第165話 仇敵
基本は獅子だが、身体の前半分が鷲。たてがみのある頭の代わりに楔状の嘴を持った鷲の頭。前脚も前向き三本、後ろ向き一本の指で物を掴めるようになった鳥の脚だ。そして力強い翼によって空を飛ぶ。グリフォンという魔物は人間に友好的であり、その端正な見掛けと飛翔能力から、多くの王家の紋章のデザインに採用され、権威の象徴となっている。
天馬などと同じく人間に友好的な数少ない魔物の一種で背中に人を乗せ飛ぶことが出来るとはいえ、ペガサスよりもさらに珍しく強力であり、王族か王族に近しい者しか騎乗は許されない。
第四王子で今回の遠征の大将であるゴードンと側近の二人がグリフォンに騎乗していた。この三騎が後方部隊の全滅を前線の三部隊へ伝えに飛んだ。
ゴードンは最も遠い位置にいると思われる騎馬隊中心に編成されたライオネル卿の勢力へ。ライオネルは冷静に戦力を分析し、このまま進軍するが良いと判断した。
「おそらくガウェイン卿もそう考えるでしょう。兵站はクレイゴーレムが追い付いて来ても僅かな水と食料だけ。兵を退いても再戦の余裕はないでしょうな。ならば、短期決戦です。」
「やはり。戦力ダウンとはいえ、士気が高い今を逃しては、もう機会はないか。」
「ペガサス部隊も半数が後方部隊の救助に当たっているのでは、伝令の数も不足するかもしれません。殿下は、ガウェイン卿と合流なさるのが宜しいかと思われますが。」
「そうだな。そうしよう。」
ゴードンは騎士団長ガウェインの部隊へ。ライオネル勢は、このままバルナック城へ向けて北上。途中、白と黒の妖精の国の住人である邪妖精らと交戦しながら進み、ガウェイン、ライオネル、ベネディアの三隊がそれぞれ目視で確認できる位置に近づく頃に、魔女シンディが放った不死者の軍団と出合い頭にぶつかった。
「接敵!大軍です!」
「友軍の斥候はどうした?」
「交戦しています。半数近くはやられたようです。報告に戻って来る余裕もなかったのでしょう。」
いよいよミッドガーランド軍とバルナック軍が正面から対決となった。とはいえ、まだバルナック軍の正規兵は姿を見せない。
バルナック城の城壁を前にして、ゾンビの軍団が出て来る門の門番を確認。それは魔導士と剣士の男女。マナの流れ方が異常なのを肌で感じる。とんでもない手練れだ。そして、その男女の命を狙う女性冒険者がクララの姉。
どうやらバルナック側に就いている二人は、クララの両親の仇らしい。ならば、俺としては、クララ姉妹の仇討ちに助太刀するのが自然な流れだろう。クララの仇でなくとも斃さなければいけない相手だ。
しかし、相手の男女に対し、こちらはクララ姉妹と俺でも二対三で数的有利とはならない。ゾンビどもがいるからだ。他にもハーロウィーンの影響を受けた邪妖精も湧いて出る。ただし、ゾンビなどのアンデッド系モンスターは火に弱いはず。
ホリスターが俺に合わせて作ってくれた魔法の杖『銃剣』を握ることで頭の中にイメージを持つことが容易になり、使い慣れたインスタント呪文ならば無詠唱で使えるようになったので、『銃剣』を構え衝撃を撃ちまくった。追尾機能は持たないシンプルな火炎弾を飛ばす呪文だが、普通に小銃の射撃と同じ感覚だ。俺は外さないし、撃ちに撃ちまくった。
「クララ。ゾンビは俺にまかせろ。」
「うん。ありがとう。」
クララの姉のソフィアはカミーユと剣劇を繰り広げている。いや、ソフィアの獲物は大型ナイフなのだが。そこへクララが割って入る。
「姉さん!」
「! クララ? クララなの? 」
カミーユはクララの奇襲にも怯まない。あっさりとダガーを避け、直ぐに攻めに転じる。このカミーユという女剣士、とにかく手数が多い。攻撃は最大の防御とでも言いたげに攻めまくる。ソフィア、クララの二人が防戦一方になっている。
魔導士のオーギュストに対して隙だらけだ。クララ達姉妹に親の仇討ちをさせてやりたいと考えていたが、大きなソーサリー呪文を使われるかもしれない。このままでは拙いと思った俺は、ゾンビよりもオーギュストに向けて『銃剣で射撃』した。水のインスタント呪文で幕を張り火炎弾を防ぐ。まあ、当然と言えば当然か。こちらも衝撃のようなマナ消費の小さなインスタント火力呪文で魔導士を倒せるとは思っていない。
クララとソフィアにとっての親の仇、首謀者はどちらかと言えばオーギュストの方だ。俺は足止めをしておけば良いのだが、クララの仇討ちが第一目的ではない。
(俺がオーギュストを倒しても恨まないでくれよ。)
ゾンビの群れとオーギュストに向けて五連発の魔法の矢、五指雷火弾を撃ち、突進した。俺は他の魔法使いと違い、即応呪文が得意だ。銃剣突撃しながらでも火力呪文を撃てる。
通常の冒険者パーティならば、魔法使いを庇うように戦士や剣士といった前衛職がいるが、オーギュストと組んでいる剣士は今クララ達姉妹が戦っている。今が好機。
だが、予想に反して戦槌が振り下ろされ俺の足下の石が砕かれた。この髭面の大男、伊達に身体が大きいわけではなかったか。魔法使いのくせに腕力が強い。俺も他人のことは言えないが。今までに想定した事のないタイプの対戦相手だ。
ひとまず衝撃を数発撃ち、どう戦うか頭の中で戦術を組み立てていると増援があった。クララと俺は斥候として先行していたが、後続が追い付いてきたのだ。ロデムが足音を抑えて走り込んで来た。オーギュストに飛び掛かろうと跳躍。
「湿気の壁!」
オーギュストは水の魔法で俺の火力呪文を防ぎ、その魔法の副作用でできた湯煙を隠れ蓑にしてロデムの爪を躱した。ロデムは俺と挟み討ちにするつもりだ。着地するとすぐにオーギュストの背後へと回り込む。
「クアールか? 珍しい魔物を飼ってやがる。神経質な性格のはずだ。どうやって手懐けた?」
「クララのご両親を殺したってのはあんたか? 何故殺した? 冒険者パーティの仲間だったんだろ?」
「ふん、金に決まってんだろ。珍しい道具や魔導書を持ってたらしいからよ。」
「そうかい。では、見逃す理由はないな。」
「ぬかせ。青二才。」
「微震!」
不意打ちと足止めの両方を狙い、足下から崩す呪文を使う。オーギュストがバランスを失ったところでもう一つ。
「捻り!」
オーギュストが横に転ぶと待っていましたとばかりにロデムが飛びついた。クアールはとても知能が高い。オーギュストの持つ戦槌が危ない物だと判断したのだろう。真っ先に右腕に噛みつき、骨を砕いた。
(ナイスだ、ロデム!)
続いて豹のような身体の両肩から出ている鞭のような黒い触手を髭面男の首に絡ませ、締め上げる。これでオーギュストは喋れないので、魔法の呪文の詠唱も出来ない。念のため、俺はオーギュストの手から戦槌を奪い、暗器の呪文を両膝に撃ち込んだ。もう逃がさない。
猫が猫じゃらしをガッツリ捕まえるように、ロデムがオーギュストを押さえ込んでいる。髭オヤジはロデムに任せても良いだろう。クララの方へ視線を向けると、あちらにも援軍が駆けつけていた。
レイゾーが颯爽と走って来た。さすが『AGI METAL』だ。重装の鎧を着込んでいるとは思えない軽やかな動き。クララとカミーユの間を駆け抜けながら大剣を薙ぎ、すぐに振り返った。
「へえ、やるね!」
「この男、あんなに大きな剣を軽々と。」
カミーユは両手剣でレイゾーの魔剣グラムを受け流した。カミーユの剣もレイゾーのグラム程ではないが、大剣だ。そして、レイゾーを追ってきたドワーフのフォーゼが叫ぶ。今回一緒に行動しているドワーフ四人の中で一番若い。スカイゼルの息子である。
「あれは! ダーインスレイブだ! レイゾーさん、気を付けてください。大昔のドワーフの名工ダーインが打った魔剣ですよ!」
グラムを「魔剣」と呼ぶのは、どうなのかとも思いますが、名前が「怒り」という意味ですから。
でも、ダーインスレイブは本当に「魔剣」なんですよね。




