第13話 攻略戦
テオのダンジョンの外でセントアイブスの街を守るため騎士団が魔物と戦っていた同じ頃、内部構造に変化が生じた迷宮で、命からがら迷い歩き、疲れて座り込む中年夫婦の姿があった。ギルドに捜索願いの出されていた探索者だ。運悪く迷宮のオーバーランのタイミングに遭遇してしまい、迷路や罠が組み替えられていくなか、3日間を生き延び、このテオのダンジョンの中で過ごしていた。
英雄レイゾーの冒険者パーティ AGI METAL のサポートとして潜入した騎士団一個分隊が、この2人を3階層で発見した。隊員たちは、信じられない事態に驚き喜んだ。探索者夫婦の話では、回廊が広がり、天井が上がり、ダンジョンが成長する様子、慌てふためいたクリーチャーや大型のモンスターが階段を上がっていくのを目撃したのだと。鱗に覆われた蜥蜴のような怪物、歩く樹木。5年前の記録にあるリザードマン、それに昨日の報告にあったナナカマドのツリーフォークであろう。
分隊長は探索者2名の保護と、リザードマンが地上に向かっていることを知らせる必要があると考えた。リザードマンは固い鱗のせいで、通常の攻撃をほとんど受け付けない。5年前にもこれで何人もの騎士が落命した。英雄のパーティのサポートとして役目を果たせていないのが口惜しいが、ダンジョンを出ることを決めた。
同じく英雄たちのサポート目的の冒険者パーティ、最後の一組は魔物と遭遇し戦っていた。こうして魔物と戦うこと自体が目的に合致しているはず。英雄たちの負担を少しでも軽くすることだ。それにしても4メートル程もある一つ目巨人が3体とは。
サイクロプスとしては小さいが、それだけに|動きは見た目よりも軽快で、棍棒を持った魔物が3体も暴れていては手が付けられない。振り回された棍棒を避け切れず、盾で受けても体ごと弾き飛ばされる。巨人の膝下を剣や槍で突いては動きを封じ込めに掛かるが、相手は腕の長さに棍棒の分を足したリーチがあるため、上半身を攻めて致命傷を与えることが適わない。熟練の冒険者たちも埒があかず、我慢比べの長期戦。それでも回復役の魔法が間に合わず、打ち身や擦り傷が重なり、だんだんと押されつつあった。
このままでは危ないと、皆が思い始めたところ、巨人たちの後方の壁が轟音とともに爆ぜ、崩れ落ちた。大穴が開いた壁の向こうには、英雄たちのパーティがいた。重装板金鎧の3人の男女が並び立ち、穴の真ん中で正拳突きのポーズをとったままの大柄な男が開口する。
「よお、お前ら、よく頑張ってるじゃねえか。帰ったら取調室でカツ丼おごってやるよ。」
「マスター!」
レイゾーのパーティ『AGI METAL』のメンバーで冒険者組合の支部長、ガラハドが隣の通路から壁を穿ち、巨人たちの背後を取った。挟み撃ちの形になる。片手半剣を持ったレイゾーが駆けたかと思うと、一瞬でサイクロプスの背中を斬りつけ、返す刀で、もう一体も斬り伏せた。重い鎧を着込んでの動きとは思えない速さ。実はこれこそが、パーティ名の由来。AGIとは敏捷性のこと。そして鎧もアダマンチウムという希少金属の特別製だ。
「灰は灰に《アッシュトゥアッシュ》!」
残りの一体は探索者組合の支部長で魔導士でもあるマリアの攻撃呪文で粒子状になり崩れ去った。格の違いを見せつけた、あっという間の出来事だった。
「皆、大丈夫かい?よく此処まで潜ってきたね。此処は7階層でいいんだっけ?マナプールを幾つか壊せたかな?」
レイゾーが現状の確認をする。マナプールを破壊するか、魔物を退治した分だけ、このダンジョンのオーバーランを抑えられるが、他のパーティでも戦果は芳しくないようだ。同行していた騎士4人のうちの半数は、すでに他のパーティを助けるためにダンジョンの外へ向かわせていた。いち早く潜入したこのパーティは、それなりの数をこなしたらしいが、それでも出現する魔物の量が多いままなのは、まだ先が長い事を示している。
「この先は、僕たちだけで行こうか。皆よくやってくれたね。おかげで、ここまでは、随分楽に進んできたよ。ところで、ラビリンスウォークの能力を使えるメンバーは?」
「いますが、消耗していますので、すぐには無理でしょう。少し休憩をとらせてもらっても、1階層ごとに戻るようになるくらいかと。」
「よし、では僕たちと一緒に来た騎士2名は、このパーティを手助けして外に出てくれ。」
迷宮渡りとは、迷宮内の移動手段。探索者として熟練するか、ギルドの講習を受け、付与魔術によって能力を授かることで使用できるようになる。マッピングの魔法と組み合わせて、一度行ったことのある場所へ瞬時に移動することが可能だが、ジョブが探索者か冒険者であり、四極魔法か、五芒星魔術を使えることが前提だ。魔力も消費する。要するに、魔法使いのいないパーティは、すぐに外へ出られなくなるために、ものすごく危険だということ。どんな怪我をしても疲れても、一歩一歩自分たちの脚でもと来た道を引き返して迷宮から出なくてはならない。ちなみに冒険者の場合には、さらに野外を移動する領域渡りという能力が加わるが、フィールドウォークは限定的な能力で、ラビリンスの中などでは使用不能。両方の能力を持ち、使い分けることだ。
騎士2名が持つ渡りの能力によって、冒険者たちの最後の一組を外へ逃がす。そして、このダンジョンに挑むのは、レイゾーたち3人のパーティのみとなった。
「マリア。このダンジョンは確認されているのは、10階層までだったっけ?」
「ええ、そうよ。全てのマナプールを片っ端から当たるよりも、さっさと深い階層のマナプールを壊すほうが、効率的よね。」
「お二人さん、分かったよ。最短コースを行こう。」
ガラハドが片膝を着いてしゃがみ込み、床に向けて拳を打つ。放射状に四方に向けて大きなひびが入り、ダンジョンの床が大きな音をたてて崩れ、抜けた。瞬く間に、これを3回。レイゾーたち3人は、瓦礫だらけの10階層に降り立った。
土埃が視界を塞ぐので、とりあえず明るい方向へ前進してみると、甲高い音が幾つも近づいてきた。身長30センチくらいの赤ん坊のように見える。が、腹がポッコリと出っ張り手足は細く、耳が尖り背中には蝙蝠のような羽根があり、パタパタと羽ばたいて飛んでいる。そして手には小さな槍のような尖頭器を持ち、矢じりの付いた細長い尻尾まであり、禍々しい鉛のような体色。
「インプだね。珍しい魔物がいるもんだ。」
「さっさと片付けるわ。 言葉の数だけ犬死に無駄死に針の山!」
マリアが唱えた攻撃呪文は周囲に無数の針を飛ばし、インプを串刺しにしてはマナとして散り、煙になって消えゆく。マリアの言葉通り、さっさと片付いた。
しかし、そのインプたちの影に隠れ、盾として利用し、生き延びている小悪魔もいる。背中の羽根はなく飛びはしないが、切れ味の良さげな鋭いナイフを持った鬼気迫る表情の子供のぬいぐるみ。殺人人形だ。インプよりは少しだけ大きいか。
「へえ。これも初めてだ。興味深いね。」
と言うなり、レイゾーは床面を蹴って距離を詰め、上段から殺人人形に剣を一閃。唐竹のように真っ二つになるかと思われたが、なんと人形はナイフでこれを弾いた。続いて細かい突きを重ねたが、これらもナイフで受け流し、右へ左へ跳躍して走り回る。
「おっ、やるね。小さな人形だけど連続殺人犯の魂が込められてるって伊達じゃないね。
ガラハド、マリア、この動き、憶えたかい?」
「おうよ。いつまでも遊んでなくていいぜ。」
「そうね。嫌な予感がするわ。インプにチャッキーってことは、親玉がいるんじゃないかしら。」
レイゾーは下段の構えから剣を横に薙ぎ払い、チャッキーを上下に切断すると、通路の突当りに視線を送った。マナが濃い。マナプールがありそうな場所だ。
そこには、薄明りが差し込み、床面には三角形を含んだ魔法陣が現れた。その魔法陣はゆっくりと回りながら浮かび上がり、天井近くまで上がると、今度は逆回転しながら下降し、降りてゆく魔法陣の中心から、カーブした角が、ゴツゴツした頭にピンと起った耳が、虹彩が横になった目が出てくる。降りてゆくにしたがって、鉤爪付きの羽根が、黒い毛皮に覆われた胴が見える。やがて床面に戻ると、ヤギの半獣半人、悪魔となった。
「こんなヤツが実体化してるのか。天使なんかと同じ霊的な存在だから、受肉しなけりゃ、この世に出てこないはずだよね。」
「亡くなった探索者たちの遺体を贄としたか。3年前の残り火が燻ぶってたんじゃないかしら。多分ね。」
「面倒くせえな。こんなダンジョン。このデーモンを倒したら、宝玉もぶっ壊して、ダンジョン塞いだほうが、いいかもな。」
「まあ、なにはともあれ、悪魔を倒そう。これは僕たちがなんとかしないといけないだろうからね。」
ガラハドはさらなる肉体強化の補助呪文を受けてデーモンに飛び掛かり、マリアは魔除けのエンチャント呪文で守りを固める。レイゾーは片手半剣を両手に握り、召喚呪文で火の精霊火蜥蜴を呼び出した。
「実体化してるのは拳で殴れるし、剣で斬れるってことだ。まあ、いつも通りなんだけど、サラマンダーにも手伝ってもらうよ。」
悪魔、天使、精霊とは三すくみ、ジャンケンのような関係にあり、悪魔は天使に強いが、精霊には弱い。レイゾーは職能英雄として時の精霊と火の精霊に『加護』を受ける身なので、サラマンダーを呼び出して戦わせることができる。某変身ヒーロー番組のカプセルなんとかみたいなものである。
マリアが連続で魔法の防御呪文を唱え、ガラハドが打ちあい、サラマンダーが隙をみては火を吹き体当たり。デーモンは空中戦で抵抗してみせるが、ガラハドも、それは予想済み。デーモンの足を掴んで地面に叩きつける。それでも暴れ回るデーモンがサラマンダーを叩き払ったところへ、レイゾーは中段の構えから踏み込んで悪魔の腹部に剣を突き刺した。それでも致命傷にならないのか、剣を腹から抜こうと藻掻くデーモンの頭にガラハドが踵落としを決める。片方の角が折れ、叫び声をあげると、マリアが魔法の氷の槍を胸に突き刺し、止めを刺した。
「さすがに、しぶとかったね。さあ、マナプールを壊して周ろうか。」
ダンジョンの攻略は成った。しかし、気に障ることが多々あるのだった。
お盆中は時間がありましたが、明日から出張仕事。
次回のアップまでは、多少時間がかかりそうです。