第164話 タロス
マリアが使ったインスタントの補助呪文『転覆』の効果を見て、メイは目を輝かせている。俺はメイに追尾式火力呪文魔法の矢を習い、その代わりに妨害呪文『捻り』と『超信地旋回』を教えたのだが、メイは飛行船フェザーライトの総舵手であり、馬車や船に対して有効だと云うキャプサイズには、強く惹かれている。
その前に職能としては魔導士。女性でありながらガーランド最強と謳われ、その上に、元々高僧で、白から黒への転職でもなく、並行して白魔術、黒魔術、超高等魔術の全てに通じる賢者のマリアには憧れの念を抱いている。
(凄いわ、マリアさん。とても勉強になる。クッキーの魔法も面白いけど、クッキーは魔法戦士よね。魔導士としてなら、マリアさんがダントツに興味深いわ。私にとってだけじゃなく、タロスにとっても。タロスは今回とんでもなく強くなった。)
勿論、マリアだけでなくガラハドの体術も強力だ。敵地バルナックに乗り込んでから、これまでにララーシュタインのゴーレム十二体を葬り、まったくの無傷である。
拳闘のフットワークにスウェイ、ダッキングといった防御テクニックが生かされていることでの結果。だが、バルナック軍の最強ゴーレム三体を相手にすると、勝手が違った。
ガラハドが華麗な脚捌きで三体のゴーレムの攻撃を躱し、最初に狙うと決めた人馬型ヤクートパンテルの頭部に拳を叩き込む。すると大きくオレンジ色の火花が散る。人馬はバランスを崩したじろぐが、それだけである。ダメージが入っていない。
それで諦めるガラハドではないので二撃三撃と打ち込むが、火花が派手になるのみ。人馬は倒れない。希少金属アダマンチウムの装甲が頑強で衝撃が走らない。
格闘の達人ガラハドから見ると拙い動きのゴーレムではあるが、バルナック最強というだけありスペックの高い三体はガラハドの攻撃を耐え凌ぎ、効果は薄いが魔法を交えて連携までできるようになっていった。三体のゴーレムに乗り込んでいる魔法使いたちも鍛錬を積んだのだろう。尤も、サキやマリアがその魔法攻撃をも防いでしまうのだが。
タロスを取り囲んだ三体が同時に飛び掛かって来た。とはいえ、やはり踏み込みは人馬型が速い。リザードマン型のうえに六本腕のデスマルクとゼッターキングはやや遅れる。ガラハドはタロスの右拳を人馬型ヤクートパンテルの顔面に入れて火花が飛ぶ。ヤクートパンテルの動きが一瞬止まると、身を低くしデスマルクの膝を蹴る。その反動を利用して逆方向に回りゼッターキングに後ろ回し蹴り。また大きな火花が散る。
ガラハドは防御に徹し攻撃はマリアの魔法にまかせようと考えた。このままの戦い方を続ければタロスの拳を傷める。相手が大型の魔物や生物ならば、堅い鱗や外骨格を持っていても、問題ない。ミスリルが砕いてしまうだろう。
しかし、今戦っている相手はミスリル以上の強度を持つアダマンチウムのボディを持ったゴーレム。レアメタルの分厚い装甲のゴーレム同士が殴り合いをしても不毛なのであった。
(サキがマチコをタロスの操縦者にしているのも納得だ。アイアンゴーレムと戦うのなら、打撃技より投げ技が有効だろう。マチコが産休でなきゃ、俺がタロスに乗ることもなかったろうな。ゴーレム戦じゃあ『メカンダーの盾』も使えない。)
ガラハドは三体のゴーレムから距離をとると、構えを変えた。ボクシングのファイティングポーズから骨法の構えへ。左足を半歩引き、右自然本体。右手の掌を肩の高さに上げ、敵に向けた。骨法も打撃を中心とした徒手空拳であるのはボクシング同様だが、柔術のような動きも採り入れられており単純に相手の攻撃を防ぐよりも牽制し動きを封じ隙を作らせるという思想がボクシングよりも強い。
「マリア。力任せに戦う相手じゃなさそうだ。俺は守備に徹する。魔法で攻撃してくれ。」
「そのようね。私の魔法でもアダマンチウムがどうにかできるか分からないけど、引き受けたわ。」
三大希少金属。生物のような意思を持っているのではないかとも云われる希少金属。マナの濃度が濃い場所で原石が採掘され、精製された金属は非常に堅牢。武具や魔法具の素材として優れる。多少の傷がついても時間が経てば勝手に修復するという嘘のような特徴を持つ。魔法と親和性の高い軽量な素材ミスリル。魔法との親和性が低いものの、堅牢で武具に最適なアダマンチウム。そして究極の素材と云われるオリハルコン。
レイゾー、ガラハド、マリアが纏う重装板金鎧は、アダマンチウムを加工しやすくした合金のアダマンタイトから出来ている。バケモノじみた体力胆力で、その重い鎧を着て常識破りの速さで走る、跳ぶの三人を人々は畏敬の念で敏捷な重金属との意味でAGI METALと呼ぶようになり、そのままパーティ名となった。
後にメンバーとなったタムラも重装の鎧を使っていたが、アダマンタイトではない。またアーチャー、スナイパーのタムラは、弓を構えたときに敵側の正面を向く左半身の防御力を重視し右半身は軽装。左右非対称の装備であった。
ともあれ、レイゾーたち三人の鎧は第一次バルナック戦争末期の激しい戦いを駆け抜けたが、ほとんど無傷だった。マリアは自分の鎧を砕こうと思った事などないし、やったところでできるかも分からない。敵ゴーレムは、自分たちの鎧のアダマンタイトよりも純度の高いアダマンチウムの分厚い装甲。どう対抗するか必死に考えたが、一つの魔法では無理。だがコンビネーションでやれるはず。
マリアは精神を集中し地上に大きな魔法陣を作った。直径三十メートル程。
「ガラハド。あそこに敵を誘い込んで。」
「おう、分かった。」
ガラハドは、持前のフットワークと骨法での防御術を活かし右手で人馬型の腕を掴んで引き、左拳で馬の横っ腹にパンチを見舞う。ガラハドが急に「あっ!」と声を上げたかと思うと、タロスがガラハドの操縦を無視して自律的に動き、人馬の腕を捻り、腰を落とすと馬の胴体を蹴り上げ、柔道の一本背負い。五芒星を含んだ円盤が上下に重なり、円筒のようになった光の塔の中へ大きなゴーレムを押し込んだ。
「知性を枯らさぬ為、植物を枯らさぬよう努めねばならぬ。大樹の幹には人を活かす幾重もの先祖の知恵が潜むものなり。自然の摂理! 」
地面から這い出た数本の太い木の根が、狩りをする蛸の脚のようにヤクートパンテルに絡みつき拘束した。これでマリアの魔法の対象から外れることはない。
「風化!」
「金属疲労!」
「赤錆!」
「へき開!」
マリアは次々と呪文を唱えた。タロスの能力によって強化され何倍もの大きな効果を発揮する魔法である。ヤクートパンテルのボディはあちこちがひび割れ、その隙間には大小の木の根が入り込み益々腐食していく。
「ガラハド、止めだ!」
サキの合図で、ガラハドはタロスの全体重を前に移動し、爪先に力を込めて踏み込む。振りかぶった左腕から真っ直ぐにヤクートパンテルの鳩尾へ向けて渾身のコークスクリューブローを見舞った。
脆い鉱物の砂岩や礫岩のように崩れ去り、ヤクートパンテルのボディは割れて剥がれて、ゴロゴロとした黒い石が積もった採石場のようだった。
「幾つもの魔法を重ねてやった。三大希少金属といえど、モース硬度で云ったら半分くらいになってると思うわよ。」
「マリアさん、凄い! え、でも、モース硬度って? 」
「鉱物の硬さを表す尺度ね。ダイヤモンドなら10なのよ。」
メイも大興奮していた。マリアから魔法を学びたいと願う。
「メイちゃん。火の呪文でコイツ燃やしてくれる? 一応ね。自己修復されるといけないもの。まだゴーレムは二体いるから、私の魔力は節約しておきたいのよね。」
「はい。お安い御用です。火葬!」
メイは火力呪文で疲労した鋼材を焼いた。ガラハドとしては、自分の格闘中にタロスが勝手に動き投げ技を使ったことが気になっていた。マチコの投げ技に違いないだろう、と。それならば、タロスは搭乗者の魔法や格闘術を学習しているのではないかと考えた。何故、そこまでしてタロスを強くするのか。




