第159話 加護精霊
翌朝。アーナム暦で十月三十日。ジャザム暦で十月三十一日。四年に一度、うるう年に行われるジャザム人の霊祭ハーロウィーン当日である。
夜明け前からミッドガーランド軍の本陣では戦支度をし、日の出とともにバルナック城を目指し、三つの軍団が出立して行った。大将であるゴードン王子と文官は、司令官として本陣に残った。ゴードン王子の直属である航空部隊、天馬を駆る騎士たちは、偵察と伝令の役目であるため、半数は本陣に、もう半数は三つの部隊に同行している。
陣太鼓を高らかに鳴らしながら、足音を同調させ歩んで行く。ろくな軍事教練を受けていない志願兵もいるはずで、行進など上手くいかずとも誰も気にしないだろうと思われていたのだが、一糸乱れぬ見事な勇姿であった。軍の士気の高さが知れる。ジェフ王の、家族の、友人の、隣人の仇を討とう、故郷を守ろうという強い意志が感じられる。
そして兵站や伝令を担う後方部隊が控える本陣では、主力部隊が出陣した後すぐに、ある作業に取り掛かっていた。ゴーレムの製作である。塹壕を掘って出た土をふるいに掛け、目の細かい粘土を練る。捏ねた粘土で大きな人形を作っていく。
土、木、岩などの自然の素材から成るゴーレムは、魔法の呪文によって生み出すことが可能だが、本来ならば、こうして職人が物を造るようにゴーレムのボディを製作し、額に『emeth』の文字を刻んで疑似生命を吹き込む。本来のやり方の方が、出来の良いゴーレムとなる。また、製作する職人たちの腕前も反映されるため、なおさらだ。
ジャカランダの魔法兵団の作り出すゴーレムでは、ララーシュタインのインヴェイドゴーレムの足下にも及ばない。土や木、岩のゴーレムが鋼鉄のゴーレムに敵うわけがない。それでも、貴重な戦力なのは間違いない。シルヴァホエールのタロスの活躍が知られるまでガーランド群島ではゴーレムの研究はされていなかったので、土や木でもゴーレムが運用できるようになったのは、大きな進歩である。直接ララーシュタインのインヴェイドゴーレムと対戦せずとも、砦の壁として、投石器の代わりの攻城兵器として多様な使い道が期待できた。
また、魔法の呪文によってゴーレムのボディを造れそうなベテランの魔法使いは、ガウェインやベネディアと共に全員前線に出て行った。本陣に残る後方支援部隊では、本来の方法でしかゴーレムを造れない。まして、ミッドガーランド本国で造ったゴーレムを船で運ぶことも論外だった。
ジェフ王の暗殺後に集まった志願兵には軍事教練を受けていない者も多く、本陣を守る後方支援部隊では、このゴーレムを造る作業を喜々としてやっていた。バルナック城からは遠い側、陣地の東側での作業なのだが、西側が少しずつ騒がしくなり耳障りになっていた。
昨晩からチラホラと見えていた鬼火の数が増えた。増えただけでなく近づいて来る。
遠目には分からなかったが、ジャックフロストとジャック・オ・ランタンである。風雪や氷を操るジャックフロストはある程度の距離を保ったまま、かぼちゃ頭が近づいて来るかと思えば、その背には別の鬼火ウィル・オ・ウィスプが隠れている。ヒラヒラとした白い貫頭衣の衣装の下には、ナイフや手槍、半弓を隠し持ち、土嚢を積んだ壕のすぐ近くまでゆらゆらと漂うように飛んでくると、見張りをしているミッドガーランド軍の兵に襲い掛かった。
ガウェインら攻撃軍よりも先に本陣の後方部隊の方が戦闘になった。弓や魔法の応酬である。
バルナック城の側塔、張り出し陣の表に面した城壁の外、オーギュストとカミーユが見張りに立っていた。シンディに自分の作業中は誰も通さないようにと命じられ、ミッドガーランド軍や俺達クランSLASHが攻めてくれば、防戦するためにと臨戦態勢で待っていた。とはいえ、好戦的なこの二人、敵でなくとも殺すであろう。
その側塔の下にある地下墳墓の中央の広間の片隅で、魔女シンディが薬研を盛んに動かし魔法の薬を調合している。黒とグレイ、クリアーの色のトークンを細かく磨り潰し、石灰や安息香酸を混ぜ合わせる。出来上がった褐色の粉を床に規則的に撒く。真ん中に十字をあしらった魔法陣を描くとその円の中に入り、数秒間瞑想したかと思えば、次には目を大きく開いて長い長い呪文を詠唱した。
赤い光線がシンディの足下から床、壁、天井へと這っていき、やがてカタコンベ全体に届いた。魔法陣から出たシンディは椅子にゆったりと座り、背もたれに体重を掛けるとポツリと言葉を発する。
「出ませい。我が僕どもよ。」
あちらこちらから呻き声が聴こえてきた。カタコンベに並ぶ棺の蓋が次々と開く。武具が擦れる金属音などが響くと、中に死体が入った鎧などが動き出しシンディの前に集合した。ゆっくりとした動きだが、寸分の狂いもなく機械的に幾何学的に等間隔でビシッと整列している。
「こともあろうに、魔女のうちの二人がこの私にたてついた。このバルナック領に、その二人の魔女と結託した愚か者どもが入り込んでいる。おまえらは、それを始末しておいで。」
シンディは召喚したゾンビどもにミッドガーランド軍と戦うように命じた。ジャザム人であるシンディは霊祭ハーロウィーンの影響を強く受ける。もともと死人使いとも呼ばれる魔女の筆頭ではあるのだが、普段は召喚できないような強力なゾンビも呼び出した。そのゾンビの大群が、カタコンベを抜け出し、地上へと進軍して行く。
側塔の脇にある小さな出入口から、鎧を纏った大勢の兵士が次から次へと出て来る。それも皆規則的な動きで。それを見たオーギュストは、すぐに状況を理解した。
「はっはっははは。最高だぜ。あの婆さん。やっぱ魔女ってなスゲエんだな。」
「オーギュスト。なんなの、これ? 説明してくださる?」
「ゾンビの群れだ。三年前の第一次戦で死んだ兵士をゾンビとして生き返らせた。これを邪魔されないように、俺達に外で見張れと言ったんだな。これで、国力、兵力の差なんか無くなる。いや、むしろこっちが有利だな。ララーシュタインのインヴェイドゴーレム、ウインチェスターの銃火器、レッドたち悪魔が呼び出し使役する魔物。負ける要素が見つからない。」
「では、ララーシュタインやシンディの隙を狙い易くなるのよね?」
「ああ、そうだ。サクッとお宝をいただいてドロンしよう。」
「その宝物、早く見つけないと。」
「見当はついてるさ。」
オーギュストとカミーユには思惑があるようだが、ゾンビは直接には関係ない。二人はゾンビが並んで出て行くのを見送った。
ビバークの装備を片付け、クララ、ヤンマ、ヴェルダンディが早速斥候として周囲の様子を見回りに行ったが、すぐに戻って来た。なんだか様子がおかしい。
「皆さあん、大変です! 大軍が移動してます。」
「あれは、ちょっと普通じゃないぞ。」
風の精霊のヤンマまでもが興奮気味。レイゾーがヤンマを、俺がクララを宥める。
「で、どうしたのかな?」
「一見、重装の鎧を着込んだ騎士団なんですけど。その、中身が・・・。」
「うん、中身が?」
「死んでます。」
「おう、そうそう。俺は精霊だから分かるぜー。ありゃあ、ゾンビだ。」
俺の肩を後ろからポンと叩いて、地の精霊のオキナも出て来た。オキナなら分かりそうだな。
「おう、オキナ。良かったよ、出て来てくれて。何か分かるかい?」
「ああ、たしかにおかしい。この地面の振動。妙に軽い。体重が軽い。鎧や武具の重さだけだな。人間の肉がないんだよ。匂いも悪い。死体じゃろうな。」
細長いモノがくるっと巻いて、視界に入ったかと思ったら、ストンと地に降りた。珍しく火の精霊のジラースまでお出ましだ。
「おまえさんたち、真っ直ぐにバルナック城へ行き、ララーシュタインを討つのだろう?ここは、隠れてやり過ごすか、迂回して進むか。ゾンビどもは避けるが賢明よ。」
トリスタンとパーシバル、ドワーフたちも頷いていたが、レイゾーだけは腕を組み考えている。うーん、と空を仰ぐように上を見て、また俯いて下を見て、顔を上げ、こう言った。
「ジャカランダからの軍が上陸して来たんだよねえ。このまま見過ごすと、軍とゾンビどもが正面から衝突するかもしれない。できれば少しでもゾンビの戦力を削っておきたいなあ。皆、僕も火の精霊と契約しているのは知ってるよね? ガラモーン、頼む。」
ジラースと同じく火の精霊、火蜥蜴だが、やはりジラースみたいに個性的な見た目をしている。ジラースはトカゲというよりもサンショウウオ、爬虫類というよりも両生類のようなルックスなのだが、ガラモーンは、また一味違う。二本足のカメレオンのようだ。しかも体の表面は凸凹。いや、サンゴみたいな物が沢山くっついている。肩から背中にかけ赤黒いのに、腹と四肢は白。長い指をだらんと垂らし、大きなへの字口をしている。
「この怪獣みたいなのは、僕の加護精霊、サラマンダーのガラモーンだ。ゾンビなんかのアンデッドの類は火に弱い。此処に罠を仕掛けて、ゾンビの足止めをしてくれないかな。僕たちはバルナック城を目指すよ。」
「そうか。レイゾーさん、ラモーンズのファンなんですね。」
「ああ、クッキー、まあ、そのへんは、またの機会に。」
「じゃあ、ジラースも一緒に。」
「いや、ジラースはどこまでもクッキーと一緒にいてもらおう。ウインチェスターと戦うときに、きっと力になってくれるだろうから。」
ジラースも納得したようだ。火力呪文ならば俺も使えるが、俺達が今目指しているのは、敵の大将の首、ララーシュタインだ。不特定大勢の敵ならば、範囲攻撃の得意なレイゾーと、その契約精霊ガラモーンの出番が多くなるだろうが、大軍相手に立ち回ろうというのではない。大物一つの狙いならば、インスタント呪文も得意な俺のほうが、このパーティでは火力魔法を担当で良いのだろう。それ以上に魔剣グラムを持った剣術は強力だ。
「じゃあ、ガラモーン、任せた。無理のない程度に。危なくなったらすぐ逃げてね」
ガラモーンがレイゾーに返事をすると、オキナがガラモーンが入れるだけの大きさの塹壕を造った。火蜥蜴とノームっていうのは、相性は良いのかもしれない。




