第14話 銃剣道
昨日の夜、出張から戻りましたので、更新します。
しばらく出張はないと思うのですが、9月からは仕事が多少忙しくなるはず。
時は同じく。ダンジョンの外の防衛戦の話に戻る。
3頭の牛頭怪物を見るなり、騎士団長ロジャーが下知する。
「中央の主力は隊形を組み直せ。長槍部隊と置盾部隊が交互に並んで間隔を詰めろ。密集隊形だ。塹壕のクロスボウ部隊は脚を狙え。魔法兵団は火力を真ん中の1頭に集中。突進してくるぞ。押さえろ。」
さすがに訓練された騎士たちだ。畳ほどもある大きな鉄の板を構えた盾持ちたちが、横一列に並ぶと、その隙間に槍持ちがサッと入り込む。運動会の組体操のごとく揃った動きで、左右の幅を縮めると棘だらけの壁が出来上がった。
不謹慎な話で申し訳ないが、俺はミノタウルスの姿を見て気分が盛り上がっていた。5本指の付いた腕、首から下の肩のラインが妙に人間臭いが、牛というよりも水牛に近い大きな上向きの角。尻尾は牛そのものだが、もしも爬虫類のような太い円錐状の尻尾だったら、まるっきり特撮映画の怪獣である。
(大阪城を壊した古代怪獣にそっくりじゃないか。なんで俺はこんな時に戦車に乗ってないんだ。120ミリ滑腔砲を撃ち込んでやりたい。)
戦車砲の代わりとしては陳腐だが、大弓を引き、牛の首に狙いを定めて矢を放つタイミングを図っていた。が、モノリスから、さらに5頭のミノタウルスが現れた。
悠長なことはしていられない。すぐに矢を持った右手を離し、命中したかどうかを確認もせず、すぐに次の矢を番える。どうやら当たっているようなのだが、その1頭は今まさに魔法兵団の集中砲火を浴びている。自分の矢がどれほどの効果があったのかは分からない。しかし、他のミノタウルスたちは、たいしてダメージを受けていないらしい。全身が皮鎧を纏っているようなものなのだ。牛皮といえば、ランドセルなどの丈夫な鞄や和太鼓の打面。考えてみれば頑丈なはずだ。まして普通の牛ではない。
魔法の攻撃をうけていないミノタウルスたちが、足を踏み鳴らし、蹄で地面を掻き始めた。いよいよ突進してきそうだ。タムラがいち早く対応する。
「まずいな。ロジャー、あれを使うぞ。」
「おう、頼む。魔法兵団よ。よく見ておけ。魔法の矢のお手本だ。」
タムラが大弓を置き、合掌する。精神集中のポーズだろう。タムラの前に六芒星の魔法陣が浮かぶ。
「偉人たちを追悼せよ。殿堂にて控え賢者の来訪を待て。破魔矢六連弾!」
走り出したミノタウルスに向かって魔法陣から発生した6条の光線が飛んでいく。緩く弧を描いたそれらは、6頭のミノタウルスの胸や背中のど真ん中を貫いた。心臓を破られた猛牛がゴブリンの死体の上に倒れ込む。
しかし、その数6頭。まだ2頭が残っている。一方は魔法兵団に集中攻撃を受け、その場を動けずにおり、もう片方は矢が何本も身体に刺さりながらもどれも浅く、重症には至らない。姿勢を低く角を前にして騎士たちが並び構える置盾の列の真ん中に突っ込んだ。盾の隙間から突き出た槍が肩の肉を割くが、お構いなしだ。体当たりをかました後、置盾を掴むと後方に投げ捨てる。騎士の数人を弾き飛ばし、なおも前進しようと藻掻く。柵が残っていても、役には立たなかっただろう。左翼にいるタムラも声を張り上げる。
「くそっ、この数じゃ、間に合わない。皆、踏ん張れ!ここが正念場だ。」
右翼の弓隊の中にいる俺は、大弓を捨て、近くに置かれていた塹壕を掘る為のショベルを掴んでいた。右手でグリップ、左手でシャフトを。柔道でいう左自然本体からショベルのトップ、ブレードを前に銃剣突撃の構えへ。身体が反射的に動く。
『銃剣道』をご存じだろうか。もともとは銃剣突撃。日露戦争などの頃によくやっていた。映画などで見たことはないか。機関銃などの連射のできる自動火器兵器がある現在では、ほとんど無用であるが、明治以降、日本の旧陸軍では敵陣地を制圧するための戦術、歩兵による一斉突撃として、小銃の先に短剣を取り着けた銃剣での近接戦闘が行われた。幕末から大日本帝国陸軍発足までは、日本の軍備、戦術はフランスからの西洋銃陣を取り入れたものであったため、フェンシングのサーブルやフルーレを基本とした剣術であったが、それ以降は日本独自の剣術槍術を元にしたものに変わっていき、武道として指導された。
現在、陸上自衛隊と一部の航空自衛隊で自衛隊銃剣格闘とともにスポーツとして銃剣道の訓練がされており、陸自隊員の多くは段位を取得している。この俺も例外ではなく有段者。ただ、一般にはあまり勧誘は行われないため、競技人口の大半は自衛官や自衛隊関係者である。防衛大を含めた一部の大学や、警備会社などには競技者がいるが、やっていれば選手権には出られるというのが現状のようだ。
『木銃』という長さ166センチの木製の武道具を持ち、剣道に似た防具を着けて、突き合う競技だ。有効打がない場合には判定で勝敗がつくが、武道であるので『心・技・体』が優れていると判断されたほうが勝者となる。
そして、まさかその銃剣道が実際に役に立つ機会が訪れようとは。やっててよかった自衛官。
「弓隊、撃ち方止めえ!俺がやってやる!」
出来る限りの大声で怒鳴り、身体の右側にショベルを構え走りだす。累々と転がるゴブリンどもの死体を避け、固そうな地面を選んで足場として跳躍。魔法を受けていないミノタウルスの喉元をめがけ、ショベルのトップを突く。本来銃剣道としてはやってはいけないことだが、シャフトを持った左手を滑らせブレードを相手にめり込ませる『繰り突き』を行い、右肘に力を込める。
刺さった!ミノタウルスの喉、ほとんど全ての動物にとってそうであるはずの急所へ、ショベルのブレードを突き立てた。傷口から血が噴き出す。ミノタウルスが一瞬止まった後、のけ反り、俺はミノタウルスの腕で払われて地面に伏したが、なんともなかった。
「クッキーを助けろ!今こそ好機だ。一気に畳み掛けろ。」
ロジャーが指示。クロスボウ部隊から2人が塹壕の外へ出てくると、俺をズルズルと引き摺って塹壕に入れた。というか、落とされた。
「うおおお、やるぞ。」
「撃て撃てえ!」
騎士たちが騒めく。ミノタウルスたちは矢と魔法の雨の中で倒れていく。
そしてその物騒な雨が止むと、ダンジョンの出入口である黒いモノリスからは、行方不明者の夫婦を連れた騎士団と冒険者パーティが脱出してきた。行方不明者の救出に、またも騎士団たちは湧きたつのだった。
しかし、レイゾーたちのパーティがまだ出てこない。まだまだ気を緩めている場合ではなかった。
Twitter のアカウント あります。
@idedanjo
たまに 撃てるんデス!のネタ明かし などをつぶやいてみようかと思います。