第15話 コンビネーション
牛頭怪物を倒したことで歓声を上げる騎士たち。だが、まだ一部の者は、とても喜ぶ気にはならなかった。
騎士団長のロジャーは、3年前の戦争でも指揮官を経験しており、そのときに魔物を操る敵軍の怖さを思い知らされたため、状況が違うとはいえ魔物相手の戦いに油断は禁物であると肝に銘じている。腰の剣を抜いて高く掲げ、号令を掛けた。
「まだだ!勝鬨を挙げるのはまだ早い!次に備えろ!」
騎士たちが、はっと我に返る。もっとも中には悪態をつく者もちらほらいるが。
「まずは怪我人の治療だ。被害の程を報告しろ。救出された探索者を街へ。とりあえずギルドに搬送しろ。それから決壊した柵の代わりが要る。ゴブリンの死体を積んで堰を作れ。」
「皆疲れてるとは思うがな、うちの大将がまだ出てこねえ。中で戦ってるんだよ。てえこたあ、まだオーバーランが続いてる。おそらくもっと手強いヤツが攻め出てくるぞ。」
タムラがフォローを入れる。タムラとしては、通常ならば夜になってから起こるはずのオーバーランが昼間のうちに始まっていることが気になって仕方がないのだ。
(旦那たちが、そのへんのことも調べてきてくれると思うんだが、嫌な予感がするんだ。)
十数分後、やっと落ち着きを取り戻し、もとの配置に戻ったかと思えば、またモノリスの大きさが変化する異常があった。今度は横幅が広がったのだ。またミノタウルスと同じくらいの大きさの魔物が現れた。蜥蜴亜人。しかも10体。粗末ではあるが鎧を身に纏い、槍や鎚矛を持ち武装している。
騎士たちが固唾を飲んで警戒する中、ゴブリンの骸が、続いてミノタウルスが、白い煙になり消え始めた。防衛戦に一生懸命なあまり忘れていたが、魔物は生物と違い、死んだら身体を構成する要素は分解されマナに還るのだった。
(えっ、今頃?このタイミングでマナに戻るのか?)
この機会を見逃さないのが、騎士団長のロジャーである。すかさず檄を飛ばす。
「よし、これで空堀がまた機能する。モノリスから離れないうちに撃て。」
タムラとクララは、やはりゴブリンたちが消えるタイミングの遅さに疑問を感じているようだが、さすがに良く観察している。リザードマンはカサカサの分厚い鱗が全身を覆い、手足の指の間に水かきがないことを確認する。
「あれは、リザードマンの中でも乾燥した砂漠なんかにいるヤツだ。水を嫌うはずだ。魔法兵団の精霊魔術士は水系の呪文を使え。空堀に水を張れ。」
「後方支援の方たちは、水を運んでくださあい。足場の周りに水打ちするだけでも効果はあるはずですう。放水してえ。」
数多の矢が放たれ、リザードマンたちを襲うが、厚い鱗を貫けない。再びロジャーが指示を出す。
「鱗がないか、薄い処だ。目を狙え。首から上に攻撃を集中しろ。」
当然、腹や胸を狙うよりも矢の的中率は下がるわけだが、リザードマンも馬鹿ではない。頭を上下左右に振り、矢を躱す。ますます当たらない。それを見たクララの独白。
「口を開けてくれませんかねえ。いっそ火を吐いたりしないかしら。」
クララが言うなり、先頭の1体のリザードマンが火を吐いた。さながら火炎放射器だ。数十メートル先まで火の手が伸びる。盾部隊の使うのが置盾で助かった。小さな盾だったら防げない。
「うわあ、クララ!おかしなフラグ立てちゃ駄目だって。」
慌てた俺はクララに声を掛けるが、クララはまったく動じていないようだ。右手に手槍を構えて左足を高々と上げ、大きく振りかぶる。
「はい!」
クララが投じた手槍はリザードマンの口を目掛けて真っ直ぐ飛び、火の中に消えたかと思いきや、リザードマンの喉を突き、後頭部まで抜けた。血を吹き出し、巨体が仰向けに倒れる。
「有言実行です!」
両手でガッツポーズをして笑顔を振りまくクララ。
(凄いな。怪獣王さながらの魔物を倒しちゃったぞ。陸自の秘密兵器スーパーなんたらのカドミウム弾よりも強いかも。クララ、恐ろしい子。)
しかし、それ以降はどのリザードマンも火を吐かず、口を開けず、手に持った槍やゴブリンたちが使っていた剣を投げつけて来た。騎士の数名が倒された。近接戦闘に持ち込もうと空堀の底から這いあがろうとするリザードマンもいる。ゴブリンの死体を積み上げた堰が無くなった今、リザードマンが突っ込んできたら大きな被害を出してしまう。魔法兵団の攻撃は効いてはいるが、豆鉄砲に等しい。
矢が通らなければ、魔法攻撃しかない。しびれを切らしたタムラが叫ぶ。なにやら覚悟を決めたようだ。
「このままじゃ、とどのつまりやられちまう。俺には一日に何度も使える呪文じゃないが、やるしかねえやな。了よ、俺がガス欠になったら、後は頼むぞ。」
(タムラさん、『ガス欠』なんて言葉は俺にしか分からないはずだ。俺をご指名なら、俺も覚悟するよ。やるしかないな。)
タムラの職能は狙撃手と猟師、それぞれ射手と捕縛者の上級職。弓矢や罠を仕掛けることには名人級。上級職なので、魔法も使えるが、元々魔法使いの系統の職能ではない。
「偉人たちを追悼せよ。殿堂にて控え賢者の来訪を待て。破魔矢六連弾! 嘘ばかりの世界の罪人に暇を出す。思想の自由を満喫し心静かに瞑想を。釈放!」
タムラは二つの呪文を詠唱した。一つは先程も使った魔法の矢。6本の光の矢が追尾式で的を狙う。もう一つは、また違った追尾性能を矢や魔法に与える呪文。狙撃手ならば、使い道が多いだろう。この様に複数の呪文を組み合わせることで相乗効果をあげることをコンビネーションと呼ぶ。
6条の閃光が走り、リザードマンの胸に刺さった。そして貫通したかと思うと、向きを変え、再び別のリザードマンの心臓を捉える。破魔矢六連弾は6つの標的を落としたが、これならば戦果は倍だ。
騎士たちはもちろん、魔法兵団も驚き感服する。リザードマンたちが断末魔の呻き声をあげるが、しぶとい個体が1体。空堀の底で身を伏していたために魔法の矢の的にならなかった。空堀から這い出ようとする生き残りに向け、俺は呪文を唱える。単独で、このテオのダンジョンオブドゥームに入って試してみた呪文の中に精霊波があるが、基本的にはあれと同じ。ただ、力を貸して貰う精霊を水の精霊に絞ったものにする。砂漠地帯にいるタイプのリザードマンは水に弱いそうなので。初めて使うが、どうだろうか?
「行けえ! 水霊波!」
円と正方形を合わせた模様の魔法陣から水流が起きた。成功だ。消防士になったかのような気分。リザードマンの顔面に水圧がのし掛かり、首をへし折り、また堀の底へ落とした。空堀に水が張られていく。
「いいぞ!やるじゃねえか、若いの。」
タムラががっくりと膝をつく。周りの弓兵たちが、抱きかかえようとするが。
「心配いらねえ。魔法が種切れになっただけだ。まだ弓は引ける。」
しかし、空が暗く、空気が重くなり、また黒いモノリスが変化した。先程は横幅が広くなったが、今度は高さだ。瞬く間に倍になった。そして蠢くのはナナカマドのツリーフォーク》と初めて見るソテツのような背の高いモノ。あれもツリーフォークの類だろうか。モノリスが大きくなった分、出て来た魔物も大きい。高さ8~10メートルくらいだろうか。
(嘘だろ。まだ、出てくるのかよ。もう兵站も、騎士団の精神力も体力ももたねえんじゃねえのか?)