第137話 侵入者
黒魔導士のオーギュスト・ジダン、剣士のカミーユ・メンデルが呼び出され、バルナック城の中心にあるララーシュタインの執務室へ向かって回廊を歩いている。スキンヘッドに長い髭、太い手足で筋骨隆々の初老の大男。軽いウエーブのかかった長い黒髪の美女。日本で見掛けたらとても怪しい関係に見える男女。
「魔女シンディもやっと俺達を頼るようになってきたか。」
「辛抱強く行動してきて良かったわね。でももっと懐に入り込まないとねえ。」
「今回の呼び出しについては楽に行くだろう。戦争の前線に出ろって話だろうからな。そうなれば、暴れりゃあいいだけだ。」
しかし、執務室に入ってみると魔女シンディはいなかった。ララーシュタイン直々の要件であった。
「余が立案した作戦に参加せよ。二人が適任だと判断し、おばば様からお前たちの身柄を借り受けた。」
オーギュストは執務室に呼ばれるからには、総統ララーシュタインにも目通りの機会があるかもしれないとは思っていたが、意外にも早くその希望が叶った。シンディが本命ではあるが、シンディだけでなく、ララーシュタインにもウィンチェスターにもパイプはあった方が良い。ララーシュタインに取り入ろうと必死だ。
「なんなりとご命令ください。総統閣下。何をいたしましょうか?」
「冒険者としてジャカランダへ侵入せよ。目的は王族の暗殺だ。」
「「!」」
「それは。まさしく。我々が適任でございます。必ず成し遂げて御覧に入れましょう。」
「やり方は任せる。とりあえず軍資金は用意するので、参謀本部へ寄るがいい。ただし、作戦後の救出はできん。自力で引き返してこい。軍資金だけ持ち逃げしたければ、やってみるがよい。」
ララーシュタインは、軽く二人に脅しをいれたが、オーギュスト、カミーユとしても目的があるため、金を持ち逃げなどするはずもなかった。翌日には、ジャカランダの冒険者ギルドにいた。
サキ、ガラハド、マリアの三人は、今日もクラブハウスへ。バルナック軍が仕掛けていった地雷の爆破処理だ。
サキは『傀儡使い』の二つ名を持っている。召喚士として魔物を魔法で呼び出し使役するばかりでなく、自動人形などの魔導具生物を操り、はてはタロスのようなアイアンゴーレムも使う。
このような傀儡を使うには、魔力が必要になる。精霊以外でも身体がマナからできている魔物などとの取引、契約には魔力を消費する。サキは桁外れに大量の魔力を持っていた。
まず、使い魔のリュウも生物ではなく魔物である。一見普通の鳥のようだが、見掛けだけだ。リュウは空を飛べるうえに、夜でも活動できる。偵察や連絡の手段として大いに役立っていた。
そして、普段ストレージャーに数体隠し持つ自動人形。これはホリスターたちドワーフが造った物で、自律的に動くという面では、ゴーレムに似ている。戦闘力はたいして期待できないが、人間同様の五本指を持つので、道具を使える。ある程度の武器を持たせ数を揃えれば、死を恐れずに突撃できるので、脅威になり得る。が、やはり、人が出来るが危険な行為や、長丁場になる事の代行が、一番の使い道となろう。
ゴーレムは大きいだけに直接の戦力として使われる。囮として敵を引きつけたりもするが、今回のように地雷除去をするなど稀なケースだろう。
オートマトンとゴーレムに関しては、回収が困難な場合には、そのまま捨て置かれることもある。事実、この第二次バルナック戦争が始まって、サキは二体のオートマトン、一体のストーンゴーレムを回収せずに置いてある。オートマトンはクライテン村とクラブハウスの街中。ストーンゴーレムは、恐竜の討伐を命じてコーンスロール半島の南端まで遠征し、そこで待機中だ。
三体とも当初の目的が無くなったので、その場での情報収集をしている。情報収集とはいっても、据え置きの防犯カメラや盗聴器くらいの働きではあるが。
クラブハウスの地雷原の爆破処理を進めるうちに、サキは、オートマトンが隠れていた倉庫の出入口までたどり着いた。時刻としては丁度正午。取り急ぎ、オートマトンの回収。ストレージャーにオートマトンを押し込み、ガラハド、マリアと合流した。
この数日、毎日セントアイブスからクラブハウスへ通い、地雷の爆破処理を続けているのだが、午前中のみとしていた。オリヴィアは午前中、ジャカランダの王城で看護師として勤務し、昼にセントアイブスへ移動し、助産師としてマチコを看る。その後は魔女としてマリアに古代魔法を教える。
そのオリヴィア、マリアの都合に合わせているようにも思えるが、地雷処理は一朝一夕に終わるものではないので、焦っても仕方がない。ミッドガーランド軍の工作部隊が主導で良いだろう。
ガラハドは、冒険者ギルドのマスターとしての仕事がある。国中のどこもかしこも魔物の出現が増えており、また、戦争の物資を魔物のドロップアイテムから仕入れる必要もあるため、ギルドは多忙だった。それに今は探索者ギルドのマスターとして働く時間のないマリアの分もガラハドがカバーしていた。
サキも忙しかった。火炎奇書の解読を手伝いつつ、タロスとフェザーライトの修復でホリスターの工房を訪ね、妊娠中のマチコを気遣った。さらに、俺が体調不良なのもいけなかった。
オリヴィア、サキ、クララ、マリアで俺の体調不良の件を話し合ったらしい。俺達が住むクララの実家の一階の居間でだが、俺は二階で横になっていたので、話の内容は知らなかった。マチコも。
「クッキー君ねえ、抑うつ状態ね。これが長く続くと鬱病ってことになるわねえ。」
「まだ、鬱病ではないわけだな。」
「その境目はハッキリしないのよ。鬱病によく似た別の病気もあるし。例えば適応障害とか。双極性障害とか。」
「やっかいだな。」
「でも、原因と対応はだいたい一緒よ。」
これには、三人とも身を乗り出して聴いた。病名などより、どう治すかが大事だ。
「なまじ真面目で責任感の強い性格の人ほど、こういう病気になりやすいの。一番の原因はストレスや精神的プレッシャー。だから、皆でクッキー君を支えてあげて。」
「了ちゃん、かわいそう。」
「自然災害で自衛隊に救助され、人を助け国を守るという思いで自衛隊に入った、と聞いた。それが人と戦っている。矛盾するからな。今守っているのは、自分の国でもない。」
「サキ・・・。」
「だから、暫くクッキーは戦場へは行かせない。」
(しかし、まだ、タロスには必要だ。クッキーは、タロスで全ての呪文を使っていないはずだからな。)
サキとしては、腹に一物があるようだ。タロスにとって必要とは、どういうことか。
「オリヴィアさん。具体的には?なにか治療法はないんですか?」
「マリアちゃん。あなた賢者なんだから、見当はついてるんでしょ?」
マリアが質問したが、あっさり返された。精神攻撃などができる黒と白の魔法が両方使える賢者ならば、という意味だろうか。
「まずは、しっかり休んで。健康的な生活をして。ストレスを無くすためには、何か楽しいことをする、かしら?」
「そうよ。日課のランニングや筋トレ、瞑想をしなくなったのはマイナスねえ。
クララちゃん。まずは、しっかり食事を摂らせて。毎朝散歩させてみてね。」
「はい!わかりました。やってみます。」
「そのうちに、自分から『身体がなまってるから走る』なんて言い出せば、そのときには治ってるわよ。」
そのうちにサキがクララをからかうような事を言って話はお開きになった。
「まあ、クッキーが楽しいことをするのなら、クララ次第だな。」
「あー、もう!サキがマチコ姐さんみたいな事言ってー。」
感想などいただければ嬉しいです。