第131話 二重スパイ
北の国の王 オサマ・トゥルジーロ と 大臣のカーク。久しぶり、2回目の登場です。
前回の初登場は第74話でした。
憶えていない方は、第74話 思惑 を読み返すと良いかもしれませんね。
デイヴは、ララーシュタインのインヴェイドゴーレム『ヤクートパンテル』で逃走し、北へ向かった。ガーランド群島はミッドガーランド島、イーストガーランド島、ノースガーランド島、ウエストガーランド島の大きな四つの島と幾つかの小さな離島から成るが、ミッドガーランド島の大部分はミッドガーランド王国。北の一部と海を挟んだノースガーランド島は別の国。ノースガーランド王国だ。
デイヴはミッドガーランド王国とノースガーランド王国の国境を超え、さらに十キロメートルほど入り込んだ小高い丘の麓に辿り着いた。何のトラブルも起こさずに国境を越えていた。警備を素通りだ。その様子を遥か上空から、カササギのヴェルダンディが観察してはいたが。
その丘の麓には幾つかのテントが張られている。軍のキャンプである。ヤクートパンテルのコックピットを出入りするための魔法の出入口を通って出て来たところ、デイヴにノースガーランド王国の国境警備の兵が声を掛ける。
「マルムスティン卿、無事の御戻り、お喜び申し上げます。誠に目出度い。最強クラスのゴーレム、近くで見ると迫力がありますね。」
「おう、長い任務だった。まずは故郷の酒が飲みたいもんだ。」
「ハギスとウイスキーならばご用意してございます。隣のテントへどうぞ。」
ハギスとは、羊の肝を玉ねぎやハーブなどと一緒に胃袋に詰めて茹でた伝統料理。味付けは様々で、シングルモルトウイスキーのつまみに良いと云われる。
「おおう、気が利くな。」
「まずはごゆるりと。お食事が済みましたら、陛下がお会いになられると仰せです。」
「休暇が欲しいところだが、次の任務についてだろうな。」
「有能な方には仕事が集中するものですね。」
警備兵としては世辞ではなく、本気で言っている。デイヴとしても悪い気はしないが、ノースガーランド王国では、デイヴにとっては、これが普通であった。北ではたいへん優秀なキャリアで通っている。
シルヴァホエールでは、デイヴは精霊魔術士と名乗っていたが、実際には上級職の黒魔導士である。バルナックからのスパイとしてサキたちに嘘をついていた。
少しだけウイスキーを味わい、食後領域渡りで王城へ跳んだ。デイヴにとっては二年ぶりの王城。感慨深いものであった。ミッドガーランド王国ならば地続きだが、バルナックからは海を越えねばならないし、距離もある。
ただ、オサマ王には先に来客があり、デイヴは接見まで暫く待たねばならなかった。その来客とは、ミッドガーランド王国の外務大臣で第三王子のバージル。バルナックが侵略してきたことによって、周辺国との調整に飛び回り、今は北にいる。特に地続きのノースガーランド王国には戦災による難民が多く流れ込んでいる。
「特にこちらを頼って来る難民にはジャザム人が多い。お隣というだけでなく、同じ民族だ。邪険にはできんよ。厚く保護しようではないか。」
「陛下の寛大なお心には頭が下がります。どうかよしなに。宜しくお願い申し上げます。」
「おうおう勿論じゃ。しかし、余のことは『陛下』ではなく『王様』と呼ぶが良いぞ。」
「はっ、失礼いたしました。王様。」
「ミッドガーランド王国に協力は惜しまない。かといって戦争に参戦はできんが。それ以外のことならば、何でも余に相談するが良いぞ。このトゥルジーロ王家もペンドラゴンの血筋だ。親戚のようなものである。」
「ありがたきお言葉です。王様。父ジェフも喜びます。」
礼を述べてバージルが退室すると、入れ替わりにデイヴがノースガーランド王オサマ・トゥルジーロの前に進み出た。オサマは目を細め口角が上がった。機嫌が良さそうだ。
「よく帰った。マルムスティン卿。強力なゴーレムを接収してきたそうだなー。」
「はっ、あのタロスの腹に風穴を開けたアダマンチウム製の特別なゴーレムです。他のゴーレムのデータも一緒に持ち帰りました。」
「うむ。大儀である。少し痩せたか?苦労をかけたのう。」
「いえいえ、少し日に焼けたので、痩せて見えるのでございましょう。」
「卿の二年にも及ぶ諜報活動のおかげで、バルナックの戦力の情報も、タロスに対抗する手段も手に入った。ガーランド全てを我が王国が治める日も近いだろう。」
デイヴ・マルムスティンはノースガーランド王国の貴族で階級は伯爵。魔法兵団を率いる黒魔導士であり、諜報活動を得意とする。スパイとしてバルナック領を探るためララーシュタインに取り入ったが、バルナック軍では、そのララーシュタインにスパイとして使われ、タロスを一時活動不能に追い詰めた。その後は、魔導士としての能力からゴーレムの運用を担当していた。
オサマ王からデイヴへの命令は、バルナックの戦力を調べ上げ、タロスに対抗できる兵器があれば、それを盗み北へ持ち帰ることで、二年の月日を掛けたプロジェクトだった。
オサマは大臣のカークに早速ノースガーランド島の工廠でゴーレムの生産に入るように命令した。ミッドガーランドでは、本来北と西を警戒するはずの水軍に大きな被害が出ている。今回のクラブハウス奪還作戦では、バルナック海軍の輸送船も半数近くが沈んでおり、これは、北の島の工廠で生産したゴーレムや兵器を本土へ運ぶにもオサマにとっては都合が良い。
「この第二次バルナック戦争、激化すると、ますます我が国に有利だなー。どちらでも良いから早く滅んでしまえ、と思うが。楽しみは後にとっておいても良いか。」
左大臣のカークは、デイヴに説明する。マルムスティン卿ならば、ご承知の事と思うが、とことわったうえで。
「この戦争で勝った方を我々が倒す。そうすば、西だけを残すが、ガーランドを統一できる。その後は精霊の島を目指します。ますますマルムスティン卿に期待がかかるでしょう。貴方様にはゴーレム部隊の指揮を執っていただくことになります。暫くは休暇ですので、英気を養っていただきたい。報奨金はすでに用意してございますよ。」
「それは有難い。部下たちにも早めに会いたいですからねえ。」
いつまでも泣いていても仕方がない。戦争の最中となれば、まともな葬式もできないが、マリアは高僧だ。マリアに葬儀を仕切ってもらい、海岸の慰霊碑の並び、石塔の近くに穴を掘りタムラの棺を入れた。レストラン取調室のスタッフ、クランSLASHメンバー、セントアイブス領主のページ公、騎士団長ロジャー、ドワーフたちに店の常連客といったこの街の多くの人が集まり、棺の中を花でいっぱいにした。レイゾーが火を着け、火葬に。
焼いた後、遺骨を陶器の寸胴に入れ、暫くはレイゾーが預かることとなった。石塔を一つ増やして、そこに埋葬する予定だそうだが、この戦時下では、いつになるか分からない。その点、タムラに申し訳ない。
式が終われば、レイゾーはせっせと遺品整理やら、レストランの人事やらをこなしている。マチコもわんわん泣いていたのに、泣いたらスッキリしたらしく、味噌などの発酵食品の出来具合をチェックしに行った。俺だけが割り切れていないのだろうか。
その日、パーティの宿舎とでもいうのか、クララの家に帰ると、俺は早々に居間のソファーで寝てしまった。しばらくして夕飯時に起こされると、サキとクララが食事の用意をしてくれていた。マチコもあまり調子が良くはないらしい。肉などのボリュームのある物はあまり食べたくないそうな。俺もあまり食欲がなかった。
「せっかく作ってもらったのに、申し訳ない。どうにも食欲がなくて。」
「いや、無理に食べることはないぞ。」
「了ちゃん、疲れてるのよ。マチコ姐さんも。」
「ごめんねえ。クララはいい子ねえ~。」
食器を洗い片付けが済むと、サキはいつものように酒をチビチビと飲み始める。
「クッキー、飲みながら話したいところだが、今日はアルコールは控えておくか?」
すぐにクララが紅茶を淹れ始めた。マチコはスコーンを出す。凄い連携だな。
「クッキー、食欲なくてもお茶請けなら食べられる?」
「あ、ありがとう。マチコ姐さん。クララも。いただきます。」
「では、二人とも座ったら、四人で話そう。」
サキが珍しくクイッと一飲みで、グラスを空けてしまった。いつも舐めるように酒の味を確かめながら、ゆっくりと飲んでいるのに。
「クッキー、自衛隊というのは、戦うための組織ではなく、謂わば防衛軍、だったな。災害で救助されて、人助けのために自衛隊に入隊した、と。」
「そ、そうだけど。」
「ここはな、おまえが以前いた世界、グローブとは違う。お前の祖国日本とは違う。タムラが死んだのは、おまえのせいじゃないんだ。気に病むな。」
「そ、そうよ~、クッキー。このユーロックスはね、こういう世界なの。あまりウジウジしてたら、お姐さん、怒るわよ~。」
「どんな世界にも、それぞれ良い点悪い点があるんだ。受け留めるしかない。この世界ではまだまだ戦争は無くならないだろう。戦争以外でも危険はたくさんあり、いつ人が死んでもおかしくない。だが、いいこともある。グローブにクララはいるのか?」
「えー、やだ、サキ。からかわないでえ。」
「クララを抱いたら、さっさと忘れて寝てしまえ。明日の朝にはスッキリな。」
俺とクララは、サキとマチコに「早く二階の寝室へ行け」と、一階の居間を追い出されてしまった。そして、俺達がいなくなった居間で、サキとマチコが話す。
「マチコ、それとなくクッキーの様子を見守ってくれ。あいつの精神が壊れるかもしれない。」
「え、どういうこと?そこまで酷いの?」
「タムラのことだけじゃないんだ。あいつ、今回の作戦では、人を殺している。」
「あ!」
「戦争が続けば、これからも殺すことになる。ララーシュタインのインヴェイドゴーレムには、魔法使いが乗っているんだ。」




