕の底で爆発し轟音と土埃があがった。
「手榴弾を投げるタイミングが早すぎる。火矢を持てー!」
外れた手榴弾の爆発でも破城槌を動かす兵士たちには十分脅威であったが、火矢はそれ以上だった。破城槌の建屋の屋根は木製だ。戦のための道具に余計な機能などはなく、瓦など葺いているわけはない。木の板の屋根に火矢が刺さり延焼していく。
破城槌だけでなく、壕を越える陸橋として架けられた攻城塔にも火が点いた。壕の上を渡る兵士たち数人が火傷を負いながら城壁に憑りつく。
その一方で鉛筆のように先を尖らせた丸太がバルナック城の扉を貫き、押し倒した。三角屋根の下、先端にいた兵士たちが一番槍の手柄を求めて雪崩のように押し込む。先頭にいた者は、たちまち蜂の巣だ。数多の銃弾と矢が飛んでくる。
それに怯まず前に進む者もいる。燃えて黒煙を上げる三角屋根の下、大勢の兵士でごった返した狭い空間を駆け抜ける小柄な影が三つ。背の低い亜人が戦斧を持って城内へ入り込んだ。
スカイゼル、グランゼルの兄弟と、スカイゼルの息子フォーゼ。ドワーフは鍛冶の技術などに優れる者が多いが、それに釣られて魔法でも火や土の系統を使う者が多い。グランゼルが土の魔法で土塀を造り、盾として多くの味方を誘導した。
城壁の外では、激しい攻防戦が続く。フェザーライトとエルフのイスズ司令官の旗艦は上空からの支援攻撃で弩砲を一基二基と叩いているが、小銃を持った兵士は次々と現れてキリが無い。破城槌にも次々と火矢が刺さり火が広がり黒い煙と赤い炎をあげる。攻城塔も同様だ。
「このままでは、空壕を越えて城に入れない。火を消さなければ。私が何とかします!」
シイラが城門の前に立った。水軍の北西方面軍の旗艦ブルーノアの乗組員であったシイラは水の魔法を得意としており、水軍では大いに役に立った。だが、ガウェインの部下として地上での戦いになってからは、目立った武勲を上げていない。亡くなった同僚たちのためにも、此処が踏ん張りどころだと思った。
「お、おい! シイラさん! 駄目だ。そんなところに立ってたら的になるぞ。」
シイラの姿を見つけ、銃の怖さを知る俺は避難させようと叫ぶが、聴こえるだろうか? 後方から魔法の矢を撃っても、どれほどの援護になるやら。
ただでさえシイラは大怪我を負っているのに、魔法を使うには集中力が要る。跳ね橋の上の破城槌を睨みつけるように見て、シイラはソーサリー呪文の詠唱に入った。
「蒼天の星、植層の山と群青の海より雨と露と霧を集めよ。山火事をおさめ、神の怒りを鎮め給う。鎮火!」
とんでもない広範囲に及ぶ魔法だった。呪文の文言にもあるとおり、本来は山火事に対処するものだ。バルナック城の城門を中心に地表から水蒸気が出て、辺り一面が霧に包まれ、視界を塞いだ。真っ白で何も見えない。ホワイトアウトだ。やたらに弓や小銃を撃っても、当たらない。いや、視界が悪くなるだけではなかった。霧雨が破城槌、攻城塔の火災を消し止めた。これで撃たれる心配もなく、空壕の上を渡り、城門を潜って城の中へ攻めていける。
ただし、これで魔力を使い切ったシイラは膝を着き、パニックから盲目撃ちで、やたらに小銃を撃ちまくったバルナック兵が複数おり、その凶弾がシイラとフレディに当たっていた。呪文の詠唱を終えたシイラは、すぐに伏せれば良かったのだが、魔力切れで意識朦朧とした中で、そこまでできなかった。
ガラハドとマリアがすぐに助けに行くが、銃弾は眉間に命中していた。即死だ。
「アグラヴェインとガウェインの兄弟の直属の部下として、良く働いてくれた。感謝するよ。シイラ。おまえの相棒のバイソンも天国で待ってるだろう。」
「どうか、安らかに。」
「すまねえな。屍は後で拾ってやるからよ。ストレージャーに余裕がないもんでな。」
ガラハドは、シイラの帯剣をストレージャーに容れた。遺族に渡すためだ。
トリスタンは軍勢に指示を出した。見えないだろうが、右手に剣を持ち天に掲げている。
「全員、城内に突撃だ! 存分に手柄を立てろ!」
いよいよ城内に攻め込みましたが、
城の外の様子がもうちょっと続きます。




