第166話 魔剣
レイゾーは首を傾げた。魔剣グラムを凪いだのに相手の剣で受けられた。これは初めての経験だった。魔剣グラムを使うこと自体あまりないのだが。斬れ味鋭いグラムは岩でも鉄でも一刀両断にする。盾や鎧でもグラムを防ぐこと叶わず、全て斬り伏せてしまう。
(技術じゃない。あの剣がおかしい。フォーゼの言う通り、何かあるね。)
両手剣は、本来『斬る』という繊細な物ではない。それ自体の重さを乗せて振り回し、ぶっ叩いて兜や鎧ごと破る物だ。相手に防がれる事は前提としていない。大きく重く取り回しが悪いので、避ける事が一番の対策であろう。
魔剣グラムは長さが百四十センチ。長過ぎる。それでレイゾーは普段使い易い片手半剣を使っている。グラムを使うまでもないとも言えるが。
古い日本の武術では『伏したる身』『立つたつる身』と言うのだが、腰を落として下半身をどっしりと構え足を止めて上半身のみを動かし斬り合う剣術から、膝や背筋を伸ばしフットワークを活かし動き回る剣術へ発展した歴史がある。グラムのような重い武具では、その『伏したる身』のような古い戦い方へ先祖返りしかねない。
いや、単に新しいものが良い訳ではない。足場が安定しない船の上での戦闘などでは『伏したる身』が役に立つのだが。それでも重装の板金鎧を着込んで飛んだり跳ねたり、グラムを振るレイゾーは名実ともに英雄なわけだ。
その英雄の剣をカミーユは受け、防いだ。老練の騎士でも滅多にいない腕っこきの剣士と言えるし、フォーゼが『ダーインスレイブ』と呼んだ剣はただの剣ではない。
二撃、三撃とレイゾーとカミーユが剣を叩き合っていると、他のメンバーたちも追いついてきた。パーシバルを先頭にドワーフのスカイゼルとグランゼル。そしてホリスターとジーン、レイチェル。左右に展開して二頭立ての戦車に乗った騎士のロジャー、ブライアンと取調室の冒険者フレディ、ディーコン。そして後方からトリスタンが走りながら長弓を撃ってきた。
トリスタンの弓は百発百中。カミーユに命中。いや、命中はしたが、カミーユの動きも尋常ではない。サッと身体を捻り右肩で矢を受け、鎧の肩当てが弾き跳んだ。レイゾーとカミーユがお互いに一歩退き距離を取る。
「ホリスター師匠、あの剣を見てください!」
フォーゼが叫ぶと三人のドワーフが驚愕した。信じられないといった表情だ。
「ダーインスレイブ! ちぃっ! 厄介な物をもってやがるな。」
「ホリスターさあん。なんなんですか、あの両手剣は?」
カミーユと戦う気が満々のクララが尋ねた。あの剣さえどうにかすればスピードとテクニックでカミーユを圧倒するつもりなのだろう。
「クララのお仲間? ろくな挨拶もできずに御免なさいね。 あいつは親の仇なの。殺してやるから、情報をくださらないかしら?」
「ホリスターさあん。私の姉なんですう。ご挨拶は後ほど~。あの剣について教えてくださあい。」
「嬢ちゃんの親の仇か。それなら何でも教えるさ。だけど、本当に危ないぞ。」
俺も知りたいので早くしてほしい。銃剣突撃でパワー敗けしそうな気がする。魔法は何を使えば良いのか。
「あれは一度抜いたら人の血を吸うまで元の鞘には収まらないっていう呪われた剣だ。強い相手とは永遠に戦い続けるっていう伝説級の魔導具だ!」
「弱点は無いんですかあ?」
「聞いたことねえなあ。さすがはドワーフの名工ダーイン。」
大昔の偉人に感心している場合ではない。俺は射線が味方に被らないように射撃位置を確保するために移動する。トリスタンも弓を持ち射撃位置を探して走っている。
パーシバルも槍を構え、戦斧を持つスカイゼルとグランゼルを左右に従え、一定の距離を保ちカミーユを囲むように動き始めた。そして、クララとソフィアの姉妹も左右真横から挟み撃ちに出来る位置でダガーを構えた。打ち合わせ無しに息の合った動きをするのは、さすが冒険者姉妹だ。
「ギャンッ!」
突如、ロデムが苦しそうな声を上げた。振り向くとロデムの大型肉食獣のような身体が宙に浮き、横向きに飛んだ。見た目にネコ科っぽいクアールのロデムは、身体を捻って見事に着地してみせたが。それにしても…。
ロデムが押さえ込んでいたはずのオーギュストがむくりと起き上がった。首の周りが光っている。光の輪郭からするとネックレスのようだ。
「あれは『トルク』だわ。螺旋のような装飾から『トルク』って呼ばれているけど、ネックレス型のアーティファクトよ。呪文を詠唱しなくても魔力を込めれば発動する護符。首だけじゃなく、腕もたいしたダメージじゃないわね。さすがに用心深いわ。オーギュストの奴。」
ソフィアが独り言のように説明してくれた。クララ同様、アーティファクトについて詳しいらしい。立ち上がったオーギュストは血が滴る右腕を左手で押さえているが、その足下には五芒星の立体魔法陣が浮かぶ。
「あ、しまった!」
「神学的秩序は失われる。悪の華を祭壇に飾り、混沌とした地獄の世界に踏み入れ!地獄の門!」
「対抗呪文!」
オーギュストの詠唱する呪文がどんな魔法なのかは知らないが、本能的に危ないと感じた俺は、妨害に入った。だが、オーギュストの魔法の起動がやたらに速い。おそらくロデムに取り押さえられたフリをしながら、魔力を集中して編んでいたな。
せっかくオリヴィアに習った打消し呪文だったが、間に合わなかった。
空中に渡りのポータルのような黒い門扉が浮かぶと、破裂音とともに観音開きの扉が大きく弾けるように外側に開いた。中から強い爆風が漏れ出て来るような衝撃。黒い何かが、大量に溢れ出る。銛のような武具をもった小悪魔インプに、三つ頸の大柄な狼のようなケルベロス、筋肉の塊のようなオーガといった怪物どもがわんさか出て来た。してやられた。
「業火!」
すかさずレイゾーが複数の対象を攻撃できる火力呪文を使った。対応が早い。さすがだ。
「クッキー!ロデムと一緒にオーギュストと戦え! 僕はカミーユって剣士をたたっ斬る。魔導士には魔導士、魔剣には魔剣で対抗するよ。」
「はい!」
「他の皆は召喚された怪物どもの相手を頼むよ。」
「「応!!」」
トリスタンにパーシバル、四人のドワーフが魔物たちと戦い始めると同時にクララとソフィアもカミーユに飛び掛かった。まずクララはダガーの一本を投げつけてからなので、飛び込むタイミングはソフィアが先になった。カミーユはクララが投げた火のダガーをダーインスレイブで弾くと、その剣を振り回した勢いをそのまま乗せてグルリと回り、向きを変えるとまたダーインスレイブを振り下ろした。大昔の名工が造ったという大剣の刃はソフィアの左の肩口を大きく切り裂いた。
「あああっ! 姉さん!」
オーギュストに向かい合う俺の耳にクララの悲痛な叫び声が聴こえてきた。
ソフィアに続いてカミーユに飛び掛かろうとしていたクララは、カミーユをスルーして倒れるソフィアの身体を支えに行き、カミーユとクララの間に割って入ったレイゾーの剣は、カミーユの二撃目を受け留めた。
「このカミーユって剣士、思ったよりも速い。やるねえ。
ディーコン!来てくれ!怪我の治療だ!」
戦車隊の四人もそれぞれ地獄の門から出た魔物たちに応戦しているが、ディーコンは白魔術が使える。ソフィアの治療をしてもらうために取調室のスタッフの中でも腕の良いモジャモジャ頭の冒険者を大声で呼ぶ。
「しっかりして、姉さん!」
クララに抱きかかえられながら、ソフィアの肩口からは血が流れ落ちる。鞘から抜かれる度に人の血を吸うダーインスレイブ。まさに魔剣か。