第135話 休養
ララーシュタインは玉座にゆったりと深く座り、白く長い髭を撫でていた。目の前にはデーモンの三男爵が横並びだ。
(ふむ。チビ、デブ、ノッポだった三男爵が、マッチョ、デブ、ノッポになったか。)
本来、赤い月に棲むデーモンは霊的な存在であり、地上に実体を持って存在できない。それゆえに生物の死骸などを贄として与え、その『物質』を媒体として実体化する。この贄には、人間や亜人が好ましいとされる。悪魔にとっては。
新しく三男爵に加わった『ダイ』は、同族のデーモン『ガンバ』を贄とし地上に実体化した。アークデーモンとして、爵位はレッド、マッハと同じく男爵だが、個体としては若く、普通に考えれば、力は他の二体よりも劣るはず。魔というのは、長く生きているほど、あらゆる意味で力が強い。しかし、そのレッド、マッハにしても、年長のレッドを三軍の長としてはいるが、実力は若いマッハの方が上なのであった。人ではなく、同族のガンバを贄としたダイが番狂わせになることをララーシュタインは期待していた。
「さて。ダイ男爵よ。貴様には、デイヴの代わりとしてインヴェイドゴーレムの管理と運営をしてもらおう。暫くは錬成しておれ。ゴーレムを自分の手足のごとく操れるようにな。」
「はっ!」
「そして、レッド、マッハよ。ミッドガーランド王国攻略の手を緩めるわけにはいかぬ。だが、折角一度は手に入れたクラブハウスを手放し、わが軍に被害も出ている。攻め方を変えよう。」
「はっ!具体的には、何をいたしましょうか?」
レッドの問いに対し、ララーシュタインは、シンディの顔色を覗った。実のところ、あまりシンディに借りを作りたくはないのだった。
「おばば様。おばば様の手駒を貸していただきたい。」
「いよいよアンデッドどもを動かすかい?」
「いや、それはまだ時期尚早。冒険者の魔法使いを飼っておりましたな。」
「ああ、ジダンか。あれは勝手に纏わりついてくるのさ。あたしゃ、あんな出来損ないの魔法使いは飼わないよ。好きに使えばいいさ。」
「では、遠慮なく。使い潰しになっても?」
「構わんさ。かえって厄介払いというものだよ。」
「レッド、マッハよ。次は内側から攻める。まずはマッハは陽動だ。そしてレッドは人間に擬態してジャカランダに潜入せよ。王族を暗殺する。Kill The King !」
バルナック軍では、軍の再編やゴーレムの生産に掛かる時間稼ぎのためもあって、鶴の一声で、次の作戦はスパイを使った内乱を狙うこととなった。
ノースガーランドでは、デイヴが持ち帰った情報を基にゴーレムや武器を造る計画がスタート。まずは二足歩行型の『ハイル』のコピーを造ることとなった。
デイヴとしては、それではタロスには歯が立たないと反対したが、まずは基本をしっかりしなければ強力なゴーレムは造ることも運用することも無理だと、魔法兵団に押し切られた。なにしろ、ノースガーランドでは製鉄技術が低く、武器も良い物が少ない。これまで戦争では敗戦が多く、できるだけ戦争を避けて来た。これまではアイアンゴーレムも満足には造れなかった。戦場では、魔法に頼る事が多かったため、魔法兵団は発言力が強く、魔法兵団が『ハイル』のコピーからだと主張すれば、それを引っくり返せなかった。
ノースガーランドでは魔法使いの立場が強く、デイヴはそのために魔法使いとなった。彼は本来ならば斥候としての能力に秀でていた。その才能を活かしてスパイとして暗躍していたわけだ。
ただ、何も焦る必要はなかった。タロスとも戦えるゴーレムは手に入れた。ノースガーランドの方針としては、ミッドガーランド王国と空白地帯バルナックのララーシュタインの潰し合いを静観し、生き残った方と戦い、国力を付けたうえでガーランド群島から外へ攻め出る。
デイヴはオサマ王に仕えて良かったと思っている。デイヴ以外にも国外で冒険者を装いスパイ活動をしている者がいるが、同様に考えているはずだとデイヴは確信している。
サキ、ガラハド、マリアは翌日以降の地雷処理の打ち合わせをするというので、取調室に残り、クララと俺は先に帰宅した。エントランスドアを開けると、そこにいたのはクアール。行儀よくお座りしていて、俺の顔を見た途端、脚に顔を摺り寄せて来る。まるっきり飼い猫だな。こちらも頭を撫でてやる。そして、その後ろにいたのはマチコ。有難いことにマチコは夕餉の支度をして迎えてくれた。
「マチコ姐さん、無理しないでね。家事はあたしがやるんだから。掃除はルンバ君4号がやるし。」
「え~。病人じゃないしー。退屈して死んじゃうわよ。」
「うん。まあ、プロレスのトレーニングするよりはいいんじゃないかな。」
「クッキーは良く分かってるわねえ。お姐さん嬉しいわ。」
三人で取るに足らないような話をしていると、すぐにサキが帰って来た。ああ、渡りを使ったのか。そういえば、俺達は歩いて帰って来たのだった。それから、この時の俺は知らなかったが、クララはサキから、俺を気分転換させるために、些細な理由をつけて、できるだけ散歩をさせるように言われていたようだ。
食事をしながら、サキから報告と提案があった。タロスとフェザーライトは暫くは動けない。ホリスターたちドワーフの職人が直してくれるが、時間が掛かる。これを前提として。マチコは産休。俺は休養。クララも表向き休暇として俺達二人の面倒を看るようにと。
三人とも反対したが、サキはつらつらと理由を述べた。以下、箇条書きにする。
〇タロス、フェザーライトの修復。単に修復では済まされない。タロスのミスリルのボディが貫かれるとは想定外の出来事で、今後の対策も必要。
〇特にフェザーライトに関して言えば、あれはドワーフが造ったものではない。素材の面でも、技術の面でも困難な作業である。
〇タロス、フェザーライトの修復に時間は掛かるが、ララーシュタインのインヴェイドゴーレムもあらかた潰しているはずなので、大きな攻勢は暫くなさそうである。
〇マチコ母子の健康をおもんぱかっての産休。特に父親であるサキはエルフである。エルフは繁殖力が低く、ハーフエルフでも子宝は大事にしなければならない。
〇もし、すぐにバルナック軍の攻撃があったとしても、迎撃は可能。
〇タロスはサキ一人でも運用可能。
〇マチコ、クララ、俺の三名は、実はかなり相性が良く、タロスの運用に大きなプラスになっている。中途半端に一人二人入れ替えるくらいなら、三人とも入れ替えるのが理にかなっている。
〇実は、俺達が休んでいる間の臨時のタロスパイロット、その三人の候補がいる。
〇タロスの臨時パイロットとは、ガラハド、メイ、マリア。すでに了解を得た。
〇俺の体調不良については、オリヴィアも気にしているらしく、無理をすれば、悪化、長引く心配があるのだとか。そして、休養を取ることがなによりも重要であるとも。
〇マチコと俺の面倒を看るのにクララより適した人材はいない。
〇オリヴィアが産婆としてマチコを診に通ってくれる。その時に看護師として、俺の様子も診てくれるとのこと。
これだけもっともな理由を並べられると納得するしかない。いや、俺自身の体調不良はどうなっているのやら。考えがまとまらない。考えるのも・・・面倒だ・・・。
レイゾーは東側の海岸沿い、慰霊碑と五基の石塔の前で合掌していた。かつての仲間を思い出して。
(杏子、スコット、ラーンスロット、一登、祥子、タムさん。僕のパーティで六人。異世界人四人。
もう誰も死んでほしくない。バルナックの兵士も。しかし、降りかかる火の粉は払わないといけない。戦わなければ、もっと大勢の人が死ぬ。矛盾するようなことではあるけれど。しかし、ララーシュタインというのは、複数の悪魔を手先にしている。普通の人間だろうか?)
数年前には、ウエストガーランド王国の西端の地域、バルナックは領主として貴族ドルゲ・ララーシュタイン一世が治めていた。このドルゲ一世が召喚士であり、悪魔を召喚し、ガーランド群島の掌握を望んだが、その代償として命を落としたと言われる。その悪魔を操り、ミッドガーランドを侵略しようと意思を継いだのが、ドルゲ一世の長男、ユージン・ララーシュタイン。ただ、ユージンには、ガーランド群島を手中に収める才覚はなかった。レイゾーを中心としたミッドガーランド軍に阻まれたわけだ。
そもそも、三年前のあの日。レイゾーら四人のヘビーメタルバンドAntiphonは目黒のライブハウスでのイベントに出演していた。