第132話 地雷
クララが二階の寝室から一階へ降りて来ると、サキがキッチンに立っていた。サキが朝食の支度をしている。
「おはよう、クララ。クッキーの様子はどうだ?」
「おはよう、サキ。調子悪いみたい。起きたくないって。日課のランニングと筋トレ、瞑想もやってないわ。マチコ姐さんは?」
「マチコもあまり調子良くないな。元気がないわけではないんだが、少し身体が怠い、と。」
「それでサキがキッチンにいるのね~。」
「何を食べたいかと訊けばミューズリーだというから、支度は簡単だ。ミルクも飲みたくないらしいしな。」
多くの犠牲を出しながらバルナックから奪還した商業都市クラブハウスではあるが、そのままでは、もう人が住める環境ではなかった。二度も戦場になったことで荒れているのだが、一番の問題は地雷だった。ジャカランダの兵が進軍しそうな幹線道路は勿論、郊外の農地に向かう生活道路まで地雷が埋まっている場所がある。
都市内に留まっていた市民を安全な路を確保しながら外へ連れ出すだけでも気が遠くなるような手間と時間が掛かる。そして誤って地雷を踏む犠牲者も多かった。戦後処理は遅々として進まない。
困り果てたジャカランダ宮廷騎士団より、冒険者ギルドとクランSLASHを通して元自衛官の俺に地雷の対処法を教授して欲しいとの問い合わせがあった。あったが、俺が沈んでいる様を見て、レイゾーとサキが待ったを掛けたらしい。
この点は、俺以上の適任はいないだろう。承諾して、朝食後に家に来てもらった。やって来たのは、ガウェイン、レイゾー、ガラハド、マリア。マチコには休んでもらい、この間にクララが買い物に出ていったので、六人での会話となった。まず、俺が地雷についての概要を説明した。
地雷には大きく分けて二つ。対戦車地雷と対人地雷。対戦車地雷は戦闘車両を行動不能にするための地雷。対人地雷は人間を負傷させるための地雷で、火薬量は対戦車地雷の半分ほどになる。今のところ対人地雷のみで対戦車地雷は見つかっていないが、バリスタやカタパルトを乗せた戦車を狙って対戦車地雷も出て来るだろう。火薬の量をさらに増やせば、ゴーレムにも効果があるかもしれない。対ゴーレム地雷か。考えたくはないが。タロスはともかく、魔法兵団が使うようになったストーンゴーレム、クレイゴーレムには効くだろう。
しかし、対人だけとしても、その対人地雷が大きな問題だ。『悪魔の兵器』と呼ばれ、人道を外れる、最低最悪な兵器だ。
「この対人地雷というのは、人を殺すのではなく、負傷させるのが目的で、それゆえに余計に厄介です。人を殺さず、手足を吹き飛ばし、戦闘不能にします。そして倒れた兵士を放っておくわけにはいかないので、肩を貸したり抱きかかえたりで撤退すると、一つの地雷で二人か三人の兵士が戦場から去ります。これで数的有利を得るわけですが、他にも大きな影響があります。
手足を吹き飛ばされた様子を目撃した周りの兵は、恐怖から戦意をなくします。被害にあった兵士は、もう戦場に復帰することはありません。それどころか、日常の生活にも支障をきたします。
さらに恐ろしいのは、敵味方の区別なく、また兵士も民間人もおかまいなく傷つけます。そして構造が単純なだけに、処理しないかぎり、いつまでも残り続け、その土地は人を寄せ付けない不毛の大地となるしかない。」
「まさに『悪魔の兵器』だな。それを処理するには、どうしたらいいんだ?」
ガウェインは言いながら頭を抱えている。他の面子も顔色が悪くなっている。
「見つけたら、その場で爆破処理してください。下手に動かしたら危ない。技術者は研究しようと思うかもしれないが、絶対にやめさせてください。手榴弾と結び付けて持ち上げた途端に爆発するなんていうトラップもあるかもしれない。」
起爆方法はいろいろとあるのだが、このユーロックスの世界でやるのなら、最もシンプルな圧力が掛かると発火するものだろう。『踏む』。ようするに体重が掛かると爆発する。おそらくは五キログラムくらいの重みがかかるとドカンといく。地表からごく浅いところに埋まっていて土をかぶせてあるだろう。
見つけさえすれば、弓矢で撃つ、投石や火力呪文をぶつけるなどで爆破すれば良い。だが、問題は、どうやって見つけるのか、だ。おそらく圧力による起爆だろうが、魔法の効果がついていた場合には、なにが起きるか分からない。
「嫌な方法だけど、体重の軽い小動物を放して探させたとか、あったらしい。」
「それも却下だな。実際にやったら、どれだけの手間と時間が掛かるか。」
さすがにガウェインは現実的な方法を望んでいる。レイゾーも腕を組み考え込んで困っている様子だ。
「グローブでなら、地雷処理用の機械とかあるみたいだけど。この世界ではねえ。」
レイゾーが言うのは、建設用の重機を改造した物だろう。さすがにこのユーロックスでは望めない。
「そうだ。街の郊外の広い地雷原ならば、葡萄弾だ。葡萄弾投石器。細かくした葡萄弾を高い密度でばら撒けば、まとめて爆発処理できる。あとはストーンゴーレムをまんべんなく何度か歩かせてみるか。ただ、狭い場所では地道に探るしかないかも。斥候の能力や魔法でどうにかなるのか?」
この時にサキはかなり俺のことを心配してくれたようだ。この地雷の処理方法を考えるのが、負担になるのでないかと。
(まずいな。たしかにこれは、クッキーにしか頼れない事だが、今はまずい。クッキーには相当なストレスになるだろう。今はクッキーを休ませたい。)
「それならば、私がクラブハウスへ行こう。ストーンゴーレムを召喚して歩き回らせる。それで地雷が除去できるなら、簡単な事だ。狭い場所なら小さいゴーレムか自動人形を使う。」
サキが、地雷の処理を買って出た。なんとも頼りになるな、と思っていると、マリアもだ。
「私も行くわ。ルンバ君の生産をコツコツやってたのよ。ルンバ君5号から10号の六本を地雷探しに使うわ。見つけたら魔法で爆破処理すればいいのよね?狭い場所はまかせて。」
なんと、そんな手があったか。空飛ぶ箒だ。普段は勝手に家やギルドの事務所の掃除をしてくれる魔法具が地雷探知をしてくれれば、こんなに有難いことはない。地雷の上の土を掃き払っても、強い圧力を掛けなければ爆発しないだろう。
「そうか!ルンバ君!それはいいですね。」
「いいでしょう?」
そしてレイゾーとサキが話しを仕切り、魔法では火系の範囲攻撃の得意なレイゾーが爆破処理を担当するということで、レイゾー、サキ、マリアの三人が地雷処理の応援に、クラブハウスへ行くことになり、俺はガラハド、クララ、マチコとセントアイブスの守備として残留することになった。レイゾーとしては、怪我の治療のためにクラブハウス近くの砦のキャンプに残っているフレディとディーコンの様子を見に行く目的もあるようだ。取調室の店の運営は、シーナがシェフ代行として頑張ってくれるらしい。
「では、クランSLASH内でも、いろいろと調整はあるだろうから、それが済んだらクラブハウスへ来てください。私は、クッキー殿の知識を共有するために、すぐに戻ります。」
「ガウェイン、俺はなんの役にも立たず、申し訳ない。」
ガラハドは具体的にやる事がないのを気にしている。気のせいか、大きな身体がやや小さく見える。
「何を言ってるんだ。卿がいなければ、セントアイブスもジャカランダも、今頃バルナックに侵略されているかもしれんぞ。」
ガウェインは慌ただしく、部下の魔法使いと共に渡りのポータルを潜り、クラブハウスへと戻って行った。一刻も早く地雷を除去したいのだ。レイゾー、ガラハド、マリアもそれぞれの店やギルドへ戻ったが、三人ともシルヴァホエールは、働き過ぎだから暫く休むようにと一言付け加えていった。
ほとんど入れ替わりにクララが帰って来た。リンゴ、洋ナシ、ベリー類、プラムといった果物を山ほど買って。
「沢山買っちゃいました。了ちゃんもマチコ姐さんも果物なら食べられるかと思ってー。」
昼食はクララが焼いたタルトだった。俺は相変わらず食欲はなかったが、クララの気遣いが嬉しかった。鉛のように重い身体で幾つかのタルトを半ば無理矢理に食べた。
調子の悪そうだったマチコも美味しいと繰り返し言いながら食べた。
「なんだか、肉や玉子は食べたくないのよねえ。魚も。フィッシュアンドチップスもチップスだけあればいいわ。」
「マチコ姐さん、食べ物の好み変わったぁ?」
「うーん、そうかなあ。でも果物の酸味が美味しいわねえ。サッパリしてるわぁ。」
こんな会話の途中、急にマチコは席を立ち、口元を押さえて洗面所に走って行った。クララが慌てて後を追い、洗面所へ。
マチコは嘔吐し、クララは背中を摩る。咳き込むと、グラスの水を渡し肩を抱き、大丈夫かと尋ねる。
「ごめんね、クララ、食べたばっかりの物を。」
「そんなのは、いいの。」
クララは疑問に思っていたことを、ためらいつつもマチコに訊いてみる。食卓にいるサキと俺に聞こえないよう、マチコの耳元で小さい声でヒソヒソと囁く。
「あの~、マチコ姐さん。ひょっとして、月の物がないなんて事は?」
「言われてみれば、最近ちょっと乱れてるわね。激しい運動し過ぎてたかしら。」
「もう~、マチコ姐さん。それって、おめでたい事では?」
「あ。」
洗面所からキャー、と悲鳴のような大きい声が響いて、サキと俺は驚いた。サキなど食べ終わった食器を重ねようとしていたところだったので、割ってしまうかと思った。
人生、良い事も悪い事もある。




