第179話 増援
ウインチェスターは籠城せずに打って出ようと、城門の内側に火薬兵器を持ったバルナック兵を整列させていた。小銃を持った人間の歩兵。その前には手榴弾を持たせたゴブリン達。このゴブリン達は、ウィンチェスターにそそのかされた自爆する捨て駒。
ウィンチェスターにとって自分の知識研究の成果を示す事と、この戦争に勝ち名を上げることが全てであり、非人道的な手段を取る事はなんでもない。ララーシュタインのゴーレムが尽くタロスに敗れたのは、むしろ喜ばしいことですらあった。これで勝てば勝因はウィンチェスターの兵器である。
だが、打って出ようという思惑とは裏腹にバルナック軍が押され始めている。城壁の上に移動し様子を伺おうかと思うが、そこでは魔女が操るアンデッドの大物二体がジャカランダの騎士たちを相手に大立ち回りをしている。ウィンチェスターは城門の上の櫓へと向かった。その戦況は予想とは大きくかけ離れバルナックに不利なものとなっていた。
ミッドガーランド軍のストーンゴーレムは補給物資を置くと前進。城壁からの射撃の盾となり味方を守るためだ。
その紡錘陣の先頭ではガウェインらの騎士団がゾンビと激しく格闘している。ミッドガーランド軍が奮闘しても、結局は先頭にいるガウェインの騎士団が肝である。
レイゾーが単独で城壁を駆け上がって行ってしまった。俺たちはあのように矢や鉄砲玉を避けて走ったりはできない。俺が地系統の魔法で壁を作りながら進むことはできるが、とても追いつけやしない。それにレイゾーなら単独でも大丈夫だろう。俺たちはガウェインに合流。
ガラハドを先頭に暴れ回って走って来たサキ達も追いついた。こうして此処にいるのは、ゴーレムを倒したのだろう。
「サキ、ララーシュタインのゴーレムは?」
「ああ、みんな倒してきたさ。待たせたな。」
「いや、こっちもやっと来たとこ。いろいろあって。レイゾーさんだけ飛び出して城壁を登って行った。」
サキは視線を上げて城壁の上を一瞥すると瞬時に状況を把握したらしい。
「とんでもない人物をアンデッドとして復活させたようだな。応援が必要かもしれん。さっさと此の場を切り抜けよう。」
「応援だと? 此の場を切り抜ける? 貴様らにそんな余裕があると思うのか?」
サキがさらに視線を上げると、ヤギの頭に人間のような黒い身体。細長い尾と背中には蝙蝠の翼。デーモン三男爵のダイだ。ゴーレム『ゼッターキング』のコックピットから抜け出し、サキ達に直接反撃する機会を伺っていた。
上から手榴弾を投げつけるが、サキはインスタント呪文で氷漬けにしてこれを防ぐ。ハンドボールくらいの大きさの白い塊が地面に落ちた。
俺は『銃剣』を構え呪文無詠唱での衝撃を撃ち命中するが、効いているのか分からない。確かにそれほど攻撃力は大きくないが、拳銃の弾丸程度の威力はあるはずだ。38口径くらいか? 伊達にボディビルダーみたいな体形をしているわけではないのだな。
地に降り立ったダイ男爵は、翼を畳み、代わりに両腕を大きく開き、十本の爪を伸長させながら、脅すように大声を出した。熊手みたいに手の爪が伸びるのはデーモンの標準仕様なのか?
「ふん。挨拶代わりにしてもつまらんな。」
「まいど。もうかってまっか? 」
「何を言っているのだ、人間? 」
しまった。ボケても突っ込んくれるマチコ姐さんがいないのだった。今のデーモンの反応は突っ込みと言えなくもないが。
すぐ横を小さな影が通り過ぎたと思ったら、ジーンがブロードソードを片手にデーモンに飛び掛かった。爪ですぐに受け流したが、ジーンもバックステップで間合いを取ると構え直す。ジーンもトリスタンのもとで鍛えられたようだ。この隙を逃さず、俺はもう一度銃剣から火力魔法衝撃を撃ち込む。やはり命中してもダメージが入っているのか分からない。
だが、今度はサキだ。身体を捻りながら跳躍、二本のサーベルを回し蹴りの連続のように斬りつける。デーモンの腹や腕から血飛沫が跳ねた。それほどの深手には見えないが、確実に傷をつけている。
眉間に皺を寄せたダイ男爵がサキを睨む。ゴーレム戦で敵わなかったことは、相当腹に据えている。
「あのタロスとかいう赤いゴーレムのマスターは貴様だな? 」
「この魔力の気配、敵のゴーレムから感じたものと同じか? ならば、ララーシュタインのゴーレムを指揮したデーモンだな? 」
「いかにも。ゴーレムに頼らず、直接戦えば、結果は見えているな。」
「ああ、悪魔の標本が出来上がる。」
「マスターオブパペッツとかいう輩か。捻り潰してやろう。」
デーモンの熊手対サキのサーベル二刀流の対決が始まった。俺やジーンの攻撃は届いていない。一騎討の様相となった。しかし、ここだけではない。バルナックのゾンビの軍団とミッドガーランド軍の戦闘は続いているし、勝ち抜けてもまだまだ先は長い。皆それぞれゾンビと戦っているが、ガラハドとマリアはガウェインの加勢をしに真っ先に陣の先頭に向かって走っていく。
そのガウェインは、次々とゾンビ兵をなぎ倒すが、バルナック側も応援を寄越していた。デーモン三男爵のもう一体、レッド男爵が上空に現れた。
「五指雷火弾!」
俺が撃った魔法の矢はレッド男爵を捉えたが、魔法防御で防がれた。ダイ男爵と戦いながらもその様子を見たサキが指示する。
「クッキー、おまえは三体のストーンゴーレムの運用を頼む。魔法兵団では不慣れだ。おまえなら攻城戦の指揮が出来る! 悪魔は任せておけ。」
「わ、分かった!」
ロデムの背から大型ナイフを投げていたクララが駆け寄って来て、ロデムを譲ってくれた。ロデムの脚力で後方にいる魔法兵団の団長と話しに行く。俺がシルヴァホエールのメンバーなのは知られているので、すぐにストーンゴーレムの指揮件は委譲された。
まず三体のストーンゴーレムに投石器で使う石を持たせて紡錘陣の前に移動、密集させる。中心にいるゴーレムの真後ろに破城槌、その両脇に攻城塔を配置。ついで重装歩兵とすぐ後ろに弓、魔法兵で挟むように戦車隊、騎馬隊を用意させ、バルナック城の門を破れば、すぐに突撃できるように準備させた。俺が指揮を執るとは思わなかったが、騎士団長のガウェインが自ら先陣を切っていれば、此方までは手が回らない。他のベテラン騎士たちも見当たらない。
「城門を破らなければ勝利は掴めない。だが、近づけば狙撃される。ゴーレムは盾として前衛の騎士を守りながら、投石で敵の弩砲や投石器を潰せ! その次は小銃を持った兵士だ!」
俺も幹部自衛官ではないが、基本的な戦術くらいは勉強している。ミッドガーランド軍は少しずつだが着実に前進していた。しかし、バルナック軍も戦況を分析し対抗策を講じてくる。紡錘陣の先頭を押さえつけようとレッド男爵をぶつけてきたわけだが、ゾンビの軍団も陣形を組み直し、そこに戦力を集中させるのだった。
「アンデッドの管理者ワイトよ。出番だ。ゾンビどもを統制せよ。このまま乱戦では先がないぞ。」
レッドが上級のアンデッドを呼び出すと白い法衣を纏った骸骨がゾンビの群の中から前へ出た。上空のレッドを見上げながら、そのアンデッドは答えた。
「言われるまでもない。私自身が誰よりもミッドガーランド軍を壊滅させてやろうと思っている。特にジャカランダの王宮騎士団は一人も生かして帰さん。」
「そこの大仰なアンデッド! その法衣は我が国の神殿の物だ。何故そんな物を身に着けているのだ? 」
ガウェインは、その法衣と物言いから、ワイトの正体に心当たりがあった。三年前まで魔法兵団を率いていた白魔導士ロバート・ホワイト。法を犯して大魔法を使い異世界グローブからレイゾーたち四人の異世界人を召喚した元高位聖職者。国を追放され、その後行方不明だったが、まさかバルナック軍に加担していたとは。口ぶりでは逆恨みもしていそうだ。
「ロブか? ゾンビにまで落ちぶれたか。哀れな。」
「ガウェイン。今は騎士団長だそうだな。
私は間違っておらん。実際に私が召喚した異世界人がユージン・ララーシュタインを斃したであろう。そして今、私はアンデッドの管理者として大きな力を得ている。」
「ほう。その力を何に使う?」
「話す必要はない。貴公は天国へ往くがよい。」
今回のネタはロブ・ゾンビ。
映画「MATRIX」の音楽などをやってる人ですよ。