第155話 各個撃破
魔法を使うには、その効果がどうなるのかとイメージを持つことが大事で、魔法の呪文を詠唱するのも集中力を高めてイメージし易くするためだ。だから、強力な魔法ほど呪文が長くなるし、ただダラダラと呪文を読み上げても魔法は発動しない。
ただ、術者の魔力や消費するマナの量、属性、得手不得手と絡む要素は多いので、一概には言えない。一般に長い文言を詠唱するソーサリー呪文は強力。ただし呪文詠唱の間に隙ができる。魔法名だけを唱えれば良いインスタント呪文はソーサリーほど強力ではないが、即応性があり使い易い。
そして、どちらが有用なのかといえば、インスタント呪文に軍配が上がる。打消し呪文があるからだ。使い方によっては、どんな大きなリソース ― 魔力、マナや触媒 ― を消費した魔法でも無効にしてしまう。
魔法を使えない環境、絶対魔法防御を作り出すソーサリー呪文は、どうなのかと言えば、たしかに強力だが、魔法を使わせなくするか、使った魔法を打ち消すのかでは、リソースを消費させたうえで無効化するほうが、相手に与えるダメージは大きいのである。
今は失われたはずの古代魔法の中でも、青とシアンのマナを使う対抗呪文をレイゾー、サキと俺はオリヴィアに習ってきた。そして、さらに青、シアン、クリアーのマナを消費し本当に強い魔力を持った魔導士や魔王、魔女にしか使えない究極の打消し呪文却下をマリアがオリヴィアと共同研究してきた。この四人でララーシュタインとシンディが火炎奇書の核攻撃呪文を使った場合に備える段取りになっている。
魔法はイメージが大事だとの話に戻るが、ホリスターが魔法の杖を木銃型に改造してくれた『魔法の小銃』がある。これを構えることで射撃を行うイメージが容易にできるようになった。それに加え、オリヴィアの指導によって行ってきた瞑想の効果がある。精神衛生面からの理由でやってきた事なのだが、この副産物として魔力が随分と上がった。それにしてもエルフ、ダークエルフのサキやメイ、魔女に近い賢者マリアには遠く及ばないのだが。
この魔法の小銃を持つことで、俺は火力呪文が使い易くなった。最も使い慣れた衝撃ならば、呪文名無詠唱で放てる。普通に銃を撃つ感覚でインスタントの火力を操る。魔法の矢ではなく追尾機能はないが、もともと命中率は高い。
それから銃身の先には分厚い刃が着剣されている。陸上自衛隊の隊員に銃剣を持たせたらどうなるか。サムライスピリッツの怖さを知らしめてやろう。俺はこの剣と魔法の世界でも銃が撃てる!
俺は斥候の職能は持っていないので、見つからないように隠密行動したりするのは向いていないが、スプリガンが目視できるくらいの距離までは、匍匐前進の第一匍匐、右腰付近にマジックライフルを持ち、左手左膝を付く低い姿勢で進んだ。
腹ばいになるとライフルを構える。近くの高い木の枝に立ったトリスタンとパーシバルが弓を持つと目が合った。頷いて相槌を打つと射撃開始。いつの間にやら、ロデムがすぐ隣に伏せている。
頭か頸を狙い撃つため、大抵のスプリガンは一発で倒れるが、僅かに急所を外れるか、傷が浅いと風船が膨らむように大きくなり巨人となる。ドワーフに似ているとはいうが、玉子のようなずんぐりした身体に短い手足。背丈は人間の十代前半くらいで、これはドワーフと同様だ。それが、あるいて近づいて来ると、一歩踏み出す度に身体が大きくなる。
ほぼ全ての個体が石を持っており、それを投げつけて来た。これは普通の射撃では防げない。マジックミサイルの出番だ。五指雷火弾を続けて撃った。
マジックミサイルは命中。石は砕けて四散した。小石の雨が飛んでくるが、ロデムの両肩から伸びる黒い触手が鞭のようにしなって振るわれ小石を叩き落としてくれた。トリスタンとパーシバルは、鎧と高い場所にいたおかげで小石が飛び散るのは、なんともなかったようだ。
「ロデム、よくやってくれた。えらいぞ。」
「グルルル・・・。」
ロデムの頭を撫でてやった。目を閉じて頭を垂れ大人しい。先端が巻き弦のようになった三角耳を後ろに寝かせている。馬鹿でかい黒猫だな。
スプリガンは一歩一歩進むごとに身体が大きくなるのだが、所詮質量は変わらない。大きさにビビっても仕方がないだろう。むしろ的が大きくなって当て易いうえに当たれば即倒れる。
しかし、スプリガンがどうにかなるかと思っていたら、別の敵が出て来た。バグベアだ。ゴブリンの亜種らしいのだが、全身黒い毛むくじゃら。どうやら黒い毛むくじゃらにロデムは敵対心が旺盛なようだ。咆哮を上げると飛び跳ねた。スカイゼルとグランゼルが加わり、バグベアが持つ棍棒とクアールの爪、ドワーフの戦斧がぶつかり合う。
混戦になると二刀流のサキがクルクルと廻りながらバグベアに斬り付け、クララのダガーとホリスターの手斧が飛び交った。
最後まで残ったスプリガンもレイゾーが頭から一刀両断。魔剣グラムを地面に突き立てたレイゾーにホリスターが話し掛けた。
「レイゾーの旦那ぁ。なぁんかおかしかねえかい? コイツら、たしかに何処にでも出現する魔物だが、こんなに大量発生は珍しい。しかも違う種が混在してなんてなあ。コイツらは邪妖精だ。基本的には白と黒の妖精の国の住人なんだぜ。」
「言われてみれば、確かにね。僕はバグベアなんて初めて見たよ。
スヴァルトアルフヘイムって、もともとドワーフもそこに住んでるんだよね? 」
「ああ、それだけじゃねえが。エルフ、ダークエルフの空中都市もあるし。
地上には、俺達ドワーフの鉱山都市『デズモンドロックシティ』に、エルフやエントが住む『迷いの森』、精霊に邪妖精、半人半獣の魔物も多い。」
クララがキョロキョロと廻りを見渡すと、視線が上で止まった。雲の様子がおかしい。
「ヤンマ。風の精霊だから、何か分かる? 空の様子を探ってくれないかしら?」
「オッケー。まっかせといて。」
羽根を広げると三十センチ以上ある大きな蜻蛉が、力強く真上に飛んでいった。
南側で召喚されたタロスは、偵察に来たらしい飛行型ゴーレムを始末し、バルナック領の中心地の北に向けて走り始めたが、地上用のゴーレムの歓迎を受けた。真っ先に駆け付けたのは、そう。装輪型だ。『ティーゲル』が三体。
「ガラハド、マリア。あれは頭だけを狙えばいいぞ。
メイ。他にゴーレムがいるか? 」
「この音は・・・、人馬型だと思う。こっちに向かってくるわよ。」
「飛行型は、さっきの二体が様子見に来ただけか? 生産が間に合っていないのならば、それで良いが。おそらくフェザーライトに食いついてるな。」
装輪型がタロスを囲って、周りをグルグルと廻り始めた。隙を見て攻撃してくるのだろう。
サキが戦況を予想するが、ガラハドが具申した。マリアも同意する。
「俺達が一番の囮にならねえといけねえはずだよな? じゃあ、もっと派手に行こうか。」
「そうね。ソーサリーを使うわよ。」
マリアは装輪型と人馬型の足止めを第一に、できるだけ広範囲で見た目が派手な魔法が良いだろうと考えた。複数の対象にダメージを与えながら、足場を悪くする。
「幾千の湖を吹く風よ、北の光とともに我が道を照らし示し給え。氷雪の大地!
北欧風の部屋に椅子などない。絨毯に腰をおろしワインを飲んで時を待て。氷柱の林」
マリアが二つのソーサリー呪文をたて続けに詠唱すると、低い位置に寒波が押し寄せ、まるで永久凍土のように地面が凍りつき、装輪型ゴーレム『ティーゲル』の車輪が固まった。身動きが出来なくなると、二つ目の呪文の効果が現れる。地面から大きな氷柱が空目掛け大きく太く伸び、車台の下から貫いた。何本もの氷の串刺しになったティーゲルのボディが宙に浮く。
ガラハドはタロスの脚の裏全体が地面に着くように気を使い、しっかりと足踏みをするように踏みしめてティーゲルに走り寄る。腕も頭部も凍って錆びついた鉄のようにギシギシと音を立てる装輪型ゴーレムの頭三つにコークスクリューブローと踵落としを叩き込んだ。
「よっしゃ、車輪ゴーレムの頭は砕いてやったぜ。」
「次は人馬型よね。どう料理してやろうかしら?」




