第162話 最強ゴーレム
ソーサリーやインスタントなどの魔法の呪文そのものを打ち消す魔法を『ディスペル』と呼び、効果を発揮し続ける結界、呪いなどのエンチャント魔法や魔道具の働きを壊す魔法は『解呪』と呼ぶ。
『ディスペル』の最高位であるのが古代魔法の『対抗呪文』だ。すでに一般の魔法体系には組み込まれていない失われた魔法であり、魔王、魔女の数人が使えるのみ。
古代、神話の時代の神々の戦争で使われたとされる業火の呪文二つは、この『対抗呪文』によって打消し、発動を止めることが出来る。呪文の詠唱から魔法が発動するまでの間に、この対抗呪文を差し込む必要があるためタイミングが難しく、単純に魔力が高いなどの素養では使いこなせず、実践経験が必要。出来る者は、指折り数えるくらいしかいないのだが。
止められず発動してしまった場合、放射能が撒き散らされ死の土地となるが、これをどうにかできる呪文が『却下』だ。呪文の効果で生み出された放射能を無かったことにできる。『解呪』の最上位の上位互換でもある。
オリヴィアは、その『却下』の呪文を使い、シンディの放った『エノラ・ゲイ』の後始末をしたことになる。魔女が別の魔女の尻ぬぐい。元々纏まりのない魔女たちではあるが。
もっとも、亡くなった命はかえらない。後に残ったのは地獄絵図だ。真っ黒に焼けこげた人、馬、物。溶けて張り付いたテントの帆布、ガラス状の陶器のようになった土、ひしゃげた鋼鉄の置き盾。警戒用の物見櫓もぺしゃんこ。
とはいえ、僅かに助かった命もあった。塹壕の中にいた者や、爆心地から距離があった者だ。
それからゴーレムの進路を見定めるために出陣したゴードンたちグリフォンライダーとペガサスライダーの約半数。周囲を警戒するため陣地の外にいた斥候たち。
訳も分からない混乱した状況の中で、キノコ雲が小さくなっていくのを見たゴードンは、命じた。まず自分自身の安全の確保をするようにと。続いて、ひとまず雲の中へは入らないように指示。
「ペガサスライダーと斥候は人命救助。飛翔能力の高いグリフォンは伝令だ。全速で飛んで前線にこの状況を知らせよ。」
ゴードンのグリフォンは最も遠い位置にいると思われるライオネルの部隊へ。あとの二騎はそれぞれガウェイン、ベネディアの部隊へと飛び去った。
オリヴィアは救助活動が始まったのを確認したが、あまりに規模が合わない。今はマチコと子供のことを第一に考えたかったのだが、見捨てるわけにもいかなかった。
斥候の一人を捕まえると回復役と飲料水を預け、すぐさま領域渡りでセントアイブスへトンボ返り。ページ公に交渉して騎士団から衛生兵数人を連れて戻った。
「軍はずいぶんやられているみたいねえ。でも、マリアちゃんたちが健在なら、きっと大丈夫。」
オリヴィアは自然と救助活動のリーダーのようになっていた。渡りの使える者は、重傷者からセントアイブスへ搬送し、応援を連れて戻ってくるようにと指示。治癒魔法や看護師としての技術を用いて多くの命を救ったのだった。
その頃、タロスは三面六臂、阿修羅型のゴーレムの『スプリンゲル』三体を相手に格闘していた。装輪型のティーゲル、人馬型のレオパルド、汎用の人型ハイルVと、移動速度が速いであろうと思われるゴーレムから順に出て来る波状攻撃を受けて、次々と撃破している。
ガラハドのファイトスタイルは接近戦、投げ技と極め技を主体とするマチコとは違い、アウトボクシング。ある程度の距離を保ち、間合いを取りながら瞬時に大きく踏み込んで拳や蹴りを叩き込み、またすぐに離れるというヒット&アウェイ。フットワーク良く相手の攻撃を躱すため、意外と防御力が高く、またコークスクリューブローで一撃必殺の破壊力もある。
さらに、マリアの攻撃魔法も強力だった。元来の騎士らしく一騎討でのサシの勝負を得意とするガラハドのファイトスタイルを手助けするように、効果的に連発していった。
離れた相手には魔法の矢を撃ち、『灰は灰に』で止めを刺し、ハイルVが六体で囲んできたときなどは『針の山』の呪文でゴーレムの鋼鉄のボディを穴だらけにした。
今もガラハドは六本腕のスプリンゲルの攻撃を二本腕とフットワーク、スウェイバックなどの防御テクニックですべて防ぎきり、スプリンゲルの膝にローキックを入れている。スプリンゲルの膝が砕けた。
「へっ! 六本腕の上半身が重すぎんだよ。これで動けねえだろ。」
単純にガラハドが喧嘩に強いというのもありそうだ。踏んで来た場数が違うのだろう。
(いいぞ。これでタロスは、ますます強くなる。悲願達成の時は近いな。)
一番後ろの座席でサキは独り笑みを浮かべていた。メイは理由を知っているので、なにも突っ込まずに黙っていたが。
そのメイは後方警戒の役目をしっかりと務め、東方向の海岸近くに赤い狼煙が上がってすぐ、キノコ雲が現われたことを報告した。キノコ雲が何を意味するのか、魔導士であるメイは承知していた。
当然、サキもマリアもだ。マリアは戦闘を早く終わらせようと派手なソーサリー呪文の詠唱に入った。黒と赤、青、シアンの四色のマナを消費するマルチカラー呪文。
「重苦を背負い歩き続けよ。神の加護などない無間地獄と月のない夜空を彷徨い歩け。雲に隙間があろうとも汝に光はあたらない。無常の千切れ雲!」
詠唱を終えると急に暗雲が立ち込め、太陽光を遮ったかと思うと、突風が吹いた。三体のスパングルが煽られてぶつかり合い、鈍い金属音が響く。アイアンゴーレムどもが地に伏せると大きなローラーで曳かれるように押し潰されてバラバラに崩れる。ヤードで廃車にされる中古車のようなものだ。
ゴリゴリとひき肉のように裂かれて金属片に化けていくスプリンゲル。「もう死んでいる」状態なのだが、止めを刺し切らないうちにもサキとマリアは、メイに視線を送る。
「メイ! どんな状況か分かるか?」
「ミッドガーランド軍の上陸地点に近いわ。赤い狼煙が上がったのは、敵襲を知らせる合図。あの大きなキノコみたいな煙は、多分パイロノミコンの呪文。」
「そうか。残念だが、ミッドガーランド軍は全滅したかもしれないな。」
「やっぱり私達クランSLASHでやるしかないのよね。」
「そういうことだな。」
サキとメイが盛んに話しているが、ガラハドとマリアは何も言わなかった。ただただ心の中で死者の魂の冥福を祈った。誰が、この遠征に加わっていたのだろうかと、知っている限りのジャカランダの軍人の顔を思い浮かべた。
三体のララーシュタインのインヴェイドゴーレム『スプリンゲル』を倒したタロスは、北方向、バルナック城へさらに進軍。あともう五キロほどのところまで来たところで大きな影が三つ。
ララーシュタインのゴーレムとしては最強戦力の三体のゴーレムが待ち構えていた。タロスの腹に穴を開けたアダマンチウム製の人馬型『ヤクートパンテル』。デイヴが操るやクートパンテルを破った腕が六本のリザードマン型『デスマルク』。そして、そのデスマルクのボディ装甲をアダマンチウムとした『ゼッターキング』だ。
アダマンチウムとは、アダマンタイトの密度をさらに上げ強度を増した金属。三大希少金属としては、オリハルコンに次いで頑強であり、魔法との親和性はないものの、強度ではミスリルを遥かに凌ぐ。
ゼッターキングを操縦する悪魔ダイ男爵が、ゼッターキングの肩の上に乗っている。大音声で話しかけて来た。
「よおく来た。タロスとやら。我はララーシュタイン閣下の配下デーモン三男爵が一柱、ダイである。無能なガンバに代わり、今は我こそが、三男爵の一角。そして人間の魔法使いデイヴがお払い箱となり、ゴーレムの運用について取り仕切っておる。」
サキは風の魔法に依る拡声の術を使い、ダイに応えた。敵ながら礼には礼をも以って返さねばならぬだろう。このあたりは、元々サキはエルフの国の外交官であるため当然といえば当然だろう。
「丁寧な挨拶、痛み入る。ダイ男爵よ。私は冒険者パーティ『シルヴァホエール』のリーダー、サキ。卿が閣下と呼ぶララーシュタインを斃すため、この地まで来た。通してもらおう。
だが、その前に訊きたい。ガンバ男爵と魔法使いデイヴはどうした?」
「ガンバは戦死した。バルナックまでは帰りついたが、そこで息絶えた。
デイヴとかいう人間の魔法使いは、我らが軍を寝返り、北に就こうとしたのでな。裏切者として、我が成敗した。
そして、ここを通すわけにはいかん。どうしてもと言い張るならば、実力を行使せよ。我が軍最強のゴーレム三体だ。」
「なるほど。上等だ。」
サキとしては、ガンバはあくまでも敵戦力の一部として確認したかっただけ。デイヴについては、バルナック側にいるからには、落とし前として自分が始末せねばならないと考えていたのだが、手間が省けた。
ならば、目の前のゴーレム三体を蹴散らし、ララーシュタインの城へ殴り込むだけだ。これで余計な事を気にしないで済む。




