第18話 慰霊碑
「タムラさん、3年前の戦争って、どんなものだったんですか?」
話が長くなりそうだが、訊かずにはいられなかった。背景をどうしても知りたい。
「まず地理的なことからだ。この辺はガーランド群島って4つの大きな島からなりたってる。真ん中の一番大きな島の南側の大半と東の島を領地にする国が、俺たちがいるミッドガーランド。北にあるのがノースガーランド。西の島がウエストガーランド。
西隣の国、ウエストガーランドの南端の領主がな、領地拡大のために侵略してきたんだよ。魔物を引き連れてな。
バルナック伯爵ユージン・ララーシュタインって貴族なんだが、魔法使いの中でも召喚士、黒魔術士っていう職能の持ち主で、悪魔なんかを霊界から呼び出しては使役する事ができるとか。とんでもねえ厄介なヤツだな。それで、バルナック領対ミッドガーランドの戦争になったんだよ。
ウエストガーランド王家としては、責任を負いたくないので、さっさとバルナック領を放棄して、ララーシュタインからは爵位を取り上げた。そして兵站物資をミッドガーランドに提供してきたんだ。」
領地の奪い合い。人類にとって永遠の課題なのだろうか。こっちの世界でもあるのだな。それがAGI METAL にどう関係しているかが問題なんだが。
「大魔法ってのギルドの講習で教わったかい?大勢の魔法使いが集まって儀式みたいなものをやって使う大掛かりな魔法だ。成功率も高くはないだろう。ミッドガーランド王家、正確には、王家に仕える宮廷魔術士たちが、その大魔法で異世界から人材を召喚した。物理攻撃の効きにくい悪魔や亡霊に対抗できる魔法使いが欲しかったからだ。」
俺は何が理由でこっちの世界に転移したのか知らないけど、呼び出されるなんてこともあるのか。呼び出された人にとってはいい迷惑だ。
「過去数百年に何度かやったことがあるらしくってな。その記録から、音楽家を召喚すると吟遊詩人の職能を得やすいと分かってるそうだ。吟遊詩人ってのは、魔法の呪文を詠唱する代わりに歌うことで魔法が使える。戦場全体に影響する範囲攻撃や補助が得意なんだと。それでライブの最中だったレイゾーの旦那のロックバンドの4人が王都の神殿に召喚されたんだ。」
そんな理由があったとは。吟遊詩人という職能は知らないが。
「帰るに帰れないので、仕方なく戦争に協力したらしい。パーティメンバーが入れ替わりながら。バンドメンバー4人のうち生き残ったのが旦那一人だ。
最終決戦でララーシュタインの本拠地に乗り込んで戦死した二人と、その前に逝った一人。旦那は、バンドメンバーの霊を弔うためにこっちの世界に残ってる。まあ、バンマスだったらしいしな。」
人に歴史あり、か。悲しい歴史だ。いつも優しい表情の人なのに。ちなみにバンマスとはバンドマスター。バンドのリーダーのことだ。
「ララーシュタインは、最初はこのミッドガーランド島の西海岸、セント・アイブスからすると北北西に上陸した。そのうちにこのコーンフロール半島の先端を経由して大きく回り込み、島の東海岸にある王都へ、海上と陸路の両方から攻め込もうとしたんだ。その途中、この半島の南端に本陣を構えた。王都の西側の砦で両軍の主戦力が戦ってる間に、旦那たち5人だけで半島の端のララーシュタイン本陣を落としたってわけだな。そして、その直前に寄ったこの街に今も暮らしてる。」
だいたい事情は飲み込めた。まだ分からないのは、もとの世界に帰る方法があるのかどうか。クララの話では、クララの冒険者パーティにも異世界人はいるらしい。帰ろうとしないのだろうか。
「タムラさんは?タムラさんは、どうしてこのユーロックスにいるんですか?」
もう一つの疑問をぶつけてみた。何か俺と共通項でもないだろうか。
「さあ、何故だろうな。俺が来たのは5年前だ。前回のこのテオのダンジョンのオーバーランの前。俺は、元は岐阜で林業をやってた。それから猟友会の副会長。罠を仕掛け鉄砲を持って熊や猪の相手をしてたんだよ。こっちへ来たときに射手と捕縛者っていう職能だったんだが、それぞれ狙撃手と猟師という上級職になったかと思ったら、オーバーランが起きやがった。」
「ええっ!」
驚きだ。思わず声が出た。俺は陸自で戦車の砲手をやっていて、射手の職能を持つ。魔法を幾つか使えるようになった途端、すぐにダンジョンのオーバーラン。よく似ている。
「何か意図を感じねえか?人なのか何なのか、分からねえけどな。こっちの世界にとっては都合が良すぎるような。」
「た、確かにそうですね。でも、意図的にできることでしょうか?」
「分からん。想像もつかんな。
ついでに言っとくと、俺が AGI METAL のパーティメンバーになったのは、わりと最近だよ。3年前の戦争には駆り出されて弓を撃ちまくったがな。俺が作った猟師飯を食った旦那が、塩加減が良いって気に入ってくれてなあ。取調室のシェフって肩書ができて、その後だ。」
「レイゾーさんには、特に怪しいことはありませんけど、この世界には何か裏があるのかもしれませんね。」
伏魔殿のような世界だ。本当に魔物が棲んでいることだし。俺は取調室の従業員ではあるが、店内に籠るわけじゃない。食材を調達しながら情報を集めてみよう。俺は戦車乗りだぞ。陸自の10式戦車だってC4Iシステムという情報処理装置を積んで『走るコンピュータ』って呼ばれているんだからな。今後の課題が見えてきた。
そしてタムラとホール係の従業員から、ここから真っ直ぐ東へ進んだ海岸に慰霊碑があることを教えてもらったので、そこへ向かうことにしてランニングを再開した。気分は霞がかかったようにモヤモヤしているが、風は爽やかだ。まだ背中と上腕の筋肉がパンパンに張っており昨日の疲れもあるが、これは長い時間弓を引いたからだろう。すぐに馴れる。
海が見えてくると気も晴れて来た。土が程々に柔らかく走りやすい路だ。砂浜を4、5メートル上がった平らな地盤の上は石畳が敷かれ、東向きに四つの大きな塔が建っている。近づいてみると、一際大きいものには、バルナック戦争戦没者慰霊碑との意味の文字が刻まれ、あとの三つには、それぞれ『フィールドやラビリンスで亡くなった冒険者や探索者』『バルナック兵戦没者』『同モンスター、クリーチャー』という意味の言葉が彫られている。敵兵まで弔っているのだ。どんな悪人も死んでしまえば仏、みたいな思想なんだろうか。一寸感銘を受けた。そういえば、この国の人たちはどんなふうに祈りを捧げるのか知らない。形が違っても気持ちが通じれば良いかと思い黙祷、合掌しておいた。
そして10メートルくらい離れた場所に五基の墓らしき小さな石塔。平らな台輪の上に5基とも乗っているが、その台輪の正面には「バルナック戦争の英雄の魂が此処に眠る」とある。石の三つは寸胴な四角柱。日本人らしい男女の名が入っている。二つは十字架の形で、名は爵位の付いた騎士であるようだ。おそらく、これはAGI METALの旧メンバーの墓碑なのだろう。萎れかけた花が手向けてあるのは、生き残ったパーティメンバーが参っているのではないか。
(先輩方、この街は貴方達に代わり必ず守ります。どうか安らかに。)
こちらでも掌を合わせておいた。次に来るときには花束を用意しよう。
どこからか一匹の野良猫が歩いてきて、墓の前でコロンと転がり丸くなった