第169話 墓荒らし
マチコとしては、今回の遠征に参加できないことを口惜しいと思わないでもないが、味方の勝利を信じて疑わない。ジャカランダの騎士たちはともかくとしてサキが敗けるわけがない。
タロスの運用のために集ったクララ、クッキーも古い友人のオズボーンファミリー、ホリスター派のドワーフの職人たちも優秀な冒険者であると知っている。なにより自分のお腹にサキの子がいることに喜びを感じ、気分がハイになっている。
クララの実家、一階居間の陽当たりの良い窓際でゆったりと椅子に座り読書をしていた。クララの実家には父親が残した蔵書が豊富にある。そして、妊娠中のマチコを気遣って取調室の女性従業員が頻繁に訪れる。
バルナックへの遠征で、セントアイブスの街に滞在していた冒険者たちも志願兵として出征した者が多く、今日は人が少ない。その割に騒がしい声が聞こえてくるのを不思議に思っているとシーナが顔を出した。
「今日も来てくれたの? 気を遣ってもらって悪いわね。」
「いいえ、お互い様ですよ。サキさんにもレイゾーさんにも頼まれてますしね。」
「そう。ありがと。ところで、今日はなんだか賑やかよね?」
シーナは少し戸惑った。妊婦のマチコにはゆったりとした気持ちですごしてほしい。ネガティブな話題は、あまりマチコの耳には入れたくない。
「ええ、そうですね。なんでしょうね?」
「シーナ、ホントは知ってるでしょ。なんなの?」
わずかな表情や仕草からでもマチコには読まれるかと、シーナは諦めて話した。直接に自分たちに関わるものなのかどうかも分からない事なのだが。
「今朝早く、西の空が急に明るくなったんですよ。一瞬でしたけどね。そのすぐ後に大きな雲が見えたんです。マッシュルームみたいな形の。もう風に流されて形はくずれちゃいましたけど。」
マチコは懸念した。西の方向にキノコ雲。火炎奇書の禁断の火力呪文が使われたのに違いない、と。サキたちは呪われた巻物の使用を防げなかった。被害はどれほどなのだろうか?
「へえ。バルナックの方角よね。何かページ公の領事館に情報が入ってるんじゃない?」
「そうですね。まだ噂話の域を出ないので、正しい情報は分かりません。あと、もう一つあるんですけど。」
「なあに?」
「慰霊碑が…、お墓が荒らされてるんですって。」
「慰霊碑? 東の海岸の?」
「はい。レイゾーさんのパーティの、前回の戦争の英霊のお墓です。」
これには、マチコも首を傾げた。どういう事なのか見当がつかない。
「罰当たりなことする輩がいるのねえ。何か高価な副葬品で埋められてたの?」
「いいえ。英雄たちの装備品はジャカランダの王城に保管されてますし。グローブからの異世界人の三人は、レイゾーさんの故郷の習慣で火葬されてますから、壺に納められた、焼けた骨の欠片です。スコット殿下やラーンスロット卿の本当のお墓はジャカランダ近郊の寺院ですから、遺骨の一部を分祀されてる形ですね。その遺骨の一部が無くなったって噂です。」
「英霊の遺骨が無くなった。それは騒ぎになるわねえ。」
マチコは嫌な予感を感じたが、産休中の自分にはどうしようもない。サキたちを信じて待つしかない。それでもやるべき事、情報収集だけはしておきたい。シーナに訊き込みを頼むことにした。
「ちょっと気になるわねえ。ねえ、シーナ。領事館に行って、分かってることだけでも訊いてきてもらえないかな。たいした情報なさそうだけど。あと、オリヴィアさんが来るだろうから、彼女にも話してみる。」
「はい、おやすい御用です。」
さて。サキはどうしているかと言えば。タロスで二体のゴーレムと対戦中である。タロスのボディが赤くコーティングされる前、タロスの腹に穴を開けたアダマンチウムの人馬型ゴーレムは退けたが、まだ二体のリザードマンのようなゴーレムが残っている。
この二体が手強い。一体は『デスマルク』という型。ダイ男爵が乗り込み、デイヴが駆るアダマンチウム製のヤクートパンテルを打ち破ったゴーレム。もう一体は『ゼッターキング』というインヴェイドゴーレムとしては完成型ともいえる最新型。今回ダイ男爵が乗り込んでいる。見かけはほとんどデスマルクと変わらないが希少金属アダマンチウム製だ。
六本腕のゴーレム二体がタッグを組んでタロスに迫る。ガラハドのバックステップで宙に舞うかのように躱していくが、なにせ六本腕で攻撃してくるゴーレムが二体。ガラハドの防御テクニックは達者だが、タロスが攻撃にでるチャンスがなかなか掴めない。
「マリア! 隙を作ってくれ!」
「分かってるわ。やるわよ。 暗器!」
ガラハドとマリアの連携が始まる。しかし、マリアの放った火力二連弾は、ゼッターキングの額の『emeth』の文字を狙ったが、六本の腕によってブロックされた。また、同時にガラハドが踏み込み、顔面にストレートパンチを見舞おうとするものの、タロスとゼッターキングの間にデスマルクが滑り込んだ。
タロスの右拳をデスマルクが受け留めると、タロスは膝蹴りをデスマルクの腹に打ち込む。そのまま膝を伸ばし顔面を蹴ろうとするが、それはスウェイバックで避けられた。スウェイバックとは腰骨が前方に移動し、その分背骨が後方へ反る姿勢。本来は腰痛の原因などになるバランスの悪い状態のことだが、上半身の動きで相手の攻撃を防ぐ。
「こいつ、見た目よりもすばしっこい。」
ガラハドは感心するが、ここで自律的行動で蹴りを繰り出したタロスも話し出した。避けられたのは、タロスも計算外だったようだ。
「ますたー!」
「どうした、タルエル?」
「様子ガオカシイ。アノ二体ノごーれむ、見タ目ハ同ジダガ、動キガ異ナル。」
「搭乗者、パイロットの違いだろう? 片方にはダイ男爵とやらが乗っている。」
「ソレダケデハナイ。はーどうぇあガ違ウ。片方ハあだまんちうむ製。モウ片方ハたいたにうむ製。」
「むう。そうか。メイ、分かるか?」
「言われてみれば、確かに。特徴が合致するわ。」
タロス、いや、タルエル、サキとメイの会話からすると敵ゴーレムのボディの素材の話である。ガラハドがサキに質問する。ゴーレムの特徴と攻略法が何か分かったのか、アダマンチウムとタイタニウムの違いは何なのか。
「三大希少金属は知っているな? オリハルコン、アダマンチウム、ミスリルだ。とても固く頑丈な生体金属。加工も難しいが、どれも素晴らしいアーティファクトや武具の素材になる。少しくらい破損しても時間があれば自己修復すら可能だと云われている。
そして三大希少金属以外にもいくつか素晴らしい特徴を持った希少金属はあるが、タイタニウムもその一つだ。ティターン神族が武具に使用していたとされる伝説がある。これまたアダマンチウムほどではないが頑丈でな。だが、一番の特徴は軽いことだ。
見た目には同じタイプのゴーレムだが、片方は動きが速い。速いほうはタイタニウムだろう。」
「つまり、『頑丈なうえに軽くて素早いヤツ』と『重いけど、もっと頑丈なヤツ』がいるってことか。」
「そうだな。重くて頑丈なヤツは、タロスよりも頑丈だ。」
「ふうん。こっちの強みは?」
「まずは魔法だな。ミスリル製のタロスは魔法との親和性が高い。」
「他には?」
「タルエルは私たちシルヴァホエールのメンバーの能力を学習している。そしてリミッターを解除し自律行動を許可している今は、マチコやクララの動きで格闘し、クッキーや私の魔法を使用できる。ガラハドとマリアの操縦に隙ができてもタルエルが埋めてくれる。」
「じゃあ、とりあえずタロスは俺が動かすけど、いざとなればマチコの投げ技や締め技を勝手に使って戦うってぇ事なんだな。まあ、今はクララの投擲は出番はないだろう。」
「まあ、そういう事だ。」
こう話している間にも、ガラハドは二体のゴーレムの十二本の腕を相手に拳で競り合い、マリアは魔法の矢を応酬している。マリアが転覆などの補助呪文で妨害しても、敵ゴーレムは六本腕に加えて尻尾まで持っており、体勢を立て直す。簡単には隙を見せない。
そしてマリアは戦いながらも自分の頭の中の記憶をまさぐり、古い文献を思い出した。二千年以上前に書かれたことになっている神学の研究論文だ。その中にあった天使の名前。
「サキ。思い出したわ。『タルエル』って天使の名前よね?」
サキは驚いた。賢者マリアの聡明さは分かっていたが、人間の世界では古文書の中に一度か二度、名前が出ているだけの『タルエル』のことを突っ込んでくるとは思わなかった。
「よく知っているな。そうだ。ゴーレムに天使の魂を吹き込んだのがタロスだ。あとで説明する。」