第153話 行軍
マチコはサキから預かっている白のサーベルをサキに返した。雷撃の手甲、土石流の靴も返そうとしたのだが、それはサキが拒んだ。手甲もブーツもマチコのサイズに合っているし、自分の留守中に何かあった場合のことも考慮して、自衛の手段として持っているようにと望んだ。
「サキ、今回の作戦が正念場でしょ。本来の二刀流で戦ってよ。このサーベル、元々二振りでワンセットなんだから。」
「分かった。マチコがそう言うなら。」
「ララーシュタインやウィンチェスターを倒すんだから、タロスから降りて戦う機会がきっとあるものね。」
サキはマチコのお腹に手を当てて、静かに上下に撫でて言った。
「オリヴィア先生やシーナに、くれぐれもマチコを宜しくと頼んでおいたが、大事にな。私達の子を頼むよ。」
「あたし達の子なんだから強いわよ。一緒に戦いに行きたいくらいなんだからね。」
ブライアンの工作部隊がバルナック領に潜入した事があったため、領域渡りで移動できる地点は、ある程度の目処がついている。まず、ブライアンのパーティの魔法使いが他の渡りのスキルを使える者と一緒に移動して、またすぐ戻る。そしてそれぞれのパーティを組み直してバルナックへと渡れば、すんなりとバルナック領へと入っていける。
ただし、荷物は手に持つか、収納魔法に入るのみ。カートなども使えないことはないが、大きさ質量には限界がある。兵站や後方部隊は飛行船フェザーライトでの移動となる。
幾つかの目ぼしい地点には、やはり砂鉄が撒かれ渡りは使えなくなっていたが、それでもララーシュタインがいると思われるバルナック城に程近い林の中、モミの大木の幹に門を開き、バルナック領へと侵入した。
レイゾーをリーダーとして、ララーシュタインの首を狙う本命チーム。ホリスターの弟子のドワーフ二人、スカイゼルとグランゼルの兄弟。クララと俺。それにクアールのロデム。
トリスタン卿を指揮官とするバックアップチーム。パーシバル卿、ホリスター、ドワーフのフォーゼ、レイチェルとジーン。
そして、マリアから預かった使い魔のカササギ、ヴェルダンディとスクルドが、哨戒と伝令をやってくれる。早速、周囲を警戒して飛んでいった。ここはすでに敵地だ。
それから、この作戦の肝となるのは、ミスリルゴーレムタロスである。ララーシュタインのインヴェイドゴーレムを一手に引き受ける。地上型だけではなく、水中型も飛行型もだ。序盤は囮として動き、フェザーライトをバルナック領内へ入らせる役目もある。
後衛の飛道具チームとして、セントアイブスの騎士ロジャーとブライアン。取調室のスタッフのフレディとディーコンに四体の自動人形。このチームは馬術も得意な者が集まっているので戦車に弩砲を載せている。オートマトンは主に弩の矢の装填手として働く。
戦車は渡りで移動できないため、フェザーライトに積み込む。フェザーライトはバルナック領内に着けば、すぐさまロジャーたち戦車隊を下ろし、空を飛ぶ魔物やゴーレムと戦い上空から支援活動を行う。
サキ、ガラハド、マリア、メイはウエストガーランド島南端の海岸に領域渡りで移動した。タロスを召喚。鮮やかな赤いボディが、それまでの銀色よりも目立つ。
「さあ。作戦開始だ。ガラハドとマリアは初めてだが、タロスの事は、きっと気に入る。おもいっきり暴れてくれ。」
「サキが馬鹿親父みたいなこと言ってるわねえ。」
「今回オズマの出番はないかもしれないからな。代わりにな。」
「あ、魔力探知に引っ掛かったわ。早速お客さんが来るわよ。」
サキとメイの掛け合いがあったが、マチコの代わりに操縦席にいるガラハドは、珍しそうに操縦桿を動かしている。ガラハドの動きに合わせてタロスが腕を振る。ガラハドは何か確認したいことがあるようだ。
「タロスの手首の動きが気になるんだけどよ。」
徒手空拳、なかでも打撃系での格闘を得意とするガラハドにとっては、こだわるポイントなのだろう。ガラハドの格闘戦はボクシングと虎倒流骨法という当身技主体の古武術を掛け合わせたもので、柔術の要素も含んでいる。
「準備運動もさせてくれねえのか? 敵さんも忙しねえなあ。」
「あんた普段だって準備運動なんかしないでしょ。いつもいきなり全力疾走じゃない。」
「マリアさん。まず飛行型が近づいて来てます。魔法でお願いします。右前方。」
「わかったわ。メイ。」
ひらひらと凧のように飛んでくるエイ型ゴーレム『シュミット』と、その後方にメッサーシリーズの最終型『ホッケウラー』だ。尻尾の付いた座布団と背中に羽根が生えた人型の金属の塊。
これまでの様子では、ララーシュタインのゴーレムは三体を一単位として運用することが多かった。新型ならば一体だけでも動かしていたが。今回のは、突如現れたタロスに対して緊急発進で出られるものが出て来たのだろう。
「爆弾は抱えてないみたい。」
「ひとまず偵察に来たんだろうよ。しかし、対応が早すぎる気がするな。」
メイとサキが周囲を見渡すと黒い鳥が数羽飛んでいるが、カラスかと思ったそれらは良く見てみれば下級悪魔のインプだった。的が小さい上に、数も多い。いちいち相手にしてはいられないと呆れ気味だったところ、マリアが魔法の呪文を詠唱。
「乱気流!」
突如激しい風が巻いて、不規則に揺れる。タロスを中心に複雑な気流が発生し、龍がとぐろを巻くような空気の流れが遥か上空まで舞い上がる。飛行型ゴーレムを標的としていたが、インプどもも巻き込んだ。ガタガタと揺れながら失速し、シュミットとホッケウラーが落ちて来る。
ガラハドは待ってましたと云わんばかりに猛ダッシュ。タロスの巨体が落下してくるシュミットに向かい走りだす。陸上競技の三段跳びのように跳躍すると、シュミットの落下地点へ。右半身を大きく振りかぶったタロスは、上半身を捻るようにして右拳をシュミットの背中というべきか、頭頂というべきか、座布団の上部の真ん中あたりを力任せにぶん殴った。
シュミットは時計と逆方向に回転しながら地面に叩きつけられ、おたまで潰されたはんぺんのようになっていた。尻尾だけが動いている。
ホッケウラーは地に堕ちた衝撃で半壊。翼が折れ、片腕が潰れているが、乗っていた魔法使いは存命のようで火力呪文を撃ってくる。しかし、これもサキの魔法防御で簡単に弾かれた。タロスはシュミットを叩き落とした勢いそのままホッケウラーへ向けて走り、踏みつける。ストンピングで沈黙させた。軽量化した飛行型だけに装甲が薄く、タロスに足蹴にされると耐えられない。インプどもも死屍累々と地に伏している。
その間にも、タロスの右拳はドリルのように回転していた。シュミットにはグルグル回る拳でグーパンチしていたのだ。
「ぎゃはははは! なぁんだ こりゃあ! 笑いがとまらねえぜ! おっもしれー。」
「ガラハド。サキもメイも呆れてるわよ。説明しなさいな。」
マリアに諭されたガラハドは笑うのを止め、自分の格闘術について話す。
「ああ、俺は元騎士とは言っても、親元を離れて育ったからな。普通の剣に槍や弓、馬術以外の騎士らしくないこともいろいろ覚えたんだ。拳闘では『コークスクリューブロー』ってのを使うんだが、これは腕が伸びきったときインパクトの瞬間に内側に抉るように手首を回す。人間の手首じゃあ、半回転くらいしかしないが、タロスはどうだ? どこまでも何回転でもイケる。こんな楽しいこたぁないぜ! これがあれば怖いモン無しだ。ボディ全体の動きも滑らかだしな。」
「ガラハドさん、凄い破壊力。マリアさんも。厄介な斥候のインプまで纏めて片付けちゃったわ。」
「どうだ? メイ。マチコとクッキーのタッグも面白いが、この夫婦も息がピッタリで強力だろう。」
「息がピッタリは、単に付き合いが長いからよ。幼馴染だから。
それにしても、タロスが魔法の威力を増幅するとは聞いていたけど、予想以上ね。これならララーシュタインのゴーレムが纏まって掛かってきても戦えるわ。」
ガラハドと息ピッタリと言われたことが嬉しいマリアは、照れ隠しに普段より饒舌になっていた。




