第163話 リミッター
遠目に赤い狼煙とキノコ雲を俺たちも観測した。これ以上の被害を出さないためには、一刻も早くララーシュタインを斃す。バルナックの中心地、エルマー山の隣にあるプラナー山の頂にあるというバルナック城を目指し、進軍速度を上げた。
そして、進軍速度を上げるためには斥候の数を増やすと良い。ロジャーたちセントアイブスの四人は戦車に乗っているため、ある程度広い整地を選んで進みたい。俺はレイゾーに進言した。
「レイゾーさん、俺も斥候として先行します。」
「お。頼む。早く進めそうなコースを選んでくれ。」
自衛官の俺は、鍛錬として強行軍なども行っているので体力的には自信があるし、匍匐前進などの技術も偵察として役に立つだろう。
俺が弩砲を積んだ馬車が通れそうな場所を選定し、クララがさらに先行。魔物や敵兵が潜んではいないかと警戒しながら、クランを先導していく。
やがて山道が切れるとバルナック城が見えて来た。まだアンデッドの輩出を断続的に続けているらしく、木陰に隠れてゾンビ二十体ほどの団体を見送って、その出入口を観察してみた。どうやら地下への通路のようだ。
その出入口を二人の男女が見張っている。それなりの年齢だが筋骨隆々の大男と長い髪のグラマラスな女。クララは目を細めた。
「あれ、似てますね。」
「ん? 似てるって誰に? 」
「まさかとは思うんだけどね~。」
「だから、何が? あ!」
いきなり男女の背後の城壁に渡りの門が開いた。門から飛び出したセミロングの茶髪の女は、両手に大型ナイフを持って二人に斬りかかったが、長い髪の女が素早く剣を抜き、ナイフを受ける。大男も見掛けの割りに軽やかな動きでサッと避けて身構えた。
それを見たクララがなにやら叫ぶ。叫ぶと同時に走り出す。
一本の大型ナイフを投げつけた。火の精霊のナイフだ。橙色の灯りに包まれたダガーが炎を揺らしながら一直線に飛び、男の心臓をねらうが、男がロッドでダガーを弾いた。
「姉さああああん!」
「は? ねえさん? 」
姉さんと呼ばれた茶髪の女も驚いた。剣を持った髪の長い女と戦いながらなので、あまり話す余裕もなさそうだ。
ねえさん。マチコは、産休のため、今回から作戦に参加していない。ねえさんとは、クララの姉か? 大陸の国で生き別れになったはずの・・・?「姐さん」ではなく「姉さん」か。
では、クララの姉が狙うあの男女は、親の仇だろう。此処であったが百年目というヤツだな。
バルナック城から南へ五キロの地点では、タロスが三体のゴーレムと対峙していた。一体は、前回の対戦でタロスの腹に穴を開けたレアメタル製の人馬型。それよりも強いと云うワニ型六本腕。さらにそれをレアメタルにしたメカ怪獣のようなデカブツ。
「ガラハド、あの人馬型の持っている槍には気をつけろ。こいつ等は、三大希少金属のアダマンチウムから出来ているゴーレムだ。」
「ほう。アダマンチウム。俺たちの鎧のアダマンタイトよりも堅いヤツだな。」
「マリア。こちらのアドヴァンテージは魔法だ。頼むぞ。」
「まあまあ手強そうな相手ね。」
タロスのコックピット、サキの座席のコンソールパネルでは、タロスの内面を表す三つのパラメータのメーターの針が盛んに動いていた。エトス、バトス、ロゴスの回路がタロスの魂の状態をサキに伝える。それぞれ信頼、感情、理性を示すものだ。
バトス、ロゴスの動きは、以前あの人馬型と一騎討をしたときと同じ。タロスは敵を警戒しながらも戦いたがっている。だが、今回は、あの時に振れなかったエトス回路に反応があり。
(タロスよ、ここが正念場という事か?)
サキは、血の気が引いたような顔色になった。本当の目的のために、まだ秘密にしておきたかったタロスの能力をここで使わなければ、乗り切れないかもしれないとタロスが訴えているのだった。サキは仕方がないと腹を括った。
「タロス、応えろ。」
「ハイ、ますたー。」
「学習できたか?」
「ハイ、十分ニ。評価Sらんくノ騎士、格闘家、賢者ノ戦イ方、全テトハ言エマセンガ、吸収シマシタ。」
「では、タロス。いや、タルエルの魂よ。リミッターを解除する。存分に戦え。
ガラハド。マリア。タロスに自律行動させる。これからは、二人の操作を無視して動くこともあるが、適切な行動だ。あまり気にしないでくれ。」
ガラハドもマリアも奇妙だとは思ったが、ガラハドは何事にも前向きだ。すぐに受け入れた。
「分かった。本来ゴーレムってのは疑似生命で自律的に動くモンだからな。考えても仕方ねえな。やることをやるだけだ。目の前の敵をぶっ叩けばいいんだ。」
一方、賢者マリアはいろいろと考えているようだ。ゴーレムは魔法による疑似生命のはずなのに、サキは「魂」という言葉を使った。ゴーレムにしても普通ではないタロスは、ひょっとしたら疑似生命ではなく、他の生命体の魂を移したものではないかと推測した。
そして『タルエル』という言葉も気になった。サキに訊いても全てを正直に話すかどうか。マリアは鎌を掛けることにした。
「サキ。タロスが自律的に動いてるときには『タルエル』って呼んでるのかしら?」
「ああ。そうだ。会話がスムーズになるように区別することにしたんだ。」
サキとタロスが会話をしているのは、明らかにおかしいと勘繰っている。普通、ゴーレムは忠実に術者の命令に従うのみ。暴走しない限り、自身の積極的な意思は持たないはず。
( 『タルエル』という固有名詞、どこかで聞いた、いえ、文献に出ていたような気がするわ。サリバン先生の蔵書だったかしら? )
ガラハドは、ゆっくりとファイティングポーズを構えた。タロスを前進させる。
「さて、サキ。どいつからやる? 相手は三体だ。足を止めて殴り合いってわけにもいかないぜ? 人馬からいくか? 」
人馬型から。これにはサキも同じ考えだった。一体ずつ倒す場合、違ったタイプが二つ残るより、同じタイプが二つ残るほうが、やりやすいだろう。それに前回タロスのボディを貫いたアダマンチウム製の衝き槍には早めに対応したい。
「よし。そうしてくれ。」
ガラハドが左右に跳ねるようなステップを始めると、タロスは両掌を上に向け、呪文を無詠唱で魔法を使った。曲射弾道砲だ。二発同時に撃った。
(マリアじゃない。呪文詠唱してないしな。タロスの自律行動なのか? これは、クッキーが得意な魔法だぞ。)
物事は、できるだけシンプルに考えるようにすれば本質を見失わずに済む。細かいことを気にしないように生きようと常々考えているガラハドだが、さすがにゴーレムが魔法まで使うのを気に留めた。
ガラハドのフットワークにあわせての事なのか、またタロスが魔法を使う。呪文の詠唱はまたしてもない。今度は地系統の魔法微震だ。三体の敵ゴーレムの足を止めさせ隙を作ると、タロスは三体のゴーレムの間に割って入る。
人馬型ヤクートパンテルが繰り出す突きをボクシングのディフェンス、ダッキングで避けた。膝を曲げて上体を下に沈ませて、衝き槍を空振りさせる。そしてヤクートパンテルの右脇、槍を突けない位置に滑り込むと、素早く身体を捻り、ヤクートパンテルの右肘へ右拳を、ストレートに叩き込んだ。かと思えば、二発目は拳ではなく、相手の腕を掴む。左手を添えるとタロスは重心を落として柔道の左一本背負いのような姿勢をとるが、タロスの右手はヤクートパンテルの右肘を極めている。
重量のある人馬型を投げるまでは出来ないが、そこに先程の魔法、曲射弾道砲が上空から襲い掛かり、一発はヤクートパンテルの右肩に命中。もう一発は人馬の馬の背に当たった。
たまらずヤクートパンテルが槍を手放し地に落とすとタロスはそれを蹴り、すぐには拾えない場所まで飛ばした。馬の横っ腹に拳を入れると、またボクシングの防御テクニックでトントンと跳ねながら後退し距離を取る。
『転覆!』
あとの二体の六本腕の爬虫類型がタロスを捕まえようとするが、そこはマリアが新しいインスタント呪文を使って横方向、仰向けに転がした。
「私もね、クッキーの『捻り』みたいな地味に効く妨害呪文は持ってるのよ。本当は馬車や船舶に対して使う魔法なんだけどね。」
次回、ミスリルゴーレム と アダマンチウムゴーレム の希少金属対決!




