第148話 女王
ジョン、バージル、ペネロープ、ゴードン、ガウェインの五人が集まり円卓を囲っている。ジョンが立ち上がって発言した。
「単刀直入に言おう。ペネロープ、王位を継いでくれ。」
「「ええっ!」」
ジョンとバージル以外の三人は想定外の事に声をあげた。ペネロープは目を丸くしている。
「あ、兄上!何を!王位を継ぐのは兄上ではありませんか!」
ジョンは平然とした顔で、バージルと目を合わせる。すると、今度はバージルが話し出した。
「まあ、聴いてくれよ、ペネロープ。政については、手前味噌だが上手くいっていると思う。内務大臣をジョン、外務大臣を私が続けていくことで良いのでは。元々スコットが存命ならば、スコットが国王、我々が大臣でやっていくつもりで、十代のうちから勉強してきた。ジョンが国王になったとして、誰が内務大臣になる?
三年前にスコットが他界したときから、ジョンと父上とも話し合ってきた事だ。民からも人気のあるペネロープが女王となるのが一番良い。」
「一寸驚きましたが、私も賛成です。社交界で顔が広い姫様は、外交面でも有利です。治安や軍事面では、ゴードン殿下と私とで支えます。」
ガウェインも賛成した。ゴードンが畳みかける。
「父上の国葬が終わったら、次は戴冠式ですね。」
半ば強引と言えなくもないが、ジェフの長女、ジョンとバージルの妹、ゴードンとアランの姉であるペネロープ王女が王位を継ぎ、女王となることが決まった。順番からして、まずはジェフ王の国葬であるが、戦争被害者として扱われる。ジェフ王だけでなく、この戦争での戦死者、騎士、兵士、民間人のすべてを国葬として祀り、後日建設する墓地に埋葬し、石碑に全員の名を刻むことで意見は纏まった。
儀式としての国葬は滞りなく行なわれ、最後にペネロープが女王となる事が発表されると割れんばかりの歓声が上がった。誰もが祝い、ガーランドの未来は明るいと確信した。
「ペネロープ様―!」
「女王陛下万歳!」
この国葬にはページ公らと共にレイゾーとサキも参加していたが、この発表には喜んだ。誰も予想だにしなかったが、考えてみれば確かに適材適所である。そして、悪い事ばかりが続いている王国に明るい話題が提供された。
セントアイブスはクランSLASHの活躍ばかりではなく、戦災被害者や冒険者の受け入れ、騎士団からはブライアン達工作部隊のバルナック本土への偵察行動などで、新女王から高い評価と感謝の言葉を贈られた。また、ペネロープ女王の戴冠式には、招待状を送ると伝えられ、セントアイブスに戻ったのだった。
セントアイブスへ戻ると、オズマがすぐに取調室に集合しろと言う。慌ただしくクランSLASHのメンバー、ドワーフ達、領主のページ、騎士団のロジャーにブライアンのパーティまで、セントアイブス中の主だった顔ぶれ全員が店の一階のホールに集合した。
「オズマ、どうした?何の騒ぎだ?」
ドタバタと落ち着かない雰囲気があまり好きではないサキがオズマに尋ねる。やれやれといった顔だ。
「火炎奇書だ!解読が終わった。」
「なに!ついに解したか読したか?」
「おう。今から説明する。」
全ての席にお茶が配膳されて、オズマとメイが皆の前に立った。少し離れた位置にマリアとオリヴィアがいる。
オズマが普段よりも神妙な面持ちで話し始めたが、やはりパイロノミコンとは恐ろしいものであり、これと同じものをララーシュタインが持っているというのは大問題だ。オズマの説明によるとこうだ。
遥か昔、アース神族とヴァン神族が地上で争そった際に双方の神々が切り札とした極大級の火力呪文。とんでもない量の魔力が要るために通常の人間に扱えるものではない。だから誰もこの呪文を使えるようにしなくていいし、使ってもいけない。炎の世界と霧の国氷の世界をこの世につなげて、その二つの世界に溢れるエネルギーをぶつけて大爆発を起こす。そして、被害者は生き残っても後遺症で苦しむし、土地は腐ってしまい、その後数十年生き物が暮らせない。二つとも基本的には同じものだが、アース神族はニヴルヘイムの力が大きく、ヴァン神族はムスペルヘイムの力が大きい。比率が違うだけだ。
基本的に同じ魔法なので、同じ打ち消し呪文で防ぐことが出来る。その打ち消し呪文とは『対抗呪文』とその上位呪文の『却下』。このどちらもが古代魔法のため、使える人間は限られる。『カウンタースペル』は、この世に使える者が三人。
その三人とは、いずれも魔女。シンディ、サリバン、オリヴィア。だが、その一人サリバンはすでにこの世にいない。シンディは敵側についている。あとはオリヴィアだが。
オリヴィアが立ち上がり、話し始めた。
「私は、魔女。というよりも、元魔女ね。もう魔女としては引退しているのよ。今は助産師。魔法なんかを極めるよりも誇らしい仕事をしているわ。新しい命を授かるのって、本当に奇跡なのよ。何よりも素晴らしいことだわ。
そして、人の命を奪う魔法は最低だし、放ってもおけない。魔女を引退した身だけれど、パイロノミコンの火力呪文を防ぐためには協力するわ。でも戦争には協力しないよ。
具体的には、マリアに『対抗呪文』を教えているわ。火炎奇書の解読ができたのならば、『却下』が使えるかどうか、これから実験ね。」
ここで、俺は挙手。質問した。
「まず、ムスペルヘイムとニヴルヘイムのエネルギーというのは、マナのことなのか?マナ以外の何かなのか?
それから、俺は魔導士で、インスタント呪文を得意としている。少しだが、打消し呪文も使える。俺が対抗呪文を習うことはできないか?そして、もしカウンタースペルが使えれば、ディスミスも。」
「おお、よく言った。クッキー。それは、こちらでも考えてた。」
オズマは同意した。そして話を続ける。
「エネルギーとは、マナも含むが、ムスペルヘイムは熱エネルギー、ニヴルヘイムは核エネルギーだ。」
「「はぁ?!」」
「ムスペルヘイムのエネルギーで大爆発を起こし、ニヴルヘイムのエネルギーが毒を残す。これは、なんとしても防がないといけない。
だから、少しでも可能性があるのなら、クッキーにもカウンタースペルとディスミスを習得してもらう。そして、カウンタースペルは六芒星魔術でディスミスは五芒星魔術。白魔導士のサキもカウンタースペルは使えるかもしれない。サキもオリヴィアさんの講習を受けてもらう。レイゾーもだ。俺たちオズボーンファミリーは三人とも魔導士だから勿論な。」
レイゾー、マチコ、俺の三人は核エネルギーと聴いて度肝を抜かれ、顔を見合わせた。言いたいことは沢山あるのに、何を言っていいのか分からない。
「とりあえず、この世界の人々は核の怖さを知らない。伝えないと。」
レイゾーが席を立ち、皆の前に出た。
「皆、聴いてくれ。この核エネルギーというのは、本当に危険なものだ。僕たちがいた世界、グローブでは七十年以上前だが、核エネルギーを利用した兵器が実際に戦争で使われた。しかも二回も。一度目は十四万人。二度目は七万四千人が亡くなった。それに後遺症も残すので、その後核エネルギーが原因で亡くなった人の数は五十万人近いと云われてる。」
店のホール全体に騒めきが起きた。そのような事は信じられないと耳を塞ごうとする者もいる。ページ公は顔色が悪い。
「もはや、セントアイブスを守ることだけを考えていても仕方がないな。ジェフ国王が崩御したものの女王陛下の即位が決まって、半分お祝いムードだったんだが。今後、セントアイブスが、いや、ミッドガーランドが、どんな方向を目指すのが良いか。広く上申を受け付ける。考えのある者は、申せ。」
喧々囂々の会議が始まった。途中に二回の休憩を挟み、戦う意思のある若者、冒険者や探索者たちはジャカランダの兵に合流しようと決まったのだった。
初めにオズマが説明していなかったが、その火炎奇書に記された二つの極大火力呪文は『エノラ・ゲイ』と『ボックス・カー』。アース神族が使ったのがエノラ・ゲイ、ヴァン神族が報復に使ったのが、より熱量が多く、核エネルギーを抑えた直接的な攻撃力の強いボックス・カーだという。




