第172話 アラン
アラン王子はミッドガーランド城の一角、物見塔の展望台となる部屋に閉じ込められていた。壁や床、天井には磁性塗料が塗られ、外からは数名の王宮魔導士が絶対魔法防御の結界を張り、魔法や渡りスキルでは出られず、武具もないため重いドアを無理矢理こじ開けることもできない。
閉じ込めたのは、彼の兄であるジョンとバージル。ミッドガーランド王国を支える文官のトップ。内務大臣と外務大臣だ。
今回の遠征ではゴードンが総大将を務めるからには、二人の兄としては、アランを王都に残しておきたかった。遠征中の王都の守備は勿論だが、もしも遠征が失敗した場合には、王国の軍事部門を統括できる者がいなくなる。
今は亡き長男スコットが、なまじ優秀過ぎたからだ。学業、次期国王としての帝王学から政治、文化とあらゆる面でずば抜けた成績を修めただけでなく、騎士としても人並外れていた。剣や弓では、騎士団長ラーンスロットも褒めたたえる腕前で、魔法も使う。用兵、軍事の心得もあり、何をやらせても一流だった。
少し年齢の離れた弟のジョンとバージルは、国家の安定と次期国王の兄スコットを助けるためにと文官としての道を志し、それに向かって邁進した。事実、現在はこの二人がミッドガーランド王国の政治を動かし良く治めている。だが、その代償に騎士としての武術や軍事教練などを疎かにしてしまった。
四男五男のゴードンとアランが騎士として心身を鍛え、軍事部門の長としての期待を集めていたが、ジェフ王が他界し、ゴードンは敵国へ遠征。ジョンとバージルは、勇ましいアランが飛び出して行かないようにと塔の天辺に押し込んだ。
「まったく、兄上たちめ。あんまりじゃないか。
これじゃあ、何の為に勇者のクラスを得たのか分からない。ララーシュタインと戦わないといけない。ジーンだけで大丈夫なんだろうか?」
ジョンもバージルもアランが戦乙女から加護を受け勇者のクラスを得たことを知らなかった。おそらくララーシュタインは本物の魔王で、英雄レイゾーと勇者ジーン、それに自分の三人の力が無ければ、その魔王を斃せないのだろう。でなければ、同じ時代に英雄、勇者がカブって存在はしないだろう。
アランは塔を出る方法を必死に考えたが、思いついたのは壁か床を壊すこと。それ以外にはない。磁性塗料を塗った壁や床に穴を開ければ領域渡りを使って外に出られる、と。
部屋を見渡してもある物は小さなテーブルと椅子が一脚とひざ掛けのみ。あとは格子の付いた窓の近くに遠くを監視するための単眼の望遠鏡があるだけ。
壁や床に薄い処がないか探すことから始める。アランは壁をノックするように叩き部屋を歩き回る。
慎重に壁の音を聴いていたが、普通にドアをノックする音がした。誰かが訪ねて来たのだ。
「アラン、そこにいるの?今出してあげますからね。」
ペネロープの声だった。今や女王となった彼女が一人でこんな場所へ来るのはおかしいが、幼少から於転婆だった性格を考えれば、そうでもない。アランは、これで出られるとホッとした。
「あ、姉上! いえ、陛下! 助かります。展望部屋に閉じ込められております。出してくださいませ。」
ペネロープはドアノブを無造作に動かすが、ドアは開かない。鍵がかけられている。
「やっかいですわねえ。パーカー。頼みますよ。」
ペネロープの警護役の格闘家のパーカーの出番らしい。
「アラン殿下、後ろへお下がりください。破片が飛ぶと危ないです。」
パーカーはドアノブを引き千切り、腰を落として姿勢を低く構えると肘打ちでロックを壊し無理矢理にドアを開けた。
「さすがは姉上の警護役。素手でこの分厚いドアを壊すのか。」
「はっはっは。私は武具の扱いはからっきしですが、徒手空拳ならばガウェイン卿の練習相手にもなれますぞ。」
「アラン。そういう話はまたの機会にしましょう。早くバルナックへ行きなさい。伝令としてバルナックへ領域渡りで移動できる冒険者をケーヨが捕まえてきているから。」
アランはとり急ぎ軽装の武具をケーヨから受け取り、伝令の冒険者と共に渡りでバルナックへと飛んだ。勇者の職能を得たからには、ジーンと共に魔王を名乗るララーシュタインと戦わねばならないと決意している。
「ケーヨ、陛下の警護を頼む。」
「はい。アラン殿下、ご武運を。」
アランは渡りによってバルナックの遠征地、味方の本陣だったはずの低い丘の近くに移動したが、そこは酷い地獄絵図のような有様だった。大勢の火傷を負った兵士が水を欲し足を引きずって歩き彷徨っていた。救助活動はしているが、とても間に合わない。
アランを此処まで連れてきてくれた伝令の冒険者に、救助活動に加わるように指示し、自身はバルナックの城を目指し走り出した。味方が行軍した足跡を追う。
「ヴァルキューレのリーンよ。力を貸してくれ。できるなら余を戦場まで運んでくれ。一人でも多くの我が軍の兵を救いたい。」
すると何処からかリーンの声が聞こえた。いや、気のせいかもしれない。それだけアランは焦っていた。もう騎士団やジーンがララーシュタインと直接戦っているかもしれないと思っていた。
「アラン王子よ。手荒い方法ですが、風の力でそなたを戦場へ送りましょう。こちらとしても、一刻も早くララーシュタインを打倒してほしいのです。」
急激に突風が吹いてアランの身体が浮かび上がり、吹き飛ばされた。強い風に目を開けていることも出来ず、錐揉み状態で、上も下も分からない。悲鳴をあげながら宙を泳ぎ、腹に衝撃を受けると、落ちた先は味方の斥候部隊、天馬の背の上だった。
騎馬隊員の兵もペガサスも驚いた。なんとか宥めて、ガウェインのもとへ飛翔するように命じ、軍と合流するとさらに驚いた。
ゾンビの軍団と戦闘になっていた。あちらこちらで煙があがり、人とも魔物とも区別できない屍が累々と転がっている。
しかも、ガウェインの傍らにいる魔法使いシイラが血を流して倒れている。水軍の旗艦ブルーノアが轟沈し、その後ガウェインの部下として転属した兵士。ミッドガーランド王国軍でも指折り数える優秀なマジックユーザー。
「これは、どうしたんだ!? 我が軍が劣勢なのか? 兄上は、ゴードンは?」




