第157話 うるう年
ベネディア卿を中心とした領域渡りを使用しての先遣部隊はバルナック領の東北、ウエストガーランドの国境付近に布陣しようとあくせく動いていた。元々バルナックはウエストガーランド王国の南端の一地方であるため、国境というのもおかしいのだが、第一次戦争の際にウエストガーランド王国はバルナック領を放棄しているので、バルナック領の北端がウエストガーランド王国の南端という解釈である。
ベネディア卿たちが形成している陣地は収納魔法に入る物しか持ってこられないために、所謂冒険者のキャンプに毛の生えたようなものである。あくまでも仮の陣地で、船での本隊が到着すれば兵站を確保する補給線となる。
まずは置き盾を一番外側に立て、一歩退いて大型盾を両手で支える重装兵が守る。その後ろで塹壕を掘り、掘った土を土嚢に詰めて積み上げて陣地を形成。その後方で弓隊が構え、陣地形成の邪魔をするバルナック兵や魔物たちを牽制する。
この先遣隊には、騎士団の若手や高ランクの冒険者が多く配置されたため、素早い陣地形成がなされた。陣地が出来上がれば空を飛ぶ生物、魔物の討伐を優先して周囲に斥候を出す。
その魔物、インプ、ハーピーやガーゴイルに混ざって、マリアの使い魔カササギのスクルドが情報収集をしていた。すぐに南へ飛び、陸路を進むレイゾー、さらに南のタロスに乗り込むマリアへと情報を持ち帰った。
「おーい。ちょっと皆、集まってー。」
レイゾー、スカイゼル、グランゼル、クララ、俺とロデム。トリスタンとパーシバル、フォーゼにジーンとレイチェル、それにホリスターの十一人と一頭が輪になる。
ゴブリンやヴァイパーと戦いながら走ってきた戦車部隊のロジャー達四人も追いついた。
「ちょっと拙いことになった。ジャカランダからの王国軍本隊が、もうバルナック領に上陸した。予定よりかなり早い。」
「おいおい。それは俺達がララーシュタインを倒したにしても、全面戦争になっちまうじゃねえか。」
「ですね。親方。俺達ドワーフが戦闘に参加するのも、焼け石に水ってことに。」
「だからって、今さら引けねえがな。」
ホリスターとフォーゼが、ちょっとボヤいてるが。予定よりも早く進んでいるのなら、此方も急ぐしかあるまい。
「僕の計算が甘かった。なまじ、あの騎士たちが、とんでもなく優秀だってのを忘れてた。」
「まあ、単に強いだけじゃないですねえ。あの人達~。」
「一事が万事ってヤツだな。タムラさんが良い例だよなあ。」
クララも俺も感心しているが、感心している場合ではない。戦闘は行われたのだろうか。少人数で行動している俺達とは違う。
「輸送船の半数弱が沈んだそうだ。まあ、大型船は全て海峡を越えてバルナック側に荷を下ろしたらしい。沈んだのは、ほとんど小型船。領域渡りを使っている者もいるから、人的被害にすると三割くらいじゃないかってことだが。」
「三割もの人が、海で亡くなったのですか? なんということだ。」
トリスタンが嘆く。通常ならば、即時撤収する被害だ。
「海棲のクリーチャーやワニ型の水陸両用ゴーレムに襲われた。荷を下ろした後のグリーンノアが戦って相討ちになったと。」
「それは、ガヘレス卿が亡くなったということか?」
「そうだね。ガウェインの弟が、また・・・。」
レイゾーもトリスタンもガウェインに同情する。だが、これだけでは済まない。
バルナック領の南側。タロスを召喚し、ゴーレムや大型の魔物を引きつけておく陽動作戦チーム。人馬型ゴーレム『レオパルド』の波状攻撃をこなしながら、サキは小さな異変に気が付いた。スクルドの報告でミッドガーランド軍の上陸を知り、一刻も早くバルナック城へ乗り込むたいところだが、それだけにサキには小さな異変も看過できなかった。
朝早くバルナック領へと攻め込んできたが、戦闘を繰り返すうちに時間は経ち、だいぶ陽の位置も低くなってきた。マリアが炎や爆発の呪文を使ったり、ゴーレムの素材の金属が火花を散らしたりする度に火が明るく輝く。周辺が薄暗くなり、その火花がだんだん強く明るく見えるようになっている。どうやらメイも気が付いたようだ。
「ねえ、サキ。なんだかおかしくない?」
「やはり、気になるか? 火花が光るのが長すぎるな。」
「アレ、鬼火じゃない?」
「そうだな。どこにでも現れるが、こんなに一度に出るのは珍しい。
メイ。今日の日付は? 何月何日だ?」
「え、今日は十月二十九日よ。」
「そうだ。アーナム人の暦では。」
「アーナム暦ではって、どういうこと?」
「ジャザム人の暦では十月三十日だ。」
暦がどうしたというのだろうか? ひとまず、このユーロックスでの一般的な暦は、アーナム人が作ったものだ。
アーナム人は大陸からガーランド群島に渡り、土着のジャザム人を駆逐して北西方面へと追いやり、イーストガーランド島とミッドガーランド島の大半に住み着いている。
冬至の日に一年が始まり、一年は三百六十五日か、三百六十六日である。もう少し正確に言えば、一年は三百六十五日と六時間あまり。そのために、だいたい四年に一度『うるう年』がある。四年のうち三年は一年三百六十五日。四年に一度、一年三百六十六日。
冬至から五日間を『正月』として、うるう年には、六日間とする。あとの三百六十日は一月を三十日、一月から十二月の十二カ月とする。正月の五日間は、だいたい冬至開けの祭りとなる。
ガーランド群島の土着民族ジャザム人の暦は何が違うのか? 冬至に一年が始まり、一年は三百六十五日、四年に一度のうるう年、ここまでは一緒だ。だが、うるう年にも正月は五日間しかない。
では、どこで調整するのかと言えば、十月が一日多くなる。四年に一度、十月は三十一日までとなり、この日はジャザム人にとっては神聖な祭日だ。
「あ、そうか。明日が『ハーロウィーン』なんだわ。」
「ほう。さすがだな、マリア。アーナム人なのに知ってるんだな。」
「ま、一応『賢者』だなんて呼ばれているしね。」
サキは感心した。マリアは博識である。
「あー、俺でも知ってるぞー。サリバン先生に教わったからなあ。」
「すっかり忘れてたけどねぇ。」
ガラハドはドヤ顔だが、遠い異国の昔話のような感覚である。一般のアーナム人には、知られていない。エルフ、ダークエルフのサキとメイは、認識が違うのだろう。
「で、よう。サキ。ハーロウィーンだと、何かあるのか?」
「ジャザム人の伝承ではな、『ハーロウィーン』とは、あの世とこの世が繋がる日だ。」
「あの世ってえと、天国か? 結構な話じゃねえか。」
「そうでもない。天国を含めた、幾つもの『あの世』と繋がるからな。」
ガラハドは目が点になっている。鳩が豆鉄砲喰らったような顔というのは、これか。
「幾つもの?」
「ああ、三つの月のあらゆる場所。所謂地獄とだって繋がる。」
ジャザム人にとっては、死人や悪魔が災いをもたらす日でもあり、亡くした家族や友人の魂に会える嬉しい日でもある。また、幼子をあの世に連れ去られたりしないかと恐れ、先祖を敬い祈る。地域や集落などで様々な考えがあり、なかには身の毛のよだつような風習、儀式も存在していた。
実際のハロウィンは、ケルト民族の行事です。




