第182話 攻城塔
城を攻めるってたいへんなんですよねえ。
魔女シンディの死人使いの魔法によって沢山のゾンビが地下墳墓から這い出たが、セントアイブスの東の海岸の慰霊碑を荒らされたうえで、英雄のパーティで活躍した騎士が同様のアンデッドになっているとは、誰も予想していなかった。生前ミッドガーランドの王位を継ぐと期待された王子。同じくミッドガーランドで最高と謳われた騎士団長。
ガウェインの死亡と軍の指揮の引継ぎを知らせるガラハドの声は、城壁の上で戦っている者たちにも届いていた。驚愕の訃報だが、アンデッドのスコットとラーンスロットもこれを聴いていた。特にラーンスロットにとっては息子の声である。
「ガウェイン卿が逝ったのか。彼の者が騎士団長であったか。」
「ガラハドは健在か。ケイ卿はどうした? 上級悪魔と相討ちということは、三男爵の一角が崩れたということでしょうな。
殿下、私は自分の手でガラハドを片付けようかと思います。この場はお任せしても? 」
「ああ、そうだね。行くといい。」
「はっ! 有難く! 」
ラーンスロットは城壁の外側へと飛び降りた。崖を覆う擁壁や日本の城の石垣のように台形の城壁を駆け降り、ミッドガーランド軍の紡錘陣の先頭へ向かう。ガラハドは、特段驚く様子もなく、ラーンスロットが近づく姿を凝視する。
「やはり、いたか。ゾンビの軍団に戦死したはずのミッドガーランド兵が大勢混ざってるからな。放って置かれることはないと思ったぜ。親父。」
「お前こそ。王宮騎士団を退団したと聞いたが? 」
「俺個人の考えで此処にいる。親父みたいに仮初の生命で操られているわけじゃない。」
「言いよるわ。では、もう言葉は要らないな? 」
「応。拳でいいぜ。」
マリアは二人の会話を見守ったが、それと同時に、自分自身も個人の考えで此処にいるのだから、二人の間に割って入ってでもガラハドを殺させはしないと決意した。
(壮大な親子喧嘩だわ。私が介入したら、ガラハド怒るわよね。でも・・・。)
ラーンスロットは腕を伸ばし、愛用の剣『アロンダイト』を水平に構えガラハドとの間合いを計る。徒手空拳が基本のガラハドはリーチが短い。竜をも倒すと云われる名剣で、近づく前に斬り伏せようということだ。
しかし、ガラハドからすれば、それは毎度のことであり、相手との間合いを取れれば、それで勝てる。ある意味、マチコの戦い方に近い。マチコの場合、装備による雷撃があり、タロスの操縦士としてならばクッキーの火力呪文にクララの投擲という飛道具が加わる。マリアがその役目を果たそうとしていたが、この親子の関係がどのようなものか、今一つ掴めない。マリア自身は孤児院で育っていることもあり、親子関係というものが良く理解できない。
ガラハドは右へ左へと跳びまわり、ラーンスロットが剣を振ればメカンダーの盾で受け徐々に距離を詰めていく。しかし、ガラハドの攻撃もクリーンヒットが入らない。マリアが見守るなか、長期戦の様相を見せ始めた。
メイが操船する飛行船フェザーライトにエルフの防空部隊指揮官イスズが乗船する飛行船が随伴し、バルナック城の上空に到着した。あと多数のエルフの船は空中都市アッパージェットシティの周辺で鬼火や有翼の魔物と、また海峡で海棲の魔物やバルナック海軍と交戦している。
バルナック城を上空から見下ろせば、南側の正門付近で激しい攻防戦が繰り広げられている。三体のストーンゴーレムが城壁を目指して進む姿が見えた。近づけば空壕の向こうから投石や弩の攻撃があり、さらに近づけば、城壁のやや低い位置の狭間や新しく設けられた銃眼から、小銃での射撃が始まり、さらには投石器を使用した手榴弾の雨。
メイはフェザーライトの高度を下げ、六人のドワーフ達に城壁の飛道具を潰すようにと指示。頭上からの攻撃が始まった。
この好機を逃す手はない。一気に攻め込もう。俺は曲射弾道弾の魔法を撃って敵の弩砲を狙いながら、ストーンゴーレムと攻城塔を前進させた。
「ストーンゴーレムは三角編隊を組んで城門へ突っ込め。破城槌はゴーレムの真後ろで構えろ!」
破城槌は城の門扉をぶち破り突破するための攻城兵器。発想そのものは至ってシンプルだ。大きな丸太などを垂直にぶつける。もっとも簡単な物は、丸太を左右から抱えた歩兵たちが走ってぶち当たる。
ミッドガーランド軍で使用しているのは車輪の付いた専用の荷台で運搬し、城門の前まで行ったら数十人の歩兵が呼吸を合わせてロープを曳き門扉に当てる。日本の寺社にある鐘楼、鐘撞堂から鐘、梵鐘を取り払って撞木、鐘を撞く棒のみを吊るしたような三角屋根の動く建物。さらに、その撞木の先端は鉛筆のように削って尖らせてある。
これを使うためにはドワーフの兄弟がこじ開けた跳ね橋の上まで移動したい。破城槌を撞木のように動かす歩兵たちは、三角屋根の下にいるのだが、城壁から撃ってくる矢や銃弾から守ってやらなければ、肝心の城門破りが成せない。
歩兵を庇う盾となるよう三体のストーンゴーレムを前に出しているのだが。城壁の周りにある空壕が地味に効果を発揮している。アレを埋めたい。ドワーフたちが命懸けで降ろしてくれた跳ね橋だが、あれだけでは狭い。あの跳ね橋を渡るときに渋滞を起こし、そこを狙い撃ちされてしまう。
だが、俺には策がある。伊達に陸上自衛隊にいたわけではない。トリスタン、パーシバルが発破を掛けた王宮騎士団が中心となりゾンビの軍団をかなり押し込んでくれているので、紡錘陣の前、左右にもかなり空き空間が出来ていた。
いよいよバルナック城の城門を打ち破る時が来た。城の外はゾンビや魔物ばかりだったが、おそらく城内へ攻め込めば人間の兵士、正規の兵隊がいるはずだ。そうなれば、魔法が使えなくとも小銃や手榴弾で武装した兵士がいるだろう。
「ロジャー団長! 戦車部隊は空壕に沿って走り回って敵の射撃をかく乱してくれ!」
「応! 心得た。まかせろ! 」
ロジャー、ブライアン、フレディ、ディーコンの四人は、紡錘陣の左右に出るとバラバラに散って空壕の前をジグザグに走りまわる。城壁の守備兵器は、どこを狙えば良いのか判断がつかず翻弄された。
「ええい!何をしておるか!? 狙いを一点に集中しろ! あの先頭のストーンゴーレムを潰せ! 」
ウィンチェスターが堪らず怒鳴った。城壁の上にある全ての弩砲や投石器が三角編隊の前にいるストーンゴーレム一体に照準を絞り攻撃し始めた。
そこで、俺は次の指示を出した。二基の攻城塔を両翼から前進させ、空壕ギリギリの場所まで移動させた。攻城塔は門を破るのではなく、城壁を乗り越えて上から攻め込むための、車輪付きで移動できる櫓である。通常の場合であれば、板や梯子を渡し城壁の上から潜入する。しかし、城壁の周囲に空壕が掘られているため、攻城塔から兵士が乗り移ることが出来ない。射手による攻撃は可能だが。今は別の目的のため、櫓の上に人を配置していない。
「ふん。無駄なことをしておるわ。攻城塔に構うな。バリスタとカタパルトはストーンゴーレムに攻撃を集中しろ。魔法兵は、上空の飛行船を追い払え。」
よし。お膳立てが揃った。これで俺が考えた攻城作戦を実行できる。
「ようし、いいぞ! 中央のストーンゴーレムは仁王立ちだ。歩兵を守る盾として、そのまま耐えろ! 左右のゴーレムは、攻城塔を前に倒せ! 空壕を渡るための橋にするんだ! 」
三角編隊の後方左右のゴーレムが、投石などにあいながらも、味方の攻城塔を押し倒した。バキバキと音を立てながら、塔の櫓の台は壕の向こう側へ接地。大歓声を上げながら、陣の前方部分にいた騎士や歩兵たちが、陸橋となった攻城塔を渡り始めた。
「な、なんだと! 壕を越えてくるのか!? いかんな。閣下にご報告せねば。」
ウィンチェスターには想定外だったようで、小心者は部下を置いて城内へと逃げ帰ってしまった。司令官がいなくなった軍など、軽く捻れる。今が大きな好機だ。
「先頭のゴーレムの股下を通って、跳ね橋を渡れ! 破城槌を城門に寄せろ! 一気に攻めるぞ!」
次回、ガラハドとラーンスロットの親子対決、の予定。