第151話 神話
ゆったりと深く椅子に座るようにと言われた。ソファーにかけると、すぐに隣にクララが座り、腕を掴んでくっ付いてきた。そして膝にはクアールのロデムが額を擦り付けてくる。
オリヴィアに幾つかの質問を受け、答えた。これといって大したことのない質問だったと思うのだが、オリヴィアが言うには、これで大事な事が分かるらしい。いわゆる問診。
「だいぶ良くなってるみたいねえ。休め休めって言ってきたけど、これなら少しづつ元の生活に戻していいわよ。」
「それじゃあ、日課のランニングと筋トレ、サボり気味だったんですけど、またやり始めますよ?」
「ああ、それは、むしろやる方がいいわね。身体動かすといいわ。」
「身体なまってる感覚があって。でも、ちょっとおかしいんですよ。魔力は上がってるようなんですよ。」
「それは瞑想してたからね。呼吸を整えて集中力が上がるの。マインドフルネスっていう状態ね。瞑想はずっと続けていくといいわよ。」
レイゾーとサキが酒を飲みながら、大事な事を決めたらしい。飲みながらって大丈夫なのか? まあ、酒に強いうえに深酒はしない二人なので、いい具合にリラックスして話したことを期待するが。
で、その決定したことを皆に発表するからと、取調室に集められているわけだ。集まっているのは、いつものクランSLASHの主要メンバー、パーティAGI METAL、シルヴァホエール、オズボーンファミリー。それに加えて、ホリスター達ドワーフの職人十人、クランSLASHからフレディとディーコン、セントアイブス騎士団からロジャーとブライアン。ジャカランダ王宮騎士団のトリスタン卿、パーシバル卿。そしてアラン王子にレイチェルとジーン。
その大事なことを発表する前に、背景を説明するとの事でオズワルドが席を立ちあがった。ダークエルフの王、空中都市ラヴェンダージェットシティの領主であったオズワルドは神官、神学者でもあるそうな。
そして、これから話す神話には、人間には知られていない事や、つい最近になってやっと分かった新事実も含まれるので、驚かずに聴くようにと。質問は後で纏めて受け付ける。
まず、神や天使、精霊、悪魔は三竦みの関係にある。神や天使は精霊に強く、精霊は悪魔に強く、悪魔は神や天使に強い。
ただし、これはあくまでも原則であって、実際にはもっと複雑な要素が絡む。天使も精霊も悪魔も神が生んだものだが、天使は数が少ない。
ともあれ、絶妙なバランスで共存に近い形で存在し続けた。白い月に神と天使、青い月に精霊、赤い月に悪魔が棲む。その三つの月と同じく、どれもが衝突したり衛星軌道を外れたりはしない。
そして神々は地上に生物を生み出し、亜人をも生み出した。神や天使に近いエルフ。精霊に近いホビットやドワーフ。悪魔に近いオークやゴブリン。そして亜人のあとにニュートラルな存在の人間を造った。
ユーロックスの神々は幾つかの種族に分かれている。アース神族、ヴァン神族、ティターン神族、オリュンポス神族など。ユーロックスの人間は外見は神に似せて造られたが、その特徴は、幾つかの種族の神々の最大公約数である。三つの勢力のどれにも当てはまらないはずの人間が神の姿をしている。
人間の在り方についての意見が割れた。神や天使、精霊、悪魔の三つの勢力が人間を取り込もうとした。神々でも意見が合わず、とうとう口論が戦争にまでなり、地上は火に包まれた。
特に酷かったのは神々同士での戦闘で、アース神族とヴァン神族による。双方が核エネルギーを使う火力呪文「エノラ・ゲイ」「ボックス・カー」を用いて戦った。この神々の戦争と核エネルギーの火力呪文、その打消し呪文について書かれたのが火炎奇書。
当初この神々の戦争は、アース神族が優勢。だが、巨人神族がヴァン神族に味方すると形勢逆転。打開策としてアース神族は「エノラ・ゲイ」を使い、ヴァン神族は「ボックス・カー」で対抗。地上の大半は灰になった。
アース神族の勝利で、この神々の戦争は決着。ヴァン神族は白い月を追い出され、青い月へと移ったが、青い月のヴァン神族の国の隣には巨人の国があり、ヴァン神族に味方したのはティターン神族ではなくヨツンヘイムの住人の「丘の巨人」であると間違って伝わることになる。
そして、地上を火で包んだ神々は自らの行為に恐怖し、後悔した。ヴァン神族が白い月を出て行くことで和解したが、それだけでは不十分。どちらも自らの精神から悪意を切り離して追放した。その「悪意」はやがて新しい強力な悪魔となり、悪魔の数がそれまでよりも増え、勢力を増した。このころ地上には魔物が増え始めた。
核エネルギーによる火力呪文二つを封印し、これを打ち消せる呪文「却下」と共に巻物火炎奇書に記し、エルフに管理させた。だが、勢力を拡大した悪魔たちが放ってはおかず、悪魔により写しが何巻か製作され、世に出回った。
現在、エルフの空中都市アッパージェットシティに厳重に保管されている物がオリジナルだと云われているが、真実かどうか分からない。また、出回った写しの半数以上は失われたようだが、あと何巻残っているのかも不明。ただ、一巻はシスターサリバンから賢者マリアに託され、オズボーンファミリーとサキとで解読した。それから、もう一巻がララーシュタインの手元にあり、魔女シンディとの取引の道具に使われている可能性が高い。
亜人の中でも神や天使に近い種であるエルフは、国を治める王が神託を受け取り、その神の意思を尊重し実行することで世界の平和に貢献してきた。白い月よりアース神族がアッパージェットシティの神殿へ、青い月よりヴァン神族がラヴェンダージェットシティの神殿へと、天使を遣わす。
三十年前、ダークエルフの空中都市ラヴェンダージェットシティ。オズワルド・オズボーンが王位を継いで、一カ月も経たないある日、青い月からの使者、天使タルエルが神託を持って降臨したところ、数多の空飛ぶ魔物がラヴェンダージェットシティを襲った。勿論ダークエルフは戦った。 神託を運ぶ天使タルエルも、アッパージェットシティのエルフからの大使として派遣されていたサキも一緒に戦ったのだが、ラヴェンダージェットシティは瓦解した。天使タルエルに王妃、オズワルドの妻でメイの母親も戦死。オズワルドとメイ、サキはオズマとホリスターに救出されて飛行船フェザーライトに乗り脱出した。他にも数隻の飛行船が脱出したはずだが、散り散りに逃げたため、他の飛行船がどうなったかは分からない。
オズボーンファミリーは母国を滅ぼされ、サキは大使として働いていた国が無くなり、取引が多かったためにラヴェンダージェットシティに工房を構えていたホリスター流のドワーフの鍛冶職人たちは、職場の工房が潰された。
それ以来、オズマは世界中に散ったダークエルフを探しては保護し、ドワーフの鉱山都市デズモンドロックシティに間借りした土地に集めている。オズボーンファミリーにサキ、ホリスターたちの目標はダークエルフの国の再興だ。
その後、探してみたが、ダークエルフの神殿に保管されていた火炎奇書がない。もしもパイロノミコンを目当てにラヴェンダージェットシティが襲われたのだとしたら、魔物たちを操っていた黒幕がいるのかもしれない。ララーシュタインがパイロノミコンを持っているのならば、それはダークエルフが管理していた巻物かもしれない。ララーシュタインに問い質す必要がある。
飛行船フェザーライトの船室に小規模な神殿を設えてあるのだが、この三十年間に神託はない。たまたま神託がないのならば、それは構わないが、神託を受けられないのであれば、この世界の存続にも関わる。一日でも早くダークエルフの国、空中都市を再興したい。
皆、沈黙して聴いていた。エルフたちも相当な覚悟があって、この厳しい世界を生きてきたのだと理解した。
質疑応答になり最初に質問したのは、ガラハドだった。マリアのほうが真っ先に質問するかと思っていたが。俺も気になっていることをガラハドが訊いてくれた。オズワルドもストレートに答えてくれた。
「ダークエルフの都市を襲った空飛ぶ魔物ってのは、悪魔じゃないのか?」
「悪魔もいましたよ。合成怪物や人を喰らう魔物、翼竜。でも中心になっていたのは・・・、もっと恐ろしい魔物でしたね。」
「なんだい?まさか神や天使じゃないだろう?」
「ドラゴン『ニーズヘッグ』。」
ドラゴン? それって、やっぱり最強クラスの魔物なのか? 怪獣っぽいぞ。よし、俺が120ミリ滑降砲をぶち込んでやりたい相手が出てきそうだ。
とうとう ドラゴンが出てきました。でも、まだ名前だけね。