第168話 仇討ち
クララの両親の元冒険仲間にして仇。オーギュストとカミーユ。
一度抜剣されれば人の血を吸うまで元の鞘には納まらない。その謂われのとおりソフィアが犠牲となってしまった。
ダーインスレイブは、そのおぞましい謂われだけでなく、斬れ味と頑強さからも人々に恐れられてきた。固い物、骨に当たっても刃こぼれ一つしなかったと伝わっている。
レイゾーは、この状況で物を言うのは剣技のみだと覚悟した。戦斧を振るうスカイゼルとグランゼルを下がらせた。腕力の強いドワーフとて、その斧でダーインスレイブを砕くことはできない。むしろ重い斧のせいでカミーユの素早い動きについていくリスクの方が大きいと判断し、二人に退くように言った。言ったそばからグランゼルが左上腕に刀傷を受けている。
トリスタンとパーシバルが弓を持っているが、味方に当たってもいけないので牽制として、いつでも撃てるように見せている。そして、レイゾーとしては、それで十分なのである。
レイゾーはグラムを正眼に構えカミーユに突進する。カミーユが右へ左へとトリッキーに飛び跳ね躱そうとするが、おもむろにレイゾーはグラムをカミーユに投げつけた。グラムは両手剣のなかでも大きく重いのだが、その分重量バランスは良い。逆に言えば、重量バランスが悪かったら使えやしない。
予想外のレイゾーの動きにカミーユは対応しきれず、不意打ちを腹に受けた。そして、またレイゾーは普段使っている片手半剣を抜剣し、すれ違いざまカミーユの胴を払った。
カミーユの腹に突き立てられたグラムが落ち、カミーユは前のめりに倒れた。それでもカミーユはダーインスレイブを手放さない。
「ぐうっ、オーギュスト先生…。」
カミーユが倒れる様を見てオーギュストも動揺したらしい。戦槌を振り回しながらソーサリー呪文の詠唱をしていたが、さすがに途中でつかえた。オーギュストは職能としては魔導士だが、冒険者としては魔法だけでなく様々な経験と技術を持っており、カミーユは冒険者としてオーギュストの弟子である。弟子は他に何名もいたのだが、脱落していき残ったのはカミーユだけである。二人は師弟以上の関係であるが、冒険者パーティーの他のメンバーに対して排他的な考えが強くなり、またいろんな意味での欲や向上心が膨らみ、報酬の分け前などの面から仲間を手に掛けるようになってしまった。冒険者仲間もクエストのクライアント、スポンサーも信じない彼らには、お互いだけが頼りなのだろう。
千載一遇の機会だ。この隙を逃すまい。俺は思い切り右足に力を込めて前に出る。格闘しながらソーサリー呪文を使うようなバケモノとは、正直なところ戦いたくない。魔力、集中力が常人のそれと違うではないか! ここで終わりにしておきたい。
銃剣の刃がオーギュストの胸を突く。しかし、ここでオーギュストが超人ぶりを発揮。胸に短剣が刺さったまま、ソーサリー呪文の詠唱を完了させた。
「……消滅!」
「呪文返し!」
オーギュストが何の呪文を詠唱したのかも俺には分からない。ただ、魔法防御では防ぎきれないことは直観したし、俺は打ち消し系の呪文は使えるものの。オーギュストのような強者を相手に通用するかどうか分からない。
実は、打ち消すよりも、跳ね返す呪文のほうが通りやすい。打ち消すには、相手と同等以上の魔力を消費するが、跳ね返すのは相手の力を利用する柔道の返し技に近い。俺は『偏向』という呪文も持っているが、あれは魔法の対象を変更する。『呪文返し』は、自分が魔法の対象にされたときに限り、そっくりそのまま相手に返す。偏向は偏向する対象を選べるので融通が利くため、上級の呪文であり、呪文返しの方が簡単な呪文である。跳ね返したところで、オーギュストが自分自身の魔法でどうにかなるとも思えない。
ところが、オーギュストの胸の傷が思った以上のダメージだったらしい。オーギュストは俺が跳ね返した呪文をそのまま受けた。
「ぐおおおおおっ!」
オーギュストの身体が黒い雲のような物に覆われた。全身が包まれ姿が見えなくなると凝縮するように雲が小さくなり、オーギュストの呻き声と一緒に消えてしまった。後に残ったのは、黒焦げの炭のようになった何者かの死体。
「消滅って言ったよなあ。あれも古代魔法だ。まさか使える奴がいるとは思わなかったが。クッキーもよく跳ね返したじゃねえか。お前さんがああやって消えるとこだったぜ。」
ホリスターが声を掛けてくれた。声掛けと同時に俺の肩を叩き、掌を上に向け、クララの方に向けた。
「まあ、それよりもあっちだな。」
「あ、ありがとう。ホリスター師匠。」
クララは倒れたカミーユのもとへ走って行き、ダーインスレイブを持った右手を踏みつけた。クララは涙を流しながらも俺が見たことのない険しい形相で、カミーユを睨みつける。
「両親の仇はカレが討ってくれたわ。姉の仇を討たせてもらうわね。」
よく見ると、クララの持つダガーはいつもの物ではない。ソフィアの持ち物だ。そのソフィアのダガーをカミーユの右腕に刺しダーインスレイブを捨てさせると、次にはダガーをカミーユの頸筋に当てた。
「クララちゃん! ストップ!」
レイゾーがクララを止めた。片手半剣を鞘に納めるとダガーを持ったクララの手首を掴み、もう片方の手で俺を指差した。
「家族の仇を討ちたいと思う気持ちは当然といえるかもしれない。でも、クッキーはどう思うかなぁ? 人の命を奪うことに悩んで鬱になってたような奴だからねえ。クッキーに嫌われちゃうかもよー? 」
「えっ、あっ、それは困りますー。」
「綺麗ごとを言うようだけど、ヘイトの連鎖は絶たないとね。仇討ちに拘らなけらば、クララのお姉さんは死なずに済んだかもしれない。
この女性はなんしてもバルナックの手先として働く『敵』だから生かしてはおかないけど、それは僕がやるよ。いいね?」
俺も親の仇討ちを成し遂げさせてやりたいと思う気持ちがあったのだが。やっぱり考えてみれば人殺しはさせたくない。今、こうしてバルナック領へ攻め込んでいるのは戦争なので仕方がないとも言えるが、それは国や周りの人、自分の身を護るためでもあり、言い切れないが、まあ正当防衛だ。元自衛官の俺が言うんだから、良いことにしよう。
クララは俯いて、再び顔を上げると子供のような表情になっていた。俺のもとへ駆け寄って来る。
「了ちゃん!」
「クララ、なんてって言って良いか分からないけど、仇討ちはもう終わりだよ。あとでお姉さんの弔いをしてあげよう。」
「うん。」
「じゃあ、俺たちはそもそもの目的を果たそう。戦争を終わらせるためにはララーシュタインとウインチェスターを討ち取る。ジャカランダの正規軍が、もう追いついてくるからね。」
タムラのとき同様、ソフィアの遺体を野営用のテントの幌に包み、俺のストレージャーに容れた。魔導士で普通の人に比べ魔力の大きい俺はストレージャーの容量も大きめなので。逆に言えば、俺は死ぬわけにはいかなくなった。俺が死ねば、ご遺体をストレージャーから出せなくなる。
一方、レイゾーとカミーユ。レイゾーは魔剣グラムを握る。
「さて。カミーユといったかな。腹の傷が深い。放っておいても死ぬが、苦しいだろう。止めをくれてやるが、何か言い残すことは?」
「ない。冒険者としてオーギュスト先生に認めてもらうのが私の生きがいだったが、オーギュスト先生はもういない。」
「そうか。では、せめて遺体は一緒に焼いてやろう。」
レイゾーはカミーユの心臓をグラムで突き、オーギュストとカミーユの遺体を火の魔法で焼いた。戦場でゾンビどもを燃やした炎の煙にまざって、クララの家族の仇の冒険者二人を火葬する煙が上がった。
ストレージャーには生物は入りませんが、死んでしまえば(死体ならば)入ります。




