第143話 精霊王
メイが天を仰いで転がるゴーレムに近づいて調べ始める。淡い暖色系の光を反射する特徴のある素材。三大希少金属ほどではないにしても、とても堅牢で高価な希少金属、タイタニウムで出来たゴーレムだ。
土、木、石などの素材のゴーレムならば、モンスターとして自然の中で発生することはあるが、金属のものは精錬が必要であるため、人の手が加わっている。ただ、創造主が死んでしまった場合などには自律的に動けるゴーレムは『野良』として存在することもある。とくにタイタニウムなどのメタルゴーレムは、余程高い技術を持っていなければ造れない。
「表面の汚れ具合だと、まだ新しそうだよね?」
「そうね。ノラゴーレムではないと思うわ。おそらく術者がまだ近くにいるわよ。」
ジーンとメイの会話を聴いたトリスタンが、素早く弓を構え、たて続けに二本の矢を放った。物音から複数の人の気配があると判断した。ゴーレムに自分たちを襲わせたということは、悪意を向けられている。情けは無用であると思った。
二本の矢は、それぞれ命中して二人の男が倒れた。見事に急所を捉え、ほとんど即死。
「しまった。外しておいて、情報を得るべきだったか?」
「お見事です。トリスタン卿。」
メイは情報を得ようとは思っていないのか。男たちを仕留めたことを良しとしていた。
「この男たちは問い詰めても、何も吐かないでしょう。ほら。」
メイが前のめりに倒れている片方の男を足蹴にして身体をひっくり返して仰向けにすると、軍服らしい衣服の胸に紋章があった。それは、ナマズと王冠をあしらったデザインの軍隊符号。ノースガーランドの王族直属の親衛隊である。
「なるほど。北の親衛隊か。厳しい訓練を受けた特殊部隊だ。自白するくらいなら舌を噛んで死ぬ連中だな。」
「ノースガーランドもゴーレムを造り始めたってことですね。バルナック戦争に巻き込まれることを警戒しているんでしょうか?」
「この先、国防のためには自国にもゴーレムが必要だと考えたんだろう。しかし、そのために迷いの森でゴーレムの試験運用か?北のオサマ王。とんでもない曲者だと評判だが。」
このゴーレムを細かく調査したいところではあるが、他に目的がある。捨て置いて森の奥へ進むことにする。歩を進めながら北のゴーレムのことを話したが。
北のゴーレムは基本的のララーシュタインのゴーレムのコピーだろう。ただ素材のタイタニウムは軽くて頑丈な金属なので、その分だけ動きは軽快かもしれない。もっとも加工は難しい素材なので、バルナックのように大量には運用できないのではないかと思われる。
『迷いの森』と呼ばれるだけあり、地形は複雑。風向きなども頻繁に変化する。同じ場所を周ったりしながら、やっと妖精たちの群生地に到達した。
光の精霊マメゾウ、水の精霊アゲハが、自分たちが交渉してくるので此処で待てと言う。迷いの森に棲む精霊王は、森の精霊エント。マメゾウもアゲハも種族としてはスプライトという妖精。本来は草の精霊。植物の精霊世界の下位精霊。大樹の姿をしたエントはマメゾウやアゲハの直接の上位の存在。礼を欠かねば交渉出来る。そして、植物の精霊世界は、世界樹、宇宙樹そのものであり、上空に世界樹、宇宙樹が浮かぶ、この白と黒の妖精の国では、エントと交渉できれば、ほぼ全ての精霊に関わることも不可能ではない。かつて、レイゾーもここで時の精霊と契約し英雄の職能を得た。
マメゾウとアゲハが樹齢数百年もありそうな大きな古木に挨拶すると堅い木の表皮が動いて皺ができ顔が浮き出た。目尻が下がった老人に見える。
「ほう。ガーランドのスプライトか。ガーランドに比べてここは寒いだろう。遠いところ、よく来たな。用件はなんだね?」
「エント様。今ガーランド群島では、人間たちが戦争をしています。ですが、その戦争を煽っているのは悪魔なんです。この人間たちは悪魔と戦っています。この人間たちに協力してくれる精霊を探しています。」
「おまえたちは、協力して悪魔と戦っておるのだな?」
「「はい。」」
「ふーむ。」
アゲハの話に耳を傾けたエントは、しばし黙り込み何かを考えているようだ。目を細める。
「大弓を持った長髪の男。そなたにならば加護を与えても良いというサンドマンがおる。」
トリスタンは、まさか自分の事かと信じられない気持ちが強いようだ。サンドマンは眠りの妖精。砂袋を背負っており、その砂を目にかけられた者は、深い睡眠に落ちる。悪魔と戦うために役に立つとは思えない妖精ではあるが。人を眠らせるならば使い道はあるはず。
「それは、ぜひお願いしいたい。」
トリスタンが願い出ると、次にはメイが話し出した。ダークエルフは、もともとこのスヴァルトアルフヘイムの住人であるし、そもそもエルフは半人半妖精である。
「エント様、私はオズワルド・オズボーンの娘。メイ・オズボーンです。悪魔を操っている者が、魔王を名乗っています。そして魔女の一人が、それに協力しています。魔王に対抗できるのは勇者だと聞き及びました。
こちらの少年は、その光の精霊マメゾウに加護を受けておりまして、勇者になれる資質があるのではないかと考えております。勇者になるために時と空の精霊に会わせていただけないでしょうか。」
「ラヴェンダージェットシティの姫様。オズボーン一族も戦っておるのか。それは・・・。ガーランドの戦争は所詮人間の戦争だと高を括っておったが。放ってはおけないか。
姫様よ。一人の人間が、一度に複数の妖精の加護、契約は難しい。それはわかっておるかね?」
「あ!そ、そうでした。」
「しかし、方法はある。条件付きでだが。
月の妖精の国と違い、地上のスヴァルトアルフヘイムは、邪妖精の棲み処でもある。つまり、元々悪魔に近い者も棲んでいる。それが、最近のマナの乱れによって、悪魔やその手先も入り込んでいる。」
スヴァルトアルフヘイムにとって、悪魔そのものの存在は歓迎されない。宇宙樹に悪い影響があるためだ。スヴァルトアルフヘイムに潜む悪魔を見つけて退治し、その後に宇宙樹へ行けば、宇宙樹がなんとかとりなしてくれるかもしれない。世界樹、宇宙樹を守る特別な存在があり、それが勇者に関わっているのだとエントは言った。
ジェフ王暗殺の仕事を終え、ジャカランダからバルナックへと戻ったレッド男爵は、ウィンチェスターへと報告。すぐにララーシュタインにも知らされた。
「そうか。御苦労。」
「閣下。あまりお喜びではないようにお見受けいたしますが・・・。」
「いや、そう見えるか?ウィンチェスター。」
「閣下。一つ提案がございます。おばば様の手駒ですが。オーギュストにカミーユでしたか。使い潰してかまわないという事でしたが、助けてはいかがでしょうか。おばば様に恩を売るのもよろしいかと。」
「ほう。そんな事を考えておったか。よし、やってみよ。」
オーギュストとカミーユは、ジャカランダから逃げ出す機会を失い、民家の倉庫に隠れていた。普段ならば領域渡りを使い、すぐに街の外へ出てしまえば良いのだが、戦時中の今は敵の侵入を防ぐため、やたらに渡りを使えないように磁場を狂わせる砂鉄などの磁性体が街中に撒かれている。徒歩などの手段で外を目指すために、また暗くなるまで、深夜まで身動きが取れなかった。しかし、王を暗殺し、王城に火を放ったことで警備が厳しくなっている。夜になっても逃げ出せるかどうか。
ウィンチェスターは二人が逃げ出すためにジャカランダで騒動を起こせば良いだろうと考えた。なにも手取り足取りしなくても少し手を貸してやれば、自力で逃げ出せるはずである。しかし、そのために別の工作員を再び侵入させるのでは、成功しないだろう。その工作員が捕まって終わりだ。半ば強引な手段で行うことにした。だが、これはまた新型のゴーレムのテストだ。ゴーレムの運用には長けていたデイヴがいなくなったため、その穴埋めも考えねばならなかった。
マッハ男爵を呼び出し、新しいゴーレムを見せつけた。エイ型の『シュミット』と同じく海軍と空軍の両用のゴーレム。潜水、飛行に加え、脚での地上移動まで出来る本当の汎用型。空を飛ぶ揚力を生む形状のボディは格闘には向かないが、体当たり攻撃ができるように甲羅のごとく、これまでよりも頑強である。
「マッハよ、この新型のゴーレム『スパングル』でジャカランダを爆撃してこい。『シュミット』の発展型だ。まだ一体しかないが、これには十本の脚があり、十発の爆弾を持てる。」
厚くて丸い円盤のようなボディの下部に五対十本の脚。サーベルのように細くて長い尾。カブトガニをモチーフとした重爆撃機。
空軍の滑走路に大穴が空いたままのバルナックではあるが、王を失ったジャカランダをさらに混乱させるため、空の要塞ともいえる新兵器が海から出発して行った。
ララーシュタイン側に陸海空をいけるゴーレムが登場しましたが、まだタロスの修繕は終わってませんねえ。どうなる?