第158話 陣地
この次期は仕事が忙しく、投稿が遅くてすみません。
ウエストガーランド島南部バルナックへ上陸したミッドガーランド軍は、草原の中、僅かでも標高の高い丘とも呼べないようなこんもりとした土地を選び陣地を形成した。兵站補給の拠点とし形に成るころには日も暮れるので、一日目の進軍はこれまでとしてキャンプ。
本陣とする中央のテントには古参の騎士たちが集まり、食事を摂りながら軍議となった。無事に橋頭保は確保したものの、小型の輸送船の多くを失った影響は大きい。軍備、兵站などの実務を取り仕切っているのは、これまでも王都ジャカランダを守り裏方仕事をこなしてきたベネディア卿だ。
「これは予想はしていたことだが、海峡に大型の海棲の魔物やゴーレムがおり、船団が攻撃を受けた。非武装の小型の輸送船の大半が沈んだ。また、我々を上陸させた後、グリーンノアが帰路の安全確保のために水中型ゴーレムの掃討に向かい、轟沈。ガヘレス卿らが戦死した。
「領域渡りを使って移動した先遣隊や、ゴードン殿下の航空部隊には大きな被害はない。船での被害も、物資は偏りのないように分散していたため、作戦行動は可能だ。
ただし、全体で三分の一の戦力が失われている。まずは戦死者に黙祷を捧げよう。」
ガウェインが、これで二人の弟を失ったことをベネディアも承知している。戦で騎士が命を落とすのは、名誉なことであるとも考えられるため、ベネディアもライオネルも、他の騎士たちも敢えてそれ以上には触れなかった。
約一分間の黙祷を終え、いよいよ軍議に入る。部隊を三つに再編成し、それぞれガウェイン、ベネディア、ライオネルが率いて進軍することとした。真っ直ぐ北西への最短コースを重歩兵と攻城兵器が中心のガウェインの部隊。北寄りのコースを魔法使いの多いベネディアの部隊が、南寄りのやや遠回りのコースを騎兵が中心に編成されたライオネルの部隊が受け持つ。明朝、日の出とともに出立だ。
ライオネルからは、明るい話題が提供された。過度に期待してはいけないし、頼ってもいけないのだが。戦力アップは間違いない。
「セントアイブスのクランSLASHが、我々よりも一足先にバルナック領に攻め込んでいるようだ。先遣隊の斥候が南の空に煙が上がっているのを見つけた。確認しに行ったところララーシュタインのインヴェイドゴーレムの残骸が複数あった。おそらく六体分。それにタロスと思われる足跡も。」
シルヴァホエールがゴーレムと戦ったということだ。だが、今は何処にいるのか?ベネディアは質問をぶつける。
「その足跡は、何処へ向かっていた?」
「北。おそらくはバルナック城。」
「敵の本拠地か。では、いずれ落ち合うかもしれんな。」
ドームテントの中で数人が円くなって座っているため上座下座の区別はないのだが、いちおうテントの入口から奥の方の折り畳み椅子に腰かけていたゴードンが立ち上がり発言した。王家としては異世界人のことを気に掛けている。
「またレイゾーたちの手を煩わせてしまう。これは本意ではない。我々の世界での事だ。自分たちで解決しなければ。
王族、貴族、騎士は、民と国土を守らなければならない。それなのに我々はセントアイブスやクライテン村などへの侵略にしっかりと対応できず、クランSLASHに頼ってしまっている。これではいけない。
レイゾーは三年前の第一次バルナック戦争でも素晴らしい働きだった。そして三人の仲間を亡くし、大きな犠牲を払った。今回の第二次戦争でも彼の店のシェフであるタムラが戦死。ララーシュタインのインヴェイドゴーレムに対処しているシルヴァホエールのタロスも異世界人のマチコ、クッキーが動かしている。
よいか? 彼らは客人だ。守るべき対象なのだ。彼らが死ぬようなことは、絶対にあってはならない。」
レイゾーたちは望まずにこのユーロックスに召喚され戦争に巻き込まれ、ガーランドのために戦って死に、元の世界グローブに帰ることも出来ず、その後も社会の発展のために尽力している。そして、彼らを守ろうとして自らの命も落とした兄のスコットを偲び、その意思を継ごうとするゴードンの気概を皆が理解していた。
すると、ガウェインが黙って立ち上がり背筋を張って剣を抜いた。抜刀したその剣を垂直に立て、刀面を自分の顔の正面中央に揃えた。それを見た騎士たちも立ち上がり、ガウェインに続いて抜刀、顔の前に垂直に立てる。ゴードンも同様にし、全員が綺麗に止まると、次の動作へ。右腕を斜め下に伸ばして、右肘を脇から離す。剣を斜めにして三角錐のような形を作ると視線は前に。一度ピタリと静止すると、再び剣を立てるが、今度は手の位置が低い。右の脇を締めて肘は直角。右肩の前に剣が垂直に立つ。鎧の板金がぶつかる短い音だけが響いた。刀剣を用いた敬礼である。
一方、バルナック城でのララーシュタインの執務室。ララーシュタイン、参謀のウインチェスター、協力者の魔女のシンディの会話である。
「上陸させてしまったが、ミッドガーランド水軍の戦力は大分削ったようだな。よくやったぞ。ふっふっふ。よもや。このタイミングで攻め込んでくるとはな。飛んで火にいる夏の虫とは、このことではないか。」
「間抜けども。混乱するでしょうなぁ。」
「ハーロウィーンとなれば、タロスの相手も彼奴らを当てれば良いだろう。」
ララーシュタインとウインチェスターは可笑しくて堪らないようである。ハーロウィーンとなれば、バルナック軍にとって有利になる何かがあるのだろう。
「おばば様。地下墳墓の様子はいかがかな?」
「ふん、あたしがミスするとでも思ってんのかい? 順調だよ。入口はオーギュストに守らせてるしね。」
「さすがですよ、おばば様。デイヴとガンバがいなくなった穴は、ダイとマッハが埋めているようだし、隙はない。」
「あるとすれば、あんたのゴーレムだろうさ。」
「これは痛いですな。」
ララーシュタインとシンディの会話も普段より軽妙である。
「では、彼奴を当てる前に余のゴーレムが優秀であると証明してみせよう。ダイに命令を伝えよ。」
ララーシュタインはダイに出撃命令を下した。ララーシュタインのインヴェイドゴーレムを総動員してタロスを包囲、血祭だと盛り上がっている。性能はともかく、数で押せると踏んでいるようだ。
実は、バルナック領の西海岸にある兵器工廠では、小銃や爆弾だけでなくゴーレムの生産ラインが整いつつあった。ゴーレムでは生産効率の高い『ハイルV』を基本に上半身のパーツで共通部分が多い六本腕の『スプリンゲル』、装輪型『ティーゲル』、人馬型『レオパルド』、空海軍で併用できるカブトガニ型『スパングル』の大量生産ラインと臨機応変に動かせる特注ライン。輸送船の建造さえ進めば、大きな作戦を展開しジャカランダへ攻め込む計画だった。
元々、土着の民族ジャザム人であるウエストガーランド島の住民からすれば、古都ジャザランダを取り戻したい。今の王都ジャカランダを焼き払い、その上にジャザランダを再建する、との考えを持つ反大陸や反アーナム人思想を持つ者も多い。
ララーシュタインが、ジャザム人の魔女シンディと手を組んだのは、火炎奇書を入手、若しくは禁呪をシンディに使わせて王都ジャカランダを灰にしようとの目論見からだ。
今回のミッドガーランド軍の総反撃は、両軍ともに「勝機あり」と考えている。第三者から見れば最悪の激しい戦闘になりそうなものであった。
俺達は大きな岩を見つけたので、今夜はそこで野営することにした。ロジャー達の乗ってきた戦車と自動人形を外側に配置し、真ん中のターフで夜露を避けて交代で休む。後衛職は被らないように交代の順番を決め、自動人形や警戒役が危険を察知すれば、矢を撃ち追い払う。僧侶としてしっかり成長したレイチェルが白魔術を使い防御用の結界を張ってくれたこともあり敵領地の中でありながら、ゆっくりと休むことができた。
細かな心配事といえば、この地上には少ないはずの妖精たちが敵として頻繁にお出ましになることだろうか。水の精霊ルサールカに、冬にしか出てこないはずの雪と氷の精霊ジャックフロスト。薄暗いうちには、鬼火でしかなかったモノが、夜中にはハッキリと形を成し、かぼちゃ頭の ジャック・オ・ランタン や 青白い球電 ウィル・オ・ウィスプとして野営している周囲を彷徨った。
「ああいう妖精が出て来るのは、ララーシュタインの本拠地に近づいている証拠だと思うよ。」
朝を迎え、交代で朝食を摂っているとレイゾーが皆を元気づけようと前向きな意見を言う。そこへマリアの使いとしてカササギのヴェルダンディが飛んできた。
「サキからの伝言。本日、ジャザム人の霊祭ハーロウィーン。三つの月が地上と交わる日。注意されたし。」
「あ! そうか! そんなこともあったな。」
ヴェルダンディの伝言を聞いて、膝を叩くレイゾー。うっかり忘れていたことを思い出したというふうだ。
「えー? なんですか、レイゾーさあん。」
「クララちゃん、今日は何月何日だい?」
「十月三十日ですよー?」
「そう。今年はうるう年だからね。ジャザム人の暦では十月三十一日なんだ。」
戦中食を頬張っていた俺は、何があるのだろうかと思って横から入って訊いてみた。このユーロックスでもグローブと同じような行事があるんだろうか?
「レイゾーさん、十月三十一日ってハロウィンですか? あれは、たしかケルト民族の伝承ですよね?」
「ああ。ほんの少し発音が違うけど、この世界でもあるんだ。こっちではジャザム人の祭りだ。あの世とこの世が交わり、故人の魂が家族や友人に会いに戻って来る日だって云われてるよ。」
「仏教の盂蘭盆会みたいですね。」
「あの世とこの世が交わるってのが問題。三つの月の世界が繋がるんだよ。僕も初めてだけど、マリアの話だと大変なことが起こるってさ。」




