第149話 戴冠式
取調室から帰宅した俺達四人。食事は取調室で済ませてきたので、食卓で紅茶を飲んでいる。さすがに今日はサキも飲酒する気にもならないようだ。だが、本当に落ち込んでいるのは、核兵器の怖さを間接的にでも知っている、日本人のマチコと俺だった。おそらくレイゾーも同じ気持ちだろう。マチコと俺は、はあ、と深い溜息をついた。
「まさか大昔に核戦争やってたなんて。この世界の神様もろくなもんじゃねえなあ。」
「そうねえ。ユーロックスの神様って月にいるんでしょ。自分たちの棲み処じゃないからって地上を焼き払って放射能で汚染させて、自分たちはさっさと月に逃げたなんて最低よねえ。」
「マチコ姐さん。おなかの子供が被爆したらマズい。ホントに姐さんは、これからは戦場に来ちゃいけませんよ。」
「うん。申し訳ないけど、そうする。でも、ねえ~。」
「いやいや、俺達に何かあっても、姐さんだけは逃げないと。子供のため。そして、俺は自衛官として、何があっても核兵器の魔法の使用を防ぎます。」
話しながら、マチコは気が付いた。俺の様子が変わっていると。
(クッキー、発言がいくらか前向きになってるわね。抑うつ状態は脱したかしら?)
サキもクララも同様に感じたようだ。戦場の話をしても、もう大丈夫だとサキは思ったんだろう。
「マチコ、クッキー、その核エネルギーというのは、本当に恐ろしいものなんだな。」
「非人道的な兵器の極みよね。」
「ああ、俺達がいたグローブでも、戦争で核兵器の被害にあった国は、ひとつだけ。俺達の祖国、日本。俺達の爺さん婆さんか、そのよりも上の世代だ。あまりに恐ろしい兵器なので、誰もが恐れて、その後は使用はされていない。でも大きな力だから、政治家は持ちたがる。戦争を防ぐ抑止力だなんてわけの分からない屁理屈でね。」
「私も、明日からは地雷の撤去は後回しで、オリヴィアに対抗呪文の使い方を習う。クッキーと一緒だな。」
「ああ、宜しく。」
バルナックでは、ジェフ王暗殺の指令を果たしたファーガス、オーギュストとカミーユ、その脱出のためにジャカランダを爆撃したマッハ男爵が、ララーシュタインの前に整列して立っていた。右の掌を相手に見せるウエストガーランド式の敬礼をしたまま直立不動の姿勢でララーシュタインの言葉に集中する。
「まずは、褒めてやろう。よくジェフ王の首を獲った。そして帰投を果たした。予想以上の働きだ。」
「勿体無いお言葉でございます、閣下。」
もっとも謁見の機会が多いマッハが応えた。ファーガスなどは緊張していて話せない。続いてウィンチェスターが話し出した。
「これでジャカランダは混乱し、暫くは軍事行動を取れないであろう。我が軍が攻撃準備をする時間を稼げた。今はゴーレムや火力兵器の生産を急がせている。次回は総攻撃といっても良い大規模な作戦となる予定だ。
ついては、ファーガス。ジャカランダの王宮騎士団の動き方はよく知っているだろう。卿は作戦参謀として助言せよ。私の下で働いてもらう。
オーギュストとカミーユは、おばば様のところへ戻って良し。報酬は別に用意してある。金で良いのだろう?
マッハ男爵。閣下が新しい魔物を召喚してくださった。ゴーレムの生産と輸送船の調達には時間が掛かるが、その間に新しい魔物を飼いならし、戦力として整えよ。グレーターデーモンを含む魔法兵団は飛行型ゴーレムに乗せるので、そちらも指揮せよ。」
ララーシュタインは脚を組んで玉座に掛けながら、鋭い眼光で遠くを見て、長く白い顎髭を撫でている。また大きな戦闘があることを暗示していた。
翌朝からは、セントアイブスの街も大騒ぎだった。ページ公と騎士団長のロジャーは、頻繁に王都と街を行き来するようになった。火炎奇書の魔法を使われるくらいならば、こちらからバルナックへ攻め込んでしまおうとの意見が出され、大多数がその意見に同調して動くようになっていく。王都ジャカランダ以外の地方からも志願兵、冒険者が集まるようになった。
ホリスターが率いるドワーフの職人たちも忙しく、忙しすぎて言ってしまえば殺気立っている。タロスとフェザーライトの修復、改装作業を優先しながら、ジャカランダやセントアイブス領事館からの武具の注文をこなしている。
「どうしましょうか、親方。」
「ふうむ。とりあえず、数を揃えるなら、溶鋼を型に流し込むだけの小振りのブロードソードなんだろうがな。ド素人の新兵では、それでは戦えまい。槍とクロスボウだな。槍は腹の高さに構えて突っ込んで行きゃなんとかなるし、クロスボウは腕力の弱い者でも撃てる。」
「クロスボウは作るのが手間なんですがねえ。」
「役に立たねえモンを作ったって仕方ねえだろ。」
「そりゃあ、そうですがね。」
「いいか?戦の勝敗を決めるのは、兵士でも指揮官でもねえ。時の運でもねえ。俺達の武具の性能だ。ドワーフの職人の心意気ってのを忘れんじゃねえよ。」
「いやいや、そんな精神論を言われてもよお。」
「うるせえな。やるんだよ!」
半ばホリスターの暴言であるが、それでも仕事が進むのがドワーフの意地である。また、ホリスターと、その先祖メカンダーのカリスマ性でもあった。そして、数日してぺネロープ王女の戴冠式の翌日、タロスとフェザーライトの修復、改装が済んだ。
時は一日遡るが、ペネロープ王女の戴冠式。騎馬隊を先頭に、国旗とグレイシー王家の紋章のフラッグを振る旗手、バグパイプやスネアドラムを中心とした軍楽隊、四頭立ての露天式の馬車に乗った新女王に続き、王宮騎士団の行進。勇猛果敢な行進曲で城下町を練り歩く。ペネロープ女王が手を振る度、歓声が沸き、盛大な拍手が贈られる。
都の中央にある教会に着くと、ぺネロープは長い長い階段をゆっくりと登り、登り切った扉の前で振り返る。再び観衆がどよめくと、ペネロープの背後で扉が観音開きになり、教会の中から強い光が射す。仏像の後光のような演出があり、また向きを変えると教会の中へ、光に吸い込まれるようにして入って行った。
教会の奥の間で高僧から王冠を賜るが、戴冠の様子は非公開である。閉じた扉の前に内務大臣のジョンと、国防大臣となったゴードンが現われ、戴冠が済む頃を見計らって話し出した。
ジョンが新女王の即位を宣言し、ゴードンがバルナックへ進軍することを国民に報告した。大歓声である。
「うおおおお!そうだ、いいぞお!」
「ララーシュタイン、倒せー!」
しかし、この式典に招待されたレイゾーやサキは、本当にこれで良いのかと疑問に思っている。戦争とは暴力と暴力のぶつかり合いだ。この異様な熱気は、戦争の被害を大きくするだけなのではないかと。どちらかが滅ぶまで終わらないのかもしれない。
この式典に出席したことを切っ掛けにレイゾーとサキは、この戦争の行先について飲みながら話し合うこととなった。二人の意見は一致した。ジャカランダから大軍がバルナックへ進軍する前に少数精鋭部隊でバルナックに攻め込み、先に勝負を掛けてしまおうというものだ。被害を小さくするには、それが一番良いだろうと。三年前の第一次大戦でも、レイゾーたちのパーティだけでコーンスロール半島の端に設営された敵本陣へ乗り込んだ。それをまたやろうというのだ。今回はクランSLASHで。
「ただ、今すぐには無理だろう。まだタロスとフェザーライトが使えず、人材としてもマチコとクッキーを欠いている。」
「確かに。そこは慎重に見極めないといけないなあ。」
「騎士から数名引っ張るか?」
「いや、情報が洩れるかも。騎士からの人選も難しそうだ。」
「まあ、どう転んでも、対抗呪文と却下を憶えてからでなくてはな。」
「ああ、そうだね。対抗呪文なら、僕も使えるようになるかもしれない。マリアやサキと一緒に僕もオリヴィアに習おう。」
意外と遅い時間まで、二人で飲み明かしたのだった。しかし、この二人とも、飲むより話しに夢中だったのか、それとも酒に強いのか。翌朝にもケロッとしていた。アルコールを分解する特殊なスキルでも持っているのか?