第139話 スヴァルトアルフヘイム
エルフの国へ。
クララに腕を引っ張られ、半ば無理矢理に起こされた。優しくキスして起こすとかにしてくれないのかね?などと思っていると、クアールが頭を擦り付けてきた。いや、そんなに優しくない。ほとんど頭突きだ。
「了ちゃん、おはよう。」
「まだ眠いよ。」
「顔洗ってきて。散歩にいくわよー。」
クララに腕を引かれて、海岸線を散歩する。これ、普通に考えたら腕組みデートなんだろう。申し訳ないが、今は身体が重くて、かったるい。
そして、クアールは後ろを付いてくる。リードを持ってれば犬の散歩みたいだが。
「すっかり了ちゃんに懐いちゃったわねー。サキよりも了ちゃんが好き?」
「そういえば、俺と一緒にいる時間長いなあ。」
「ねえ、名前付けてあげようよ?」
「あー、そうかー。サキの許可がいるだろー。」
「事後報告で大丈夫だと思うー。どうする?」
「あー、じゃあ、『ロデム』。」
「ロデム。どんな意味?」
「よく似た動物にそんな名前付けてる話があった。」
この俺達の何気ない会話を少し離れた場所から見ている精霊たちがいた。オキナ、ジラース、ヤンマ。
「火蜥蜴さんよ、どう思う?」
「快方に向かっておる。もう少し休ませれば大丈夫だろう。」
「あれで良くならなかったら、クララの方がかわいそうだろ。」
ホリスターたちドワーフは工房にも使えるように、空き家となっていた工場兼住居の建物をあてがわれ、共同生活をしながら武具の制作をしている。今はそこにオズボーンファミリーも一緒にいた。飛行船フェザーライトの船室で十分暮らせるのだが、そのフェザーライトは傷つき修復中。東側の海へ毎日通って修復作業と古文書火炎奇書の解読をしている。
フェザーライトの船室にホリスターがぼやきながら入って来た。フェザーライトの修繕は、仮の素材で行われているため、見た目ほど良くはないのだろう。
「おおい、オズマ。オズワルド。ちょっといいか。」
「良くない。」
オズマは素っ気なく答えた。解読作業がいいところまで進捗している。そちらに集中したいらしい。
「まったく、相変わらず人の話を聴かねえな。この唐変木。」
「いや、僕と話そう。ホリスター。」
「そうそう。この馬鹿伯父貴は放っておいて。」
「おう。そっちはそっちでやってろ。任せる。」
フェザーライトとタロスの修繕のための素材が不足している。ただ修復のためのこれまでと同じ物だけではない。改良する新しい素材が必要だった。
「オズワルド。分かってんだろ?俺達の目的。強化は不可欠だ。」
「そうだねえ。具体的には?」
「フェザーライトは応急処置でなんとか飛べる。戦闘は避けなきゃならんが。スヴァルトアルフヘイムへ行こう。デズモンドロックシティで鉱石、アッパージェットシティで木材と釉薬を手に入れたい。」
「そういう事か。」
「だが、人手もない。領域渡りとストレージャーで何とか出来る大きさじゃないから、フェザーライトで行ったほうが手っ取り早い。フェザーライトはドワーフではなくエルフの技術で出来てるからな。できれば、あっちの船大工の手を借りたい。」
「オズマには巻物の解読を続けてもらおう。ドワーフの職人たちも仕事が手一杯だな。行くのは、僕とホリスター、メイ。あとはクランSLASHに相談する。」
「ほい、きた。すぐ行ってくるね~。」
メイはそそくさと取調室へ出掛けて行った。
クランSLASHとしては、メインの二つのパーティは、今は無理。取調室の店員も、戦力の要のフレディとディーコンは、怪我もあり休ませたい。あと戦闘力としてはシーナがいるが、タムラがいない今では店の厨房の主戦力である。
レイゾーは領域渡りを使い、ジャカランダからトリスタン、パーシバル、アラン、レイチェル、ジーンを連れて戻り、この五人をフェザーライトに乗せて行くようにとメイに言った。想定外のことがあっても、この面子でなんとかできるはずだと。
実はレイゾーとしては、かすかな期待がある。スヴァルトアルフヘイムは、亜人、妖精や邪妖精が住む北の土地。精霊も多い。この五人、とくにジーンに精霊の加護や契約の機会があれば良い。ジーンには『勇者』になれる可能性がある。
「ジェフ王とガウェインには許可もらってきたよ。」
「ありがとうございます。」
国王に謁見し、即決で王子と騎士の出張を認めさせるのはレイゾーにしかできないだろう。成人して間もない王子にスヴァルトアルフヘイムを見せるのは、将来の外交で役にたつと言いくるめてきたのだった。
素材の運搬にはドワーフたちが所有する自動人形を数体積んでいく。これで、タロスとフェザーライトの強化も行えるはずだ。そして何故か、タムラが発明した武具。対食人植物クロスボウとマナアローも。
都合八人を乗せ、フェザーライトは北の空へ旅立った。応急修理と云いながら、かなりの速度を出している。近づくにつれて鳥が多くなっていく。数時間で目的地付近へ達した。四方を高い山に囲まれた大きな谷の中にある盆地。白と黒の妖精の国。人間の街、ドワーフの都市、小人の村、ゴブリンやオークの集落、エルフの空中都市。迷宮である広大な森があり、エルフやダークエルフの棲み処は空中都市だけでなく、この森の中にもある。何よりも驚いたのは、雲に交じって樹木が空に浮かんでいる。
「どうなってるんだ、いったい?この世の物か?」
パーシバルが目を丸くしていると、メイが答える。
「あれは世界樹です。雲に入ると大きく広げた根っこで水分を取り入れます。地上にも同じ木が自生していますけど、大きくなると空に浮かびます。このフェザーライトも一部の木材はあれなんです。
そして一番大きな世界樹は宇宙樹と呼ばれてます。」
「それで、この船は空に浮かぶのか。凄いな。」
世界樹から世界樹へと無数の鳥や昆虫が飛び回っている。色鮮やかなものが多く天国とは、こんな場所なのだろうかと錯覚させる。
「これは絶景。オズワルド殿やサキ殿は、こちらのご出身なのか?」
トリスタンがオズワルドに訊いてみた。興味津々のようだ。
「私が生まれた空中都市は、もう今はありません。サキは空中都市『アッパージェットシティ』の出身ですよ。ほら、あれです。」
オズワルドが指差した先には、とんでもなく大きな半球が浮いていた。直径二十キロ。球面を下に。上面の平面には、都市が築かれており、中心には高い塔。外周には港の桟橋のような物が張り出し、フェザーライトによく似た船が見える。
ホリスターがトリスタンに話す。これからトリスタンに期待していることがあるのだと。
「トリスタン卿が来てくれて助かったぜ。エルフの都で、この船の修理を依頼するが、まずは先立つ物がねえとどうにもならねえ。タムラが発明した対トリフィドクロスボウとマナアローを売り込みに行く。エルフの王様の前で試技をして欲しいんだ。少しでも高く売り込むためにな。」
ガーランド群島に召喚された複数のデーモンの影響は遠い地にも及び、スヴァルトアルフヘイムでも、新種のモンスターなどが発生している。戦争をするわけではないが、自然の脅威からでも生活の場を守るため、戦力の強化をしなければならないのは、何処でも同じだった。魔法に長けたエルフでも呪文を使えるのは二人に一人程度。とくに森で暮らすエルフにとって対食人植物クロスボウなどは有益だろう。
この日の夜、オーギュストとカミーユが泊る宿の向かいの建物に部屋を借り、ずっと見張っていたソフィアは真夜中に宿を抜け出す二人を発見し、後をつけた。やはり王城へと向かっている。途中ファーガスと落ち合った。
その時に気付いたのが、もう一人、自分以外にもオーギュスト、カミーユ、ファーガスを見張る者がいたことだ。夜の闇の中といえ、大きく肥えたその身体は目立った。オーギュストたちには気付かれないよう上手く立ち回ってはいたが。仇討ちの邪魔になるならば一緒に始末しなければならない。そうなれば相手は四人。不利な状況になる。しかし、何年も追い続けやっと見つけた仇を諦めるわけにもいかず、ひとまず尾行を続けることにした。
城の周囲に戦争に備えて張り巡らされた馬防柵や土塁を縫って歩き、人目につかない裏口のような出入口から城内に入った。
今回のネタ。ロデムは、バビル2世の三つの僕の一つ。
次回、王城へ忍び込んだオーギュストとカミーユについて。