第141話 四者会談
ジャカランダの王城の中心部の構築物が突風で砕かれ瓦礫が宙に舞う。その突風は赤い炎を纏った摂氏千度を超える高熱。燃え盛る瓦礫が周囲に飛ぶと火災はさらに広がった。
このままでは王城が焼けてしまうし、それ以前に自分自身も逃げられないと皆が覚悟したとき、ゴードンが駆けつけた。ゴードンが持つ職能は君主というもので、騎士の最高位聖騎士と神職高僧の特徴を併せ持つ。王族として、これ以上ないと言い切れるくらいの理想的な職能。
ゴードンは白魔術で攻撃魔法全般の威力を押さえる結界を造り、それによりバージルが咳き込みながらも風の精霊を召喚。旋風を起こした。オーギュストの起こした火災旋風とは逆向きの時計方向、下向きのダウンバースト。火災旋風を相殺した。ジョンは大量の水、霧を呼ぶ魔法を使い温度を下げ、父王の亡骸を確保しにガウェインと共に火の中へ飛び込んだ。
ソフィアは柱の影に隠れて暫くやり過ごし、その後は自力で逃げ道を探して脱出した。オーギュストを討つことはできなかったが、魔法などを使うことがなかったのは幸いだった。次に備え、手の内を晒さずに済ませる事はできたからだ。直接オーギュストに対してのものではなくても、目撃され、情報を与えるのは不利になる。次には必ず、との思いを強くした。
そしてオーギュストの情報を得るためには、この暗殺騒ぎの被害者側につくのが良いかと考え、バージルを助けに行く。肩を貸して歩き、王城の中心部から連れ出した。
レッド男爵は火災旋風の上昇気流に紛れ、空を飛んで王城から逃げ出した。だが、地上では、真夜中とはいえ、大きな音と炎で目を覚ました人々が王城の周囲に集り人だかりとなった。
「火を消せ!」
「皆を起こせ!」
「子供を避難させろ!」
オーギュストとカミーユは民衆に紛れたが、やはり革鎧や帯刀などの姿では目立つ。暗闇へと向かって歩き、目立たない場所の倉庫の中へと隠れた。
ファーガスは騎士であるために民衆はとくに怪しむことはないものの、背中の血を見られれば驚かれる。目立たぬようにとゆっくり歩いたが、後ろから声を掛けられた。
「ファーガス、怪我か?どうしたのだ?」
ファーガスが振り返ると、そこに立っていたのはケイ伯爵。ケイは訝しい目でファーガスを見ている。ケイは王城へ向かっていたのに、ファーガスはむしろ王城から遠ざかる方向へ歩いている。そして背中の怪我。
「お、おお、ケイ卿。今、怪しい二人組を見たので声を掛けたのですが、いきなり切り掛かって来ましてね。応戦しましたが、思いのほか腕が立つ。不覚を取りました。」
「ほう。二人組。で、城の様子は?」
「大きな火柱が上がったが、それ以外には、某には分かりかねますな。」
「うむ。城の中心あたりだ。気に掛かる。余が見てまいろう。卿は商業地域まで抜けて、そこで手当を受けるが良いだろう。」
ケイ伯爵が背中を向けると、ファーガスが剣を抜き腰の高さに構えた。そのまま背中の傷の痛みを堪えてケイに突進。体重を掛けてケイの背中へと剣を突き立て、腹まで貫通した。そのままうつ伏せに倒れ込み、ファーガスは剣を持った手に力を込め、ぐりぐりと引っ掻き回し、ケイの呻き声が聴こえなくなるまで、しつこく繰り返した。
これを目撃した市民が悲鳴をあげると、ファーガスは剣を鞘に収め走って逃げた。背中の傷は浅い証拠か。
夜通し消火活動などに追われ、翌朝、ジェフ王の突然の死が市民に知らされると、ジャカランダ全体が驚きと悲しみで一時静まり返った。
スヴァルトアルフヘイムに入り大空を進む飛行船フェザーライト。トリスタンにスヴァルトアルフヘイムの事を説明するオズワルドだが、異変に気付いた。隣に立つホリスターに確認してみる。
「ホリスター。妙じゃないかな?何故アッパージェットシティがこんな低い位置にいるんだろう?もっと遥か上空にいるはずなのに。」
「やっぱり、そう思うか?何かあったのかもしれねえなあ。まあ、行ってみりゃあ分かるだろう。急ごうか。」
オズワルドはダークエルフの王である。そのダークエルフの空中都市ラヴェンダージェットシティは、すでにないが、神託を受けられる人物はたった四人しかいない。このスヴァルトアルフヘイムの地上のラビリンス迷いの森の中に住むエルフ、ダークエルフの王たち。そして、それぞれの空中都市、アッパージェットシティとラヴェンダージェットシティの領主。
エルフの空中都市アッパージェットシティは地表と神や天使の棲む白い月の中間地点が定位置のはずなのだが、地表の迷いの森の王たちがアッパージェットシティに集い、三者会談の最中であった。そこへ突然の訪問ではあるが、四人目のダークエルフの王オズワルドが加わった。急ではあるが、エルフの王の四者会談である。
その会談の議題は宇宙樹について。宇宙樹とは、まさにこの世界そのものとも云えるユーロックスの象徴。この世界の環境が健全なものであるかの指標となる。イグドラジルが浮かぶ高度は七千から八千メートルの上空であったはずが、すっかり下がり、地上から肉眼で視認できるくらいの高さにある。葉にも枯れたものが混ざっている。
アッパージェットシティからイグドラジルへ定期的に飛行船を差し向け。調査管理しており、三年前から兆候があるが、一時おさまっていたという。それが、この数カ月で悪化した。思い当たるのは、バルナック戦争だ。それも戦争そのものではない。バルナック、ガーランド群島に限らず、ユーロックスのどこかで戦争は起こっていた。バルナック戦争に特有のものといえば、おそらく悪魔が地上に実体化し戦争に関わっていることである。
三年前の第一次バルナック戦争では、ドルゲ・ララーシュタイン一世が悪魔を召喚し、長男のユージン・ララーシュタインがその悪魔を行使して戦争となった。今回は三男のドルゲ・ララーシュタイン二世が三体の悪魔を行使して戦争をしている。上級悪魔が実体化、活動することでイグドラジル、いやユーロックスの世界そのものの力が衰えているのだとすると辻褄が合う。各地でのモンスターの異常発生、ラビリンスオブドゥームのオーバーラン。そしてエルフにか分からないこととしては、神託の回数が減っている。
この世界の安定のため、細々としたこと、長期的な目標であっても、定期的に神託はあるものだが、間隔が長くなってきており、エルフに対してどうこうというよりも、他種族のやることを見守るなどの指示になっている。エルフが、その能力を活かして積極的に干渉するようなものではなくなっている。
このままではいけないと危機感を持ったエルフの王たちが集まったのだった。そこでオズワルドが発案した。
「実を言うと、半年前、私のもとに神託が降りました。ララーシュタインの悪魔の軍団を滅ぼせというものです。今、我々オズボーン家は、ガーランド群島にて、人間側に付き、悪魔の手先ともいえるララーシュタインと戦っております。
エルフの国々に参戦すべしとは申せません。ですが、是非ご協力願いたいことがございます。」
エルフの国の自衛のために、人間が開発した新型の武具を買い上げて欲しいこと、その金子で飛行船フェザーライトの修繕と今後の戦いに備える素材、物資の提供を受けたいことを伝えた。
「どれもグローブから転移してきた異世界人からの発案だが、製作したのは儂らドワーフの職人、ホリスター派でさあ。品質は保証しますよ。それから実演でお見せできます。是非。」
ホリスターも推した。ホリスターの口利きでラヴェンダージェットシティに暮らしていたダークエルフたちが、ドワーフの都デズモンドロックシティに間借りしていることや、日頃から出来の良い金属加工を行っていることもあり、ホリスターはエルフたちからも信頼は厚い。
それから弓の名手トリスタンが、対食人植物クロスボウとマナアローの試射を見せ、パーシバルも加えて変形魔法の杖『銃剣』も披露した。これが、思いの外好評であった。
エルフたちが暮らすラビリンス『迷いの森』でもモンスターが多くなり、実際にトリフィドが出現している。また人間にくらべて魔法使いが多いエルフには『銃剣』も有用だった。攻撃魔法の命中率、運用率を上げ、いざとなれば接近戦も可能だ。
大量の新兵器の注文を取り付け、フェザーライトの修繕と素材や物資の提供が約束された。これで一応の目的は達成され、オズワルドとメイの領域渡りで、白と黒の妖精の国内にあるドワーフの都デズモンドロックシティへ跳んだ。これから、もう一つの目的のため、ラビリンスに入る。トリスタン、パーシバル、アラン、レイチェル、ジーン、メイの急造パーティが、迷いの森へ挑む。
人間もエルフも、これから王族の動きが大きくなります。




