第146話 ヴァルキューレ
ホリスターが出掛けている間もドワーフの職人たちは忙しく働いている。ミッドガーランド軍の兵士が使う剣を鍛え、バリスタやカタパルトを積む戦車を組み立て、鏃にトークンを嵌め込むマナアローの大量生産。やることはいくらでもあった。
「ホリスターの親方、早く戻って来ねえかなあ。」
「ああ、タロスの強化案がいつまでも形にならねえなあ。」
「エルフの釉薬、どんなもんなんだろう?」
オズワルドとメイのダークエルフの親子、ドワーフの職人の頭ホリスター、ミッドガーランドの王子アラン、その守役の騎士トリスタンとパーシバル、トリスタンの養子のレイチェルとジーンの姉弟。八人を乗せたフェザーライトは宇宙樹へ向かう。イグドラジルのことについてはメイとレイチェルがエントと話してきた。霊的な存在であるエントとイグドラジルとは離れていても意思疎通ができるので、フェザーライトが行くこと、またその目的は伝えられており了解済みなのだそうだ。
フェザーライトは月にまで行くスペックを持っている。グレーのマナを使う空間魔法の応用、渡りに近い技術を用いて進む魔法の飛行船にとって、月と地上の間に浮かぶイグドラジルまで行くのは朝飯前である。そのイグドラジルは、最近は高度が下がっているようなので、アッパージェットシティで完全に修繕されメンテナンスを受けて調子の良い船体には、なおの事である。もっとも、途中には他の世界樹が浮かんでいるため、最短コースを直線で進むわけではない。
イグドラジルに近づくと人影。人が浮かんでいる。鎧を着込んで槍を持つ美しい女性のようだ。兜は被っていない。
音もなくスーッと滑るように移動してきたかと思うと、長い髪をたなびかせフェザーライトの甲板に降り立った。これも足音が立たない。
「エントからの話は伺っております。私は戦乙女のリーン。」
「ヴァルキューレ?まさか、天国にいらっしゃるはずでは?」
オズワルドが尋ねると即答した。
「天国を護るのが、我らの務めです。イグドラジルはヴァルハラと繋がっています。用件を話しましょう。ジーンという少年は?」
「あっ、は、はい!」
ポカンと口を開けていたジーンが驚いて大きな声で返事をする。するとヴァルキューレの両脇に二体のクリーチャーかモンスターかも分からない、異形なモノが現われた。一体は蜻蛉のような形をして、二つの目の周囲には時計のような目盛りが刻んである。もう一体は幾何学で成形した水槽か?立方体のアクリルキューブのような物体。
「時と空の精霊です。彼らが貴方に加護を与えます。貴方の職能が勇者となります。次元渡りのスキルを得て、悪魔や魔王に単独で対抗可能な存在となります。」
ジーンが背筋を伸ばし緊張していると、スーッと二つの精霊の姿が消えた。マメゾウみたいに名前をつけなくて良いのだろうか。
「それから、ミッドガーランド王国の王子アラン。現在加護を与えられる時と空の精霊は他にはいません。ですが、我が其方に加護を与えましょう。イレギュラーなやり方ではありますが、やはり勇者となります。」
「余が?勇者?それでは、勇者が二人も?」
「職能としては。本当の意味で勇者かどうかは、これからの行いに依ります。」
オズワルドが質問する。
「何故、二人なのです?」
「勇者が一人では、対抗できないかもしれません。勇者になる資質を持った者が二人とも若くて経験不足です。本当ならば、三年前に英雄のレイゾーが英雄ではなく、勇者になるべきでした。
しかし、三年前には、神託を与え、それを伝える神殿がありませんでした。」
「それは、ラヴェンダージェットシティの神殿の事ですか?」
「それも含みます。他の神殿は健在でも、機能しておりませんでした。」
「三年前にレイゾーが勇者になっていれば、今この戦争は起こらなかったということか?」
「分かりません。ですが、勇者になった場合、彼は元の世界に自力で還ることが出来ます。結局は同じだったかもしれません。」
ここで、オズワルドは疑念を持った。ミッドガーランドが戦っている相手は魔王?そして、三年前に英雄レイゾーたちが止めを刺さなかった相手ということか?ひょっとして三年前の首謀者のユージン・ララーシュタインが生きているのか?
そして、レイゾーが勇者になっていたら、魔王を斃して元の世界グローブへ戻り、今このユーロックスにはいない、と考えれば、魔王がいないとしてもレイゾーがいない第二次バルナック戦争を戦い抜かなければいけない。レイゾーがいないミッドガーランドで、ジーンを勇者にして勝つ?
考えすぎたオズワルドは、そのうちに考えるのも馬鹿馬鹿しいと思った。勇者の若者が二人いる。もうそれで良かろう。
トリスタンは、義理の息子の成長は嬉しいが、まだ九歳の子に戦争の行方を頼ることを恥ずかしいと思っている。
アランはヴァルキューレのリーンの申し出を受け入れ、勇者の職能を得た。王族の自分こそが、国と民を護るために戦うべきであると思っている。
フェザーライトは、こうして目的を果たしセントアイブスに戻ったが、王都ジャカランダは大変に揉めていた。城から城下を見渡す貴族たちも、市民がこれだけ興奮しているのは初めて見る、と驚愕していた。
ジェフ王が暗殺された事を公表したのだ。内務大臣である王子ジョンが、城壁に囲まれた広場に集まった大勢の市民に説明した。裏切者のファーガスが手引きをして盗賊のジダン、メンデルと悪魔一体を城に入れ、ジェフ王も戦ったが、残念ながらヴァルハラに召された、と。裂傷と火傷で包帯を巻いたジョンの姿が悲壮だったことが、さらに悲しみを煽り、広場は嗚咽でいっぱいになった。
しかし、悲しみに泣き叫ぶ声が、やがて別の色に変わる。バルナック軍を倒せ、ララーシュタインを殺せ、との憎しみの感情を持った声になった。腕を振り、足踏みをして大きな音を出し、声を張り上げ、バルナックに攻め込むべし、との好戦的な意見が多く出され、大きな波がジャカランダからミッドガーランド王国の全土へと広がっていく。
この後、包丁や鉈、鎌を持った一般市民が津波のようになって騎士団の詰め所や軍の駐屯地、冒険者ギルドに押しかけ、兵に志願した。ジェフ王の仇を討ち、バルナックの土地を焼くのだといきり立っている。
ミッドガーランドは、二つの村、商業都市、王都を戦場とし、水軍の大半を失い、一万人以上の兵が命を落としたが、まだ足りないのか。海峡を渡り、西の島へ攻め込む準備を始めた。第二次バルナック戦争は、ますます泥沼へと突き進む。




