第154話 敵地
バルナック城の東側にいる俺達は、遠く南側から聞こえる騒音に耳を傾けた。小高い丘のような山が中間にあるため、篭って低い音に聞えるが、金属音だ。ゴーレムが出す音だろう。
戦闘が始まったことを確信した俺達は、バルナック軍に見つからないように、特に上空からの視界を遮るために大きな木の下へ。林の中へと隠れるようにして歩を進める。
林の中は大型邪妖精や毒蛇などが跋扈しているが、なぎ倒していく。雷に弱いトロールは衝撃などの魔法が良く効いたし、ドワーフのスカイゼル、グランゼル、フォーゼも戦斧の扱いは、かなり上手い。重い武具なのに軽々と振りかざす。
スカイゼルは大きな盾を持ったまま縦横無尽に飛び跳ね、グランゼルとフォーゼはマジックアイテムを有効に使用し走る。片手斧を持ったホリスターは、親方らしくドンと構えてあまり動かないが、ときおりトマホークを投げて一発で魔物の急所を捉えていく。
魔物との遭遇が多いわりには難なく進軍していく。ただし、まだバルナック城までは距離がある。
「サキたちが多くの敵を引きつけてくれてる。今のうちに進めるだけ進もう。」
「それじゃあ。あたしは先行しますね。」
「おお、クララちゃん、気をつけて頼むね。」
「風の精霊のヤンマもいますから、ご心配なく~。」
レイゾーとクララが相談して、クララは斥候としてパーティの進行方向を探るために軽快に走って行った。俺は地の精霊のオキナにマッピングを頼んだ。職能からしたらクララはマッピングが得意なのだが、索敵に専念してもらおう。
「さて、僕たちも周囲を警戒しながら進むよ。遠くに魔物を見つけたら、トリスタン卿とクッキーで始末してくれるかな?」
「勿論ですよ。そのために来ている。私の弓は外さない。」
「俺も。自分の魔力が上がってるのを感じる。新しい呪文も試したい。」
そのうちにクララが戻って来た。並木の切れ目を右に曲がると魔物がいると言う。どんな魔物かと尋ねれば、ドワーフに似ていると。
「この辺りにドワーフが棲んでいるとは、聴いた事がないな。」
「ああ、それは俺達の同族じゃあない。多分スプリガンだろう。」
スカイゼルとグランゼルが『スプリガン』と言ったそれらは、怒ると身体が膨らんで大きくなる。巨人の幽霊とも呼ばれる。畑を荒らすので、農業ギルドから冒険者ギルドへ討伐依頼が出されることがよくあるが、クリアーされることが少ないクエストの一つである。巨人化に加え嵐を呼ぶスキルが厄介なためだ。
「トロールやらスルリガンやら、バルナック軍は巨人が好きなのかねえ?」
フォーゼは他人事のように言っているが、ホリスターは現実的だ。
「クララ嬢ちゃん、数は? 何匹いるんだ?」
「30匹くらいですかねえ。一匹だけなら戻らずに一人で始末してますよー。」
ロジャーたち攻城兵器にもなりうる戦車小隊を積んだ飛行船フェザーライトはガーランド海峡の上空にいた。巡行速度を考えれば、直ぐに海峡なぞ越えられるはずだが、案の定、飛行型ゴーレムや翼を持つ魔物がうようよと寄って集っていた。
ゴーレムは人型の背中に翼を付けた『ホッケウラー』、空海両用エイ型の『シュミット』、そしてシュミットをさらに発展させたカブトガニ型の『スパングル』。これがそれぞれ三体。エイ型のシュミットは乗り込んでいる魔法使いの魔法攻撃のみであるが、ホッケウラーは人型の両手に爆弾を持ち、両肩の部分に乗った射手は弓矢や小銃で攻撃してくる。そしてスパングルは丸みを帯びた甲羅の下部に爆弾十発持っているため、特に危険な相手だ。それに加え人食い怪物や翼竜がいる。
フェザーライトも修復の際に甲板に六基の弩砲を搭載した。左右に各三基。二基は前方に、もう二基は後方に向かって射撃できるが、下方へは撃てない。六人のドワーフ達が、それぞれ弩で応戦するが、これだけでは多勢に無勢であった。
爆弾を投げつけようとするホッケウラーとスパングルはフェザーライトの上空へ、魔法攻撃か体当たりを狙うシュミットはフェザーライトの下弦へと回り、囲い込もうと飛び回る。
船長であり、今回は舵を受け持つオズマが下知する。考えがあるようだ。
「皆、しっかりと命綱を繋げ!振り落とされるなよ!」
全員がロープを縛る様子を見届けたオズマは操舵輪を回しながらペダルを踏み込む。するとフェザーライトの船体が横に傾き、錐揉み状態に回り始めた。洋上船ならば、ありえない動きだ。
それまで防御魔法に徹しフェザーライトを守っていたオズワルドが、攻撃に転じた。まずは、メイも使う魔法の矢。
「五指雷火弾!」
掌を広げると指先から魔法弾が飛び、五本の光条が、別々の目標を捉えて追尾しダメージを与える。メイと違うのは、両手を挙げ、一度に十本の指から魔法を撃ちだすことだ。この辺りは、ダークエルフの王としての貫禄だろう。俺もタロスでは両手から一度に発射できるが、それはタロスが魔法を増幅してくれるからだ。単独でできるかは分からない。
追尾式で弾道が曲がる五指雷火弾は、三方に分かれて飛び、一度下降したあと急上昇。カブトガニの下から突き上げるように腹に命中。すると十本脚で持っていた爆弾に引火。甲羅の下面から煙を吹き、火達磨となって墜落していく。
続いて、三人の魔法使いや射手が乗る『ホッケウラー』を標的に定めた。ゴーレムそのものではなく、コックピット中に乗り込んでいる魔法兵が対象だ。
「血の池の赤い液体を鍋で煮ろ。軽く沸点を超える粉薬を混ぜ掻き回せ。沸騰!」
これは残酷だが、血液を沸騰させる呪文。短い断末魔の声を上げたかと思うと、ホッケウラーの一体はフラフラと蛇行して飛び、最後には逆さまになって海にダイブした。
錐揉みに回転しながら全方位に弩砲を撃つフェザーライトはマンティコアやドレイクなどの魔物も押し退けて進路を確保し、海峡を越えていく。こうなると、あと五体の飛行型ゴーレムも数少ない爆弾と魔法攻撃はオズワルドに防がれてしまい、手出しできない。
だが、この時にドレイクなどの魔物が失せた代わりに鬼火が増えていることにオズマもオズワルドも気が付いていなかった。残り二体のホッケウラーからの爆弾の爆発の火花、魔法攻撃による光を隠れ蓑にして鬼火がチラチラと明滅し移動していた。
空中をフワフワと浮遊する青や赤の色の怪火現象。『ウィル・オ・ウィスプ』『ジャック・オ・ランタン』と呼ばれるそれらは、魔物として実体化せず、鬼火のままフェザーライトの周囲を漂いながら尾行する。
五体の飛行型ゴーレムと戦いながらバルナックの東海岸へ接岸したフェザーライトは、四両の戦車を下船させ、再び上空へ。ホッケウラー、シュミットを狙撃しながら、バルナックの中心地付近のララーシュタインの居城を目指して加速していった。
そして、ウエストガーランド島には初上陸のロジャーをリーダーとしたセントアイブスの騎士とレストランの店員兼冒険者の四人は、自動人形をお供にして二頭立て馬車のシャリオを走らせ、フェザーライトを追うのだった。もしフェザーライトを見失っても、騎士団の工作部隊所属のブライアンが、確実にバルナック城への道を見つける。
この戦車には、ボルトと呼ばれる弩砲の矢と、魔法のエネルギーであるマナの結晶のトークン、飲み水や戦中食を満載している。先行しているパーティに一刻も早く合流し城攻めを行うため、軍馬に鞭を入れる。妖犬などの魔物、川の精霊馬や猫妖精といった魔獣と戦いながら。
「セントアイブスの名誉は、我らに掛かっている。抜かるなよ。」
「勿論ですよ。ララーシュタインに一泡吹かせましょう。」
ロジャーとブライアンは、どちらも士気高く、また、フレディとディーコンも取調室の食材調達係として、店の代表として、手柄を立てようと意気込んでいた。
戦車の四人は、勿論イギリスを代表するあのロックバンドがネタですよ。
やっと揃いました。




