第171話 アンデッド
「うわあああん。ソフィア姉さああああん。」
やっと再会できた姉ソフィアが亡くなり、泣きじゃくるクララをクアールのロデムの背中に乗せる。もうずっと泣いてるので、ロデムの上に押し上げる為にどさくさ紛れにお尻を触っても無反応。ずっとモフモフのロデムの背中にしがみついている。歩かせるのも無理そうだし、馬では落馬しそう。ルンバ君では、さらに危ない。クアールの両肩から伸びている黒い鞭のような触手がしっかりクララの身体を支えている。黒猫の長い尻尾が巻き付いているようにも見えるが。本当にロデムがいて助かる。ありがたい。
「だいぶ時間をロスしたね。ジャカランダからのミッドガーランド軍本隊がかなり近づいてる。」
レイゾーに促されて後方を見ると土煙が上がっている。城壁の前にある地下道への門から先に出て行ったゾンビの軍団が交戦しているのだろう。視力の良いトリスタンには見えるらしい。ミュージシャンのレイゾーは音にも敏感だ。騒がしい金属音が響いていると言う。
「皆さん、どうします? 引き返して正規軍と一緒にゾンビ軍団を挟み討ちにしますか? このまま進みますか?」
一応、ここからどうするのかパーシバルが質問するが。レイゾーの答えは決まっている。
「ブレちゃいけない。勿論このまま進むよ。ただ、目の前の城壁は南東側に張り出した城塞だね。おそらくは。正規軍は、北に進んで、正面の門を破って城に攻め込むつもりだろう。」
「レイゾーの旦那よう。あのアンデッドの出入口から入っちまうことを進言するぜ。」
「そうですね。わざわざ正面玄関から訪ねることもないですよ。」
「どうせ城の中がどうなっているかの情報はないからなあ。出たとこ勝負なら、まずは入っちまうのがいいでしょう。」
ホリスター、スカイゼル、グランゼルのドワーフ三人は、手っ取り早く城に侵入しようと囃し、フォーゼは黙って戦斧の素振りをする。戦う気満々だ。するとジーンから報告があった。斥候代わりに光の精霊、蛍型スプライトのマメゾウがバルナック城の外周を巡って帰ってきたのだった。
「レイゾーあんちゃん。今、マメゾウが戻って来た。城の正面には弩や投石器がいっぱい並んでるってさ。」
レイゾーは、ゾンビが出て来た狭い門から入ろうと決めた。おそらく地下墳墓の入口であり、中にはまた多くのアンデッドがいるのだろうと予測した。なおさら行かねばならない。弩や投石器は急に増えることはない。だが、アンデッドは、まだこれから増える可能性がある。それならばアンデッドを、アンデッドを生み出す設備か術者かを潰す必要がある。
「よし、あのゾンビが出て来た門から侵入しよう。」
戦車隊の四人、ロジャー、ブライアン、フレディ、ディーコンは、此処で戦車を置いていくことになるが、折角の戦力が減るのも勿体ない。ロジャーはレイゾーに相談し、四人でミッドガーランド正規軍に合流しようかと言いかけたときに、またゾンビ軍団の増援が現われた。
ただ、今回は最後尾に明らかにミッドガーランド製の鎧を着けた三人の男女がいる。ゾンビにしては動きが速く滑らかだ。アンデッドのそれではない。真ん中に立つ男性が声を掛けて来た。
「よお。レイゾー。久しぶりじゃねえか。元気だったか?」
ジャカランダから遠征したミッドガーランド軍は、白と黒の妖精の国の邪妖精との小競り合いを続けながらゾンビの軍団と戦っている。三方からバルナック城を目指す三つの大部隊は、目的地手前で間もなくお互いを目視できるくらいまで近づきつつあったが、そこで足止めを喰らっていた。
中央の主力部隊を率いるガウェインは、一度短期決戦と定めたからには勢いを保ったまま前進するのが得策であると考え、部隊全体の陣形を紡錘型とし先頭に手練れの騎士たちを集めた。手応えがあると僧侶たちを真ん中より後方に配置し矢印の形に。合戦の「八陣」でいう『鋒矢の陣』を組み突き進む。
志願兵や冒険者が混じっているが、訓練された正規の兵士たちが率先して動けば、新兵も従う。
「アンデッドならば火に弱いはずだ。火矢を扱える者を中心に隊列を組め。」
ガウェインの的確な指示でゾンビの軍団を蹴散らしていくと思いきや、前線から良からぬ報告が上がってきた。ゾンビどもの持っている武具がミッドガーランド製の物であるという。
西を通して入った物ならば、気にすることもない。商人たちを責めたところで、彼らもそれで生活の糧を得ているのだと、ガウェインは軽く考えていたが、報告が詳細になると、そうも言っていられなくなってきた。
見覚えのある甲冑に、中の動く死体までが見知った顔であったとの知らせだ。ミッドガーランド、バルナックの両軍の第一次戦争の英霊たちがゾンビとなった混成部隊であるという。
アンデッドに委縮したわけでないが、元味方の兵士たちを傷つけることに躊躇した兵士たち、とくにジャカランダの市民からの志願兵が押され始めた。それまで火矢を使い、上手く相手の弱点を突いていたが、兵の数ではやや不利。縦に長い陣形もかえって仇となり、逆にゾンビどもに包囲される羽目になった。
「ゴードン殿下、ご心配には及びません。私は前に出て兵に発破を掛けてまいります。」
ガウェインはシイラとバイソンを引き連れ最前線へと躍り出た。今ではすっかりガウェインの部下として馴染んでいる二人の魔法使いも松明を手に取り上司に続く。
「落ち着け! 相手は魂のないゾンビだ。お前たちの友人ではない。動きの遅いただのモンスターだ!」
バルナック城から遠い位置のライオネルだが、この左翼部隊には騎馬が多く指揮官のライオネル自らが先頭に立ち、他に二部隊よりも早いペースで進軍していた。精鋭の弓騎兵が機動力と火矢でゾンビの軍団を手玉に取る。
右翼部隊、ベネディアは魔法兵団の大半を指揮下に置いており大盾を持った重装甲冑部隊を先頭に魔法使いたちを前面に押し出し、ゾンビ相手に辛勝した。
そして、三方からゾンビ部隊を挟撃し殲滅。だが、これでもゾンビ軍団の半分に過ぎなかった。
戦というものは、攻める方が実は難しい。籠城する側の三倍の戦力が必要だとも云われる。ガウェイン、ライオネル、ベネディアの三つの部隊が合流し、いよいよ敵の本陣バルナック城へと進軍する。
タロスのようなゴーレムでもいれば城壁を力尽くで破って侵入できるので話は別だが、城を攻めるには、城門を破城槌などの攻城兵器で突破して中に雪崩れ込むことになる。ミッドガーランド軍はバルナック城の正門を目指したが、到着してみれば、またもや大勢のゾンビ兵。そして城門の周りの壁の狭間には、多数の弩砲、城壁の上には投石器が並んでいた。
そして、城門の上の櫓に立つ二つの人影。どちらも背が高く筋肉質。立派な体躯をしている。兜のフェイスガードを下ろしているため顔は判らないが、ガウェイン、ライオネル、ベネディアとも驚いた。
二つとも見覚えのある鎧なのだった。ライオネルは憤慨した。
「おのれっ! 我らを愚弄するか!?」
ベネディアがそれを宥める。彼も動揺してはいるのだが。
「ライオネル卿、落ち着け。心理的な揺さぶりを掛けているのだ。」
兵士たちも気づき騒ぎ始めた。敵将らしい人影の鎧の胸にはグレイシー王家の紋章が入っている。
「皆の者、聴けえっ!」
大音声での聞き覚えのある声に、またどよめく。二人がフェイスガードを上げると歓声が沸いた。
三年前に死んだはずのスコット王子と、その擁護者の元騎士団長ラーンスロットだ。
「スコット殿下! ラーンスロット卿! そんな、馬鹿なっ!」
ガウェインが身を乗り出し駆けだそうとするのをシイラとバイソンが引き止めた。今飛び出せば弩の的になるだろう。
「ミッドガーランドの兵たちよ。よくぞ海峡を越えこの城を攻めにきた。しかし、一兵たりともこの門を通すわけにはいかん。死にたくなければ引き返すが良い。」
ガウェインがどういうことなのかと訊き返そうと思ったところ、ガウェインの上空から矢が飛んだ。その矢と共に、一頭のグリフォンが真っ直ぐに飛翔、騎手はスコットを目掛け衝き槍を繰り出す。円盾により槍は防がれたが、グリフォンもすぐに体勢を直してクルリと向きを変え、再びスコットと対峙する。
「良い判断だ。やるな、若造。」
「余のことが分からないか? その年齢で早くも耄碌したか? 兄上!」
「兄? そうか、ゴードンか。そういえば、兄弟もいたのだったな。些細な事よ。」




