第183話 親子対決
最強の騎士ラーンスロット と その息子 ガラハド の対決。
あの世とこの世、地上と三つの月の世界、地上でも亜人や妖精が暮らす白と黒の妖精の国と起点になったバルナックが繋がるジャザム人の古来の民俗神事ハーロウィーン。その影響はガーランド群島全体に及んでいた。
中心となっているウエストガーランド島のバルナック地方に比べれば大したことではないが、邪妖精や鬼火が発生し人を襲った。レイゾーがセントアイブスから出征する人員を絞ったのは正解であった。領内の治安を守る騎士団と冒険者、それにレストラン取調室のスタッフとで応戦し、事なきを得ていた。
そして、このハーロウィーンを切っ掛けに神託を受け、軍隊を動かす二つの亜人の種族があった。一つは人間の子供のような大きさで、小さな村々から出征し、行軍すると道々戦力が集まって来る。革の防具に銅製の剣、粗末な武具だが数は五千を超える。
もう一つは、鉱山都市デズモンドロックシティを出発した、背は低いが筋肉質のいかにもむさ苦しい男どもの集団。角の装飾が付いた海賊兜に鱗状甲冑等で身を固め、鉾槍や槍斧といった重量級の武器を持つ。
北の島白と黒の妖精の国の地上で暮らす妖精に近い亜人種、ホビットとドワーフの軍隊だった。二つの軍隊が目指すのは、バルナック城。示し合わせたわけでもなく、同時期にバルナックを目指すのは、神託によるものだ。
ガラハドとラーンスロットの戦いは、お互いに決め手がないまま続いている。ラーンスロットの剣は流れるように見事な軌道で動き回るが、ガラハドは躱し、盾で弾き、寄せ付けないが距離を詰められず、拳が届かない。
「我が息子ながら、見事だな。しかし、卿は本当にガラハドか? 顔を見せてみよ。」
「へっ、そんな事を疑ってやがったのか。」
ガラハドがしばし動きを止め兜のフェイスガードを上げると、顔面目掛けラーンスロットの名剣アロンダイトの突きが飛んでくる。ガラハドは上半身を仰け反り、ボクシングのスウェーバックでこれを躱す。
「ふん。俺の顔、憶えてんのかよ? 」
「愚息めが。忘れるわけがない。」
「俺はあんたを父親と認めねえがな。不意討ち狙いやがって!」
ガラハドは仰け反った姿勢から上半身を前のめりにすると、その反動で一気に踏み込んで距離を詰め、シールドバッシュ。メカンダーの盾の突起がラーンスロットの鎧の胴に傷をつけた。だが、同時にガラハドの左肩口にもラーンスロットのアロンダイトが食い込む。すぐに両者とも飛び退いて構え直す。どちらも些細な掠り傷としか思っていない。
(アダマンタイトの鎧を斬りやがったか。腐っても鯛だな。このゾンビ野郎。)
ガラハドの肩から血が滴る。それで、戦くようなガラハドではないが、マリアは気を揉んでいる。
「手が痺れた。なんとも頑丈な鎧だ。しかし、このアロンダイトはドラゴンの鱗も貫く。覚悟するがよい。」
ラーンスロットが煽ると、ガラハドが心配で堪らないマリアがガラハドに駆け寄り、肩の傷に治癒魔法をかけた。たちまち血は止まったが、ラーンスロットはそれを見逃さない。治癒回復に遣われる白魔術、白のマナを使う五芒星魔術の使い手はアンデッドにとっては天敵である。
ガラハドを見守るマリアはフェイスガードを上げていたため、ラーンスロットにも、その顔が見えた。ラーンスロットは眼を細めてしばし考える。
「どこかで見た憶えがある。ワルプルガだったか? ガラハドと共に行動しているのか? 」
「やはり堕ちたな。女子供に手をだすとは情けない。それでも騎士か。」
アロンダイトを振り上げるが、ガラハドは素早くマリアを庇い前に出て盾で受ける。と同時にトリスタンの矢が飛び、ラーンスロットの腹に刺さるが、まるで意に返さない。
「ふむ。」
と一言だけ言うと無造作に左手で矢を抜いてポイと捨てた。痛みも感じていないようだ。続いてパーシバルが長槍を振り回しながら突進してきた。槍の腕は王宮騎士団でも指折り数えられる猛者なのだが、それでもラーンスロットには敵わない。ただ、ガラハドにとっては隙を作ってもらえた。この二人が戦っている間にガラハドはある仕込みをした。
「たしかパーシバルだったな。私が団長の頃には、まだ騎士見習いだったが。」
「パーシバル卿下がれ!こう言っちゃなんだが、相手が悪すぎる。」
「そうだな。」
ラーンスロットはパーシバルの槍を左手で掴むとグイと引き寄せ、パーシバルの腹を蹴り上げ、前のめりになると、そのパーシバルの背中を上から剣で斬りつけた。パーシバルは槍を手放した。前回りで転げ回って受け身を取り立ち上がると、すぐに左腰の片手剣を抜いた。このあたり切り替えが早い。上段に剣を構えて跳躍し、ラーンスロットの喉元目掛け右手を伸ばすが届かない。
「暗器!」
マリアが二連弾の火力呪文を唱えたが、アロンダイトが跳ねのける。マリアの背後から黒い影が飛び跳ね、ラーンスロットは身構えるが、その黒い影はパーシバルへ向かった。ロデムだ。パーシバルの襟元を咥え、二本の触手で捕まえると引き返していく。その先にはクララとレイチェル。トリスタンがその前に三人を庇うように剣を抜いて立つと、すぐに女性陣二人が背中の傷の止血をする。ジーンが剣を持ち、さらにトリスタンの前に立とうとするが。
「よし、そこまでだ。あとは俺に任せてくれ。」
ガラハドは両手を顔の前に置き、顎をしっかりと隠す構え、ボクシングでの『ピーカブースタイル』を取った。二枚の円盾『メカンダーの盾』の隙間から相手を覗き込むような低い姿勢。盛んに上半身が動くので、的を絞らせない。邪魔で仕方のないメカンダーの盾を外させにくるだろう、ガラハドはそう読んだ。そして当たりであった。
ラーンスロットは力一杯にアロンダイトでメカンダーの盾をぶっ叩く。盾を斬れるとは思っていない。盾でのガードを力づくで抉じ開けて、隙間から剣劇を喰らわせるつもりだ。ガラハドが負けじと前に出る。二撃、三撃。ラーンスロットは器用に手首を返し、上から下へと袈裟懸けに凪いだ剣を半回転回して、下から上へ左逆袈裟で斬り上げ、ついにガラハドのメカンダーの盾の一枚を弾き飛ばした。
「覚悟! ガラハド!」
「なめるなよ!」
両者とも踏み込む。ラーンスロットが上段に構えたアロンダイトを真向斬りで真下に振り下ろすと、ガラハドも両手を挙げアロンダイトを受けた。一枚のメカンダーの盾と、ガウェインのトンファーで。パーシバルが戦う間に、ガラハドはガウェインのトンファーを拾い盾の裏側に隠していた。
アロンダイトを弾くと、ガラハドはさらに踏み込みメカンダーの盾の突起をラーンスロットの腹に突き立て手首を回転、コークスクリューブローで振り抜いた。四本の角状の突起がラーンスロットの腹をえぐる。息が詰まって動きが止まると、ガラハドはラッシュ。何発も何発も打ち込んで、ラーンスロットはサンドバッグになった。鎧は破れ骨が砕け地に伏した。
「やるようになったわ。」
「負け惜しみ言ってんじゃねえよ。クソ親父。ゾンビなんぞになりやがって。一つ教えておいてやる。あんたがワルプルガと呼んだ女はな、今はマリアって名だ。俺の妻だ。危うく倅の嫁を殺すトコだったんだぜ。あんたは天国へは往けねえよ。じゃあな。」
ラーンスロットの傍らに膝を着いたガラハドは、盾とトンファーを置き、兜を脱ぎ、ラーンスロットの頭に止めの一撃をいれた。頭蓋骨の砕ける鈍い音が聴こえた。