第145話 悪魔調伏
森の精霊王が言うには、ガーランドにいるデーモンの影響がユーロックスのあちらこちらに現れている。モンスターの出現が多くなり、混沌の迷宮の動きが活発になり、マナの循環もムラがあり動きが複雑になっている。マナの流れ方からすると、これはほとんど地理的にはバルナック領が原因なのだそうだ。
ララーシュタインが絡んでいるのは間違いないだろう。地理的には、ということは、悪魔三男爵以外にも何かあるのだろうか。
スヴァルトアルフヘイムにも悪魔が出現してしまっており、世界樹を傷つけていると。元々青い月の妖精の国と違い、地上の白と黒の妖精の国には、魔に近い邪妖精もいれば、やはり魔に近いゴブリンなども住んでいる。それでもこれまで悪魔がいなかったのは、世界樹、宇宙樹を守るためにエルフやドワーフ、ホビットといった亜人や妖精たちが協力して悪魔を追い出してきたからだ。
その厄介な悪魔、上級のデーモンを始末すれば、精霊の加護、契約についてエントから宇宙樹へコネクションができる。この地で豚頭族や小鬼族を率いているというが、それも含めて調伏する。トリスタン達は、悪魔と戦うことを決めた。
「そうか。やってくれるか。」
気を良くしたエントは、早速眠りの精霊を呼び出し、トリスタンに加護を与えた。悪魔との戦いに臨むのはトリスタン、パーシバル、アラン、ジーン。女性の敵といえるオークやゴブリンがいるため、メイとレイチェルは居残りでエントの話し相手になってもらう。
ただ、レイチェルと契約するスプライト、水の精霊のアゲハは四人に同行だ。戦地ではない為、磁性体が撒かれたりはしておらず、迷宮渡りなどの能力は使えるのだが、やはり『迷いの森』を迷うことなく進むのはおおよそ不可能。だが、地下水脈を探して辿れば迷わずに移動できる。水の精霊のアゲハならば地下水脈を探せる。そして光の精霊のマメゾウがいれば、視覚的な罠にも掛からないだろう。
トリスタン達男性四人のパーティは順調に迷いの森を進み、また新しくトリスタンが加護をうけたサンドマンはオークやゴブリンなどのモンスターを眠らせて無力化し、これならメイとレイチェルを連れてきてもよかったのではないかと思わせた。とはいえ、オークやゴブリンの討伐クエストや出現が分かっているラビリンスに女性を行かせないのは、ユーロックスでの常識だった。
とにもかくにも臨時の四人パーティは悪魔と邂逅した。アークデーモンとグレーターデーモンが各一体。アークデーモンはララーシュタインの部下三男爵と同格。グレーターデーモンもアークよりは下だが、デーモンの上位種。
「いたな。では、打ち合わせの通りに。」
「行きます!」
トリスタンが声を掛けると真っ先にパーシバルが槍を手に走り出す。真っ直ぐにアークデーモンに向かって行く。
アランとジーンは横っ飛び。それぞれ半弓を持ち反対方向に駆ける。
トリスタンが、まず弓を一射。命中したかどうかを確認するまでもなく走り出すが、矢は見事にアークデーモンの右目に刺さった。トリスタンの大弓は自身で手作りしたもので、竪琴の弦を使っている。トリスタンの腕前と併せ百発百中のため無駄無しの弓と呼ばれる世界に一つしかないものだ。木々の間を走り抜けながら反時計回りに二体のデーモンの周りを回りながら、その大弓を撃つ。走りながらでも決して狙いを外さない。デーモンの頭部をウニのように棘だらけ、いや矢だらけにしていく。
そもそも魔王や悪魔の何が恐ろしいのかといえば、物理攻撃がほとんど通じないことだ。よほど強い力でないとダメージを与えられない。それに加えて魔法にもある程度の耐性を持ち、マナの色でならば、白を中心に無彩色はよく効くが、有彩色の魔法は効きにくい。つまり、白魔術や超高等魔術の五芒星魔術でないと、効果が薄い。
パーシバルはフェイルノートの矢が頭部に集中することを見越してデーモンの腹を衝いては一撃離脱を繰り返す。デーモンが爪での突きや引っ掻きの攻撃をしてくるのを避け、間合いを取りながら毛皮、筋肉、骨の隙間の弱そうな部分を探している。
トリスタン、パーシバルは自分たちの得意な弓と槍の攻撃で止めを刺すのは、かなり手古摺るものと予想し、アランとジーンの魔法に期待。魔法使用のタイミングを計ることに力を注いでいる。しかし、デーモンもやすやすと通すわけがない。
「夜の衝突!」
アークデーモンがトリスタンとパーシバルに黒マナの火力呪文を撃ってくる。パーシバルは槍をバトンのように回して、黒い霧の塊を打ち払い弾き飛ばした。トリスタンは、咄嗟に盾代わりにしていた木の幹に迷宮渡りのポータルを開いた。黒の火力が迫って来るとポータルに飛び込み、その渡りの出た先は、デーモンの背後にある大木の幹。矢を放つとグレーターデーモンの背の蝙蝠の羽根を破いた。
それを見たアランは、グレーターデーモンは、もう空を飛べないと判断したか、地系の魔法を使った。相手の動きを封じる呪文だ。
「彼女は汝を部屋に招いた。北の大地、木の香りに包まれワインを飲めば安眠できる。目が覚めれば一人。ノルウェーの木!」
太い木の根が蛇のように動きグレーターデーモンの身体に巻き付いた。脚をつたい、胴体、首、腕と締め付けていく。
しかし、アークデーモンは空に飛びあがって逃げた。トリスタンがここまで使っていた通常の矢から毒矢へと切り替え狙撃。アークデーモンの腹に刺さった。深くは刺さらず、毒も効きにくいが、まったく効果がないわけでもない。一旦ガクンと高度が下がるとパーシバルが跳躍し、槍で足首を斬りつけた。
「善行と慈悲を執り行う。悪しき者を排除し正しき者を導かれたし。粛清!」
すかさずジーンが白魔術の除去呪文を詠唱。上空から白い光が降り注ぎアークデーモンを包むと光量が増し、真っ白にハレーションを起こすと徐々にもとの明るさに戻るが、そこに悪魔の姿はない。
「やったか!思っていたよりも上手くいった。皆、よくやりました。」
トリスタンが労うが、本当に予想以上に早く済んだ。マナアローヘッドを温存したまま、ほとんど通常の矢のみで片付けたばかりか、狙撃手のトリスタンが六芒星魔術さえ使う事がなかった。ジーンの白魔術も強力だった。アークデーモンが跡形もなく消えたのだ。そしてグレーターデーモンにゆっくりと止めを刺し、エントのもとへ戻った。
オズワルドとホリスターはエルフの空中都市アッパージェットシティでフェザーライトの修繕をしながら他の素材の融通についても交渉し、魔法の釉薬や予備の木材、良質なトークンなどを買い付けた。フェザーライトが万端となると、地上へ。ドワーフの鉱山都市デズモンドロックシティの郊外の集落へ寄った。
仮称だが、ラヴェンダージェットの里と呼んでいる場所。かつてラヴェンダージェットシティに住んでいたが、散らばってしまったダークエルフたちをオズワルドが探し出してはオズマとメイがフェザーライトでスヴァルトアルフヘイムに連れ帰り、ドワーフに間借りした土地で暮らしている。この十年の間に保護したダークエルフは二百人ほど。
「陛下、お帰りなさいませ。」
「いやいや、陛下は止めようよ。毎回言ってるけど。」
「ホリスター様も」
「おう、おれは元気だよ。今回はちょっと忙しくてな。珍しい食いモンを少しだけもってきたが、またすぐに行かなきゃならない。調理法の説明してる時間も惜しいんでな。スープにでも放り込んで煮て食べてくれ。」
ホリスターは取調室の賄い食になっている餃子三百人前二千個ほどをフェザーライトから運ばせたが、餃子の説明もそっちのけ。早く鉱山に行こうとそわそわしている。
「スヴァルトアルフヘイムの外の世界では大変なのですよ。悪魔が絡んで戦争になっている。それを止めなければいけないので、今回はオズマも来ていません。里の皆さんに何事もなければ、それで結構。今回はこれで失礼しましょうか。」
オズワルドとホリスターはレアメタルの鉱石を船に積み込み、いつでも出航できるようにして待機した。しかし、メイやトリスタンと合流してみれば、上空を目指して飛べと言う。目的は世界樹のなかでも一番大きなもの。宇宙樹。
青い月の妖精の棲み処がアルフヘイム。
地上の北方の地にある妖精と邪妖精の棲み処がスヴァルトアルフヘイム。
青い月にはヴァン神族が棲むヴァナヘイムもあります。




