第173話 神託
バルナック軍はわずかな国力資源を一部の分野に集中させていた。インヴェイドゴーレムの開発、建造と銃火器の生産にだ。
それでも足りないのは人材。それを悪魔を召喚し使役することで埋め合わせしてきた。
ガーランド群島を蹂躙し、もともと大陸系の民族であるアーナム人を追い払う事を目的としていたため自陣のバルナック領に攻め込まれることは、ほとんど考慮されていない。築城技術、要塞の形成は数十年にわたり進歩が停まり弩砲や投石器は古いまま。その性能はミッドガーランド軍の物とは比べようもない。威力、射程距離、命中率、運用時間、耐久性など、どれも落ちる。
しかし、バルナックにとっては籠城戦。城壁という強力な盾があり、その城壁の高さを利用すれば、比較的性能の悪い弩砲投石器も優位となる。それに加えて、ウィンチェスターがもたらした銃火器がある。小銃を持てば魔法の使えない一般兵士も魔法使いになったようなものだ。弓矢のように銃口を上に向け放物線を描いて銃弾を飛ばすなどは出来ないが、そのままで弓矢より射程距離が長い。ただし当てられるかは別問題だが、引きつけて近い相手を撃てば良い。
そしてもっと怖いのは爆弾だ。榴弾を投石器で飛ばすのである。ミッドガーランド軍の葡萄弾カタパルトに対抗する苦肉の策程度に考えられていたが、予想以上に大きな戦果を上げた。
アランは、こんな状況の中で戦場へと到着した。押されて防戦一方になっていることに驚いたが、ベネディア、ライオネルの三強の二人が不在なことを知り、納得した。
ただ、アランの到着によって士気を揚げる兵も多くいた。アランは出来る限りの声を絞り出し兵たちを鼓舞。統制を執り戻した。ペガサスライダーに命じて後衛の投石器の上空へ向かうと指示を出した。葡萄弾で敵城壁の投石器を狙うように。
これは投石器そのものを壊すことを目的とはしておらず、投石器を動かす兵を殺めるためだ。壊さなくとも無力化できれば良い。まずは一番攻撃力の大きい榴弾砲を抑え込む。
反撃が始まると上空にフェザーライトが駆けつけた。フェザーライトを襲うインプやウィル・オ・ウィスプなども一緒だが、飛行型ゴーレムは全て片付けたうえで合流してきた。これで形勢逆転できる。
ガウェインが軍の精鋭部隊の先頭に立ちゾンビや魔物の群れと戦っている。ゾンビは動きが遅いものの、首や腕を斬り落としたりしても進軍は止まらない。完膚なきまでに徹底的に叩かないとしぶとく動く。
さらには、元味方の兵が混ざっている。なかには家族や友人の鎧を見つけ、泣き出す者まで出る始末だ。一刻も早く敵将を倒しに行きたいガウェインも焦りが見える。乱戦になった喧噪で、指揮を執る声も届かない。
ゾンビとゴブリンの剣に右胸を斬られたシイラは天を仰いでいたが、このままではいられない。水の魔法を得意とする彼は、魔法を使って自分で止血した。相棒とも言える同僚のバイソンが側らにしゃがみ込む。
「バイソン…。」
「喋るな。今応急処置をする。」
「火種は持っているな? 傷を焼いてくれ。」
「無茶言うなぁ。痛むぞ? 熱いぞ? 耐えられるか?」
「血は止めた。だが、傷口が開くといけない。焼いて塞いでくれ。 僧侶だって衛生兵だって数が足りない。傷口を縫ってる余裕なんかないだろ。」
「…わかった。」
バイソンがゾンビを追い払うための松明の火でナイフを熱し、シイラの口にバンダナを詰め込むと、ナイフのエッジではなくブレードの部分をシイラの胸に当て、火傷で傷をくっ付けていく。溶接のような作業だ。いや、作業というには残酷か。シイラは必死に耐える。近くにいた兵士たちに手足を抑えさせたが、それも大変そうだ。
なんという精神力か。傷を塞ぐと、すぐにシイラは立ち上がった。そして火傷のあとに触れて癒着するといけないからと、鎧の胴を捨てた。
「ありがとうよ。さあ、前に進もうか。」
シイラとバイソンはガウェインの背中を見たが、その視線のさらに先には、軍馬に駈歩をさせて、スコットとラーンスロットのもとへと突っ込んでいくライオネルとベネディアの姿があった。
ララーシュタインのゴーレムでも最強だとダイ男爵が嘯いていたゼッターキングは、ガラハドとマリアのコンビネーションでボコボコにされ、火花を散らしながら鍛造される金属の塊のようになっていた。
「サキ。あちらのゴーレムからグレーのマナの流れを確認できたわ。」
「ん。そうか。あのダイ男爵とかいうデーモン、逃げたな。」
グレーのマナは空の魔法を使うのに消費される。渡りなどの移動の魔法を使用したということだ。すくなくともコックピットのハッチは開けているはず。
タロスがゼッターキングの額の『emeth』の刻印の頭文字を削って『meth』にし、ゼッターキングのボディは崩れ落ち無数の酸化した金属片となった。
「後でフェザーライトで回収しましょうか。アダマンタイトが手に入るわ。ホリスターなら、また精製してアダマンチウムにしてくれるかもね。」
メイは嬉しそうだが、サキの指示で全員タロスから降りた。サキはゼッターキングの破片を蹴飛ばし、二本のサーベルを抜いて刃の光り具合を見て、また鞘に納めた。
「さあ、ここからは城に殴り込むぞ。ゴーレム同士の戦闘は、これで終わりとみていいだろう。」
そして、サキはタロスにも指示を与える。自律行動に任せるようだ。
「タロス、全てのリミッターを解除だ。タルエル、此処からは自分で判断して動いてほしい。おそらく、もう敵には主力級のゴーレムはいないだろう。残存戦力を叩きつつ、ララーシュタインのゴーレム工廠、ウィンチェスターの銃火器の工房を潰してくれ。ガラハド、マリアにマチコとクッキーから学習したお前は、地上最強といえるだろう。いざとなれば、使い魔のリュウを通して私を呼べ。」
いよいよバルナック城へ挑む運びとなって、ガラハドとマリアはお互いの鎧の継ぎ金具の点検をしている。其処へおもむろにタロスの足首に渡りの門が開いた。
ガラハドもマリアも、こんな処に門が開くのはおかしいと思ったが、この場では黙っていた。ポータルから出て来たのはオズワルドだったからだ。
「サキ。神託が降った。ヤツの活動が再開しそうだ。ヤツと、そのバックにいる魔王を成敗せよとのことだ。」
「『魔王』とは?」
「想像どおりだったよ。」
「ララーシュタインと考えていいんだな?」




