第175話 ライバル
今回は、三年前のレイゾーのバンドの話です。
カズトに斬りつけられた左肩は、治癒魔法を使えばすぐに治せる程度の浅い傷だったが、そんな暇はない。剣を振るい続けていたが、そんな中でレイゾーは昔の事を思い出していた。
学生時代からバンド活動をして、ギターだったりヴォーカルだったり、ときには鍵盤を弾いて曲も作った。音楽を職業としてやっていこうと決意した頃に、レイゾーが憧れるハードロックバンド『エクスプレス・カートリッジ』からギタリストが脱退した。理由はよくある『音楽性の違い』というヤツだ。
人気絶頂のエクスプレス・カートリッジはサポートメンバーでは満足できず、正ギタリストを募集し、オーディションで決定することにした。願ってもないチャンスと思いレイゾーはそれに応募。書類や音源での審査を通過し、実際にバンドメンバーの前での演奏。その一次審査も合格した。
ギタープレイは攻めの姿勢を見せるものの物腰の柔らかいレイゾーは演奏順の前後の二人と仲良くなり、一次審査の帰りには一緒に焼き鳥屋にいた。音楽談義に花が咲いた。
そして、この三人は最終審査で、それぞれがバンドに混ざってセッション。一人が第二期メンバーとして選出された。残念ながら不採用となったのが、レイゾーとカズトである。
そして意気投合していたレイゾーとカズトによってバンド『アンティフォナ』が結成され、解散したガールズバンドからリズム隊の二人を加えた。
「ギターの腕でもハッキリ勝敗がついてねえんだ。」と言ったカズトの言葉は、ギタリストのオーディションの事を差すのだろう。
「カズト。ギターの勝敗とか、どうでもいいじゃないか。僕はヴォーカル。ギターが二本必要ならギターも弾くけど、リードギターはカズトだ。そういう事じゃないか。」
「お前が良くても俺が良くない。一緒にバンドをやってはいたが、俺の最大のライバルはレイゾーだといつも思ってたよ。」
「だから、僕はヴォーカルだって。」
「それも含めてだ。俺だってコーラスはやる。お前のシャウトには、誰も敵わない。ギターだけでも勝ちたいだろうが!」
するとショーコも便乗してきた。リズム隊といってもベースのショーコはレイゾーに並んでフロントに立っていたのだ。
「皆、あんたの才能には嫉妬してんのよ。アンズなんて大変よ。あんたとの差にプレッシャーばかりで。」
「あー、ショーコ、やめて。」
ショーコの話では、どうやらアンズも胸中は複雑なようである。付き合っているレイゾーは秀でた才能の持ち主で、自分とは釣り合わないと考えていたのだと。
「いや、だから、エクスプレス・カートリッジのオーディション落ちたって。」
「分かってないな、レイゾー。もしもギターヴォーカルとして受けてれば、間違いなかったんだよ。オーディションでは歌わなかったろう。あのバンドの曲にはコーラスさえないんだからな。」
今更そんなことを言われてもどうしようもない。死ぬ前の記憶、そのダークな面だけが強調されているのではないか、とレイゾーは考えた。魔女シンディの死人使いとしての特性なのか? それとも生き返らせた者は、皆こうなるのか? 他のゾンビたちに比べて、この三人は明らかに自我が強い。見た目にも生前と変わらない。
俺は、魔女とはどんなものなのかは知らない。だが、これは魔女シンディが心理的に苦しめにきているのだと思う。クララの両親の仇を配下にし、クララの姉を殺し、レイゾーの仲間だった三人をアンデッドにしている。そして、ララーシュタインはその三人に元の世界に帰すという条件を付けてレイゾーを殺させようとしている。
敵はどこまで俺たちの情報を持っている? この先も心理戦を仕掛けて来るのか?
「レイゾーさん! このままじゃいけない。俺が … 片付けます。構いませんね? 」
「いや、僕がやる。僕がけじめをつけないといけない。ただ、こいつら、かーなーり強い。僕一人では、どうにもならないかもね。クッキー、パーシバル、トリスタンも協力してくれるね? 」
「はい、勿論。全力でやりますよ。」
それまで黙って戦っていたパーシバルとトリスタンも察していたらしく、ただ短くオーケーの返事をした。実際のところ、この三人は強い。アンズは両手の戦槌でパーシバルの槍を捌いては間合いを詰め、パーシバルは槍を短く持ち替えたり、バックステップを踏んだりで態勢を整えるという繰り返し。俺もショーコの鉞のパワーに追い詰められては、ツイドルやスキッドロウの補助呪文で押し返すという堂々巡りだった。
カズトはオーソドックスなブロードソードを使っているが、振り抜きが速い。また手首が強く、剣道で相手の竹刀をはじく技『巻き上げ』を使うため、レイゾーのグラムでもカズトの剣を砕けない。本来ならば両手で行う、柔道の返し技に近いテクニック。鍔迫り合いにはなりにくい。長期戦の様相をなし、二人は大声で己の私見を主張しながら剣を交えたのだった。
「俺たちは日本に帰る。途中でぶち壊されたライブをやり直す。そんためにゃあ、おまえを倒す!」
「おいおい、僕がいなければ、そのライブだってできないだろうに!」
「うるせえ。ヴォーカルは別におまえじゃなくたっていいんだよ。ヴォーカルなんて探しゃいくらでもいるじゃねえか。」
「作詞は僕だ。曲も半分は僕だ。アンティフォナの曲をちゃんと理解してるのは僕なんだけど、ねっ!」
レイゾーの剣劇をカズトの円盾がまともに受けた。盾の中心にあるドーム状の膨らみが割れた。ただし厚みのある盾なので、まだその機能は十分に果たせる。
「作詞作曲はバンド名義にすればいいんだ。バンドそのものが消えるより、ヴォーカルだけ入れ替えてバンドが生きるほうがいいだろうが。黙って死んでくれよ。お前さえ殺せば、俺たちは魔王ララーシュタインにグローブへ送還してもらえるんだよ!」
そして、最初に反撃を仕掛けたのはトリスタン。二本の矢を同時にカズトに撃った。一本は対応した。円盾で防いだ。だが、もう一本は腹に刺さった。
「ぐうっ! この野郎…。」
「もう十分だよ。カズト。アンズもショーコもね。アンデッドになってまで戦うことないんだ。 …業火!」
カズトの動きが鈍ったのを見て、レイゾーが火の呪文を使った。三人の身体に火が着いた。アンデッドであるのでよく燃える。
「レイゾー、一緒にライブやろうよ。また目黒のステージに立とうよぉ…。」
「ごめんね、アンズ。」
戦槌を落とし、その手をレイゾーに向けて伸ばすアンズ。その表情は目を細めて泣いているように見える。涙が出ているのかもしれないが、燃えている。
「これ、剣じゃなくギターならいいのになあ。」
魔剣グラムを握ったまま、両手をじっと見るレイゾー。グラムを背中の鞘に納剣すると片膝を着き、両手を組んで顔を上げ、天を仰いで祈った。
レイゾーの祈りを邪魔しないようにと、俺たちはそのまま周囲のゾンビを狩った。だが、しばらくすると聴こえて来たレイゾーの言葉は「南無阿弥陀仏。」だった。まあ、そりゃそうか。日本人だもんな。
落ち着いたところでレイゾーに声を掛けてみると、意外とスッキリした顔をしていた。肩の傷も自分で治癒している。鎧はアダマンチウムの合金アダマンタイトなので、時間があれば修復するだろう。両手でガッツポーズをして、また戦う姿勢を見せている。
「この三年間、もし出来る事なら、もう一度だけでもコイツらに会いたいって、ずっと思ってたんだ。少し残念な形にはなったけど、願いは叶ったよ。
そして、話してみてコイツらの気持ちが分かった。元の世界に戻って音楽やりたいんだ。ずっと音楽を忘れなかったんだ。」
良いお年をお迎えください。
MTGやら、ロボットアニメやら、トールキン、ギリシャ神話などなど。多くのものからネタ、インスピレーションをいただいております。感謝申し上げます。
来年も宜しくお願いいたします。




