第130話 訃報
今回から新しい章に入ります。
そろそろ終盤。野球だったら7回表くらいでしょうか。予定では。
マチコは子供がべそをかくようにわんわん泣きながら取調室へ歩いた。普段ならば人目に触れたのだろうが、戦時中だけあって人出が少ない。余計に大声で泣いた。
「うわあああん、タァムラさああん!」
「えっ、何?何?」
ミュージシャンだけあって音に敏感なレイゾーが気が付いた。二階の個室のテーブルを囲みゴードン、ガラハド、マリアと話していたのだが。窓を開けて店のエントランスを見下ろした。続いて気が付いたのは、ホールで接客中だったシーナ。エントランスのドアを開けて出迎えた。
「いらっしゃーい。マチコさん。どうしたのー?何かありました?」
「うわああ。シーナ~。レイゾーさん何処?」
「オーナーたちなら二階の個室ですけど。なあにー?サキさんと喧嘩でもしたの?」
「違うわよ!あたし達いつだってラブラブなんだからー!」
マチコはさっさと店の奥へ進みドタバタと階段を駆け上がって行った。レイゾーは個室から出て廊下で出迎えた。
「マチコちゃん、どうしたの?そんなに慌てて。」
「レイゾーさああん。タムラさんがっ!タムラさんが!」
「タムさんが?」
「タムラさんが、死んじゃったのよ。」
「ええっ?」
マチコは膝から崩れて廊下にペタンと座り込むと、また大声で咽び泣いた。個室の中からはガタガタと椅子やテーブルを動かす音がして、レイゾーを押しのけるように青白い顔のガラハドが出て来た。
「なんだってぇ!ホントか?」
続いてマリアとゴードンも出て来たが、困惑の表情であるのは一緒だ。マリアはマチコの肩を抱きかかえて起こし、個室の中の席に座らせる。ハグして背中を軽くポンと叩いた後、ティーポットからカップに紅茶を注いでマチコに薦めた。
マチコが一口紅茶を啜って、落ち着いたかに見えるタイミングを見計らって声を掛けたのはゴードンだった。四人は AGI METAL のパーティの一員とはいっても、ゴードンとタムラは同じ時期には活動していない。レイゾー、ガラハド、マリアの三人よりは幾らか冷静でいるため、三人に気を遣い自分から声を発した。
「マチコ殿、タムラ殿が戦死したということか?」
「はい、残念ながら。」
レイゾー、ガラハドは下を向き、マリアは両手で顔を覆った。ゴードンも拳でテーブルを叩いた。
「では、クラブハウス奪還作戦は失敗したと?」
「作戦は、成功。でも、酷い被害が出て。死傷者は一万人以上。」
それからマチコは、バルナック軍が異形のゴーレムばかりではなく、地雷や手榴弾などの新兵器を次々と投入し激しい戦闘であったことを説明した。
「火薬を使った兵器に関してはクッキーが一番よく知ってると思うんだけど、そのクッキーも疲労で倒れちゃってるわ。」
「疲労か。怪我はないんだね?他の人達は?フレディとディーコンは?」
レイゾーの質問に主要な騎士たちは無事だが、フレディが脚を負傷、ディーコンと共に砦に残っていると伝えた。そして、中心的な騎士たちは健在とはいえ、ダゴネットがスパイとして捕らえられたと。レイゾー、ガラハド、マリアは顔を見合わせた。
バルナックの城に還り着いたデーモンの三男爵だが、ガンバは到着したときには、すでに事切れていた。マッハがレッドを助け、レッドの軍馬代わりの使い魔のスフィンクスがガンバを助けた。決してチームワークだとか友情だとかいう事ではなく、召喚主であるララーシュタインの要望を叶えるために必要な事をしたまでなのだが、良い方向へ動いていた。しかし、結果としてはガンバは死んだ。
「スフィンクスを差し向けた甲斐が無かったな。」
「空軍は我の指揮下に入ったので軍の運用上では影響はないが、戦力ダウンなのは間違いない。召喚主である閣下の役に立てずに死んだのはデーモンとして不甲斐ないな。」
「ああ。ガンバは所詮この程度ということだな。」
「戦力をどう補うかを検討しようではないか。」
レッドが自分よりも二回りほど小さなガンバの骸を蹴り飛ばそうとしたが、そこへウィンチェスターが現われた。レッドは脚を止めた。
「まずは良く生きて戻った。クラブハウスを手放す事にはなったが、些細な問題である。ララーシュタイン閣下の目的は、アーナム人をガーランドから駆逐することだからな。私としても地雷や手榴弾の試験ができて満足している。」
レッドとマッハは跪き畏まった。クラブハウスを奪還されたのは、完全に失態だと思っていた。
「ガンバの死体をララーシュタイン閣下の下へ運べ。」
「は?」
「使い道があるのだ。急げ。マナに還元されて消えてしまう前にな。」
マッハがガンバの亡骸を脇に抱え、二柱の悪魔がララーシュタインの執務室を訪れると、ララーシュタインは玉座に脚を組んで座っていた。ブランデーグラスを揺すりながら琥珀色の液体が反射する光を眺めている。その傍らには魔女シンディもいた。レッド、マッハが跪くとララーシュタインではなく、シンディが喋り出す。
「良い事と悪い事が両方あり拮抗しているよ。良い事から話してやろう。今回ジャカランダの騎士団が仕掛けてきた作戦への対抗で、アーナム人の兵士七千人ほどが死んだかねえ。そして同じくらいの数の負傷者が出ているよ。アーナム人の数はそれなりに減らしてやったし、ミッドガーランドの戦力も削った。英雄のパーティの一人を葬ったし、タロスとフェザーライトにも一矢報いてやった。
それから、悪い事だ。まず、折角占領したクラブハウスを手放した。送り込んだゴーレムは、ほぼ全てタロスに敗れ、主戦力になるはずだった人馬型が裏切者のデイヴに持ち去られた。レッサーデーモン四十八体も失ったね。それから、そのガンバも敗けよった。」
横たわるガンバの骸を指差し、目を細めた。その視線をララーシュタインへ流すと、ララーシュタインに問う。
「いいのかね、こんな弱っちいチビで。」
「最後にもう一つ、働いてもらおう。」
ララーシュタインが右手を挙げるとガンバの骸のしたに四極魔術の魔法陣が出現した。直径5メートルは優に超える。レッドとマッハは魔法陣に入らないように後ずさる。
「ガンバの身体を贄として、新しいデーモンを召喚する。戦力の補充をしようではないか。」
魔法陣が赤く光り、大きく広がる。光の洪水が執務室全体をさらに赤く照らす。
なんだか、酷く身体が怠い。今までに経験のない倦怠感。魔力を使い切ったからだろうか。いや、身体だけではなく、何もやる気にならない。起き上がろうという気持ちにならない。何をやっているんだ、俺は。取調室に行かなければ。
「了ちゃん、大丈夫?身体はどこか痛くない?」
クララが俺の腕を引っ張って、やっと起き上がった。おかしい。なんだか息が切れる。
「あ、あー。大丈夫だよ。行こうか。」
瞼が重い。寝不足か?足取り重く、日の光が眩しい。なんだかやっとの思いで取調室に着いた。先にマチコが話しをしていたため、すぐに二階奥の従業員の寮のフロアへ行き、ストレージャーからタムラの遺体をベッドの上に移動した。そのベッドも予めレイゾーが綺麗に整えてくれていた。サイドテーブルには花も活けてある。合掌、瞑想して客席の個室に戻ると、タムラの葬儀などの話になった。
「ここでは土葬が普通なんだけどね。僕たちは日本人だ。木の棺に入れて火葬にしたいのだけど、皆どう思う?」
レイゾーからの提案だ。レイゾーがジャカランダの魔法兵団の大魔法でこの世界に転移させられたときの仲間、ロックバンドのメンバーは三人とも亡くなったわけだが、その三人も火葬にし、海岸の慰霊碑の並びの石塔の下に納骨されているのだと云う。俺とマチコは賛成。棺などの手配が出来次第荼毘に付すと決めた。
そして、マチコから、タムラの遺言についての話も。日本人の俺達、誰でもいいから、もし日本に帰ったら、岐阜高山のタムラの家族に会いに行くこと。家族の幸せを願っていると伝える、その事を確認した。
「ご家族の住所とか、詳しい事はレイゾーさんが知ってるからって言ってたわ。」
「そうだね。そのあたりは任せて。ご家族の学校、勤務先、名前の漢字まで、全部きいたよ。他には何か言ってた?」
「ただ、ありがとうって。」
「ありがとう、か。最後の一言が感謝の言葉か。タムさんらしいなあ。」
レイゾーの目に涙が光った。ガラハドも、マリアも俯いて泣いている。レイゾーは日本に帰ることを考えたろうか。
猛暑が続いていますね。
易い保冷剤を買ってきたら、けっこう簡単に袋が破れて中身が漏れて来るのです。とほほ。




