第129話 作戦終了
商業都市クラブハウスを占領していたバルナック軍の地上部隊は敗走を始めた。普通に考えれば西側の港から自軍の兵站やゴーレムを運んできた輸送船に戻るだろう。
だが、部隊単位では、差が出ている。ガーゴイルを斥候に使い周囲の戦況を把握した部隊は北側の郊外を目指して移動し始めた。
まず、肝心要のインヴェイドゴーレムがシルヴァホエールのタロスに撃破され、一部は北へ逃走した。陸軍の新型ばかりでなく、海軍のワニ型のワルター、エイ型のシュミットまでもが敗北している。東側はジャカランダからの主力部隊に陸軍の将レッド男爵が敗れた。そして、そのジャカランダ軍が大規模な塹壕を掘り、投石器などを並べ砦を築いている。
南側に関しても同様で、火薬を持つバルナック軍が圧倒的な攻撃力を誇ったが、対抗策を練りに練ってきたミッドガーランド軍の善戦で優位を保てない。
そして、西側。水中戦対応のゴーレム『ワルター』と海軍空軍共用の多目的ゴーレム『シュミット』を失ったバルナック軍は、現在、海上で船戦を行い、火薬のバルナック軍か、衝角での体当たり戦のミッドガーランド軍かの決戦をしている。
北へ逃れた一部の部隊は領域渡りを使いバルナックへ帰還。他の大半の部隊は輸送船に乗るべく西側の港へ移動。
バルナック軍はクラブハウス中心街のホテルや商業ギルドの建物などを接収し駐屯していたのだが、ミッドガーランド軍の東の砦の本隊が到着する前に放棄し港へ出た。それらの建物の装飾品のように配置されていたガーゴイルだけは捨て駒のように射殺されていく。奇襲というのは、通用するのは一度だけだ。手の内がばれてしまえば、暫くして忘れられるようなことが無い限り、再びは使えない。固まったオーナメントのまま矢を受けて割られていくガーゴイルも多かった。
バルナック軍の残存兵のほとんどが港での海岸部の戦闘になると、ベネディアはもうゴーレムはいないと判断。街中での市街戦と違い、市民に被害を出すことも減ると考え、魔法兵団にゴーレムの召喚を命じた。
ゴーレムの召喚は、他の魔物を召喚するのとは事情が異なる。魔物は別の土地、別の世界にいる魔物を魔法の問を通して呼び寄せるものだ。ゴーレムは呼び出すのではなく、その場その場での素材を使い、いわば創り出す。土からクレイゴーレム、木からウッドゥンゴーレム、石ならばストーンゴーレム。ただ、金属のゴーレムでは、また違う。鉄鉱石を素材にしてゴーレムを召喚しても鉄のゴーレムにはならない。それは赤黒い石からできたストーンゴーレムだ。金属を加工して予め製作された人形を保管場所から召喚するのが、金属のゴーレム。
術式を行った場所、素材などの条件から創り上げられた巨象に魂を吹き込むのが、ゴーレムの召喚。『召喚』という言葉を使うのは適当ではないが、他に一言で説明する言葉が見当たらないのだろう。術者以外から見れば巨象を呼び出して使役しているとしか見えないこともある。
ミッドガーランドの魔法兵団が数体のゴーレムを召喚した。そのうちの一体はストーンゴーレム。道路の舗装代わりに使われいる石畳を素材とし、レンガを積んだ塔のような太い胴体に手足。そして石畳の下に埋もれていた木の根から出来上がったウッドゥンゴーレム、残土からクレイゴーレム。
手榴弾や銃弾が当たれば、ゴーレムとてそれ相当のダメージを受ける。だが、それをものともせずに突き進む。脚がくずれようとも這って進軍する。額の『emeth』の文字を守れば崩れ落ちるまで戦う。
南の砦のベネディアの部隊と東の砦からのガウェインの本隊とが合流すると、掃討戦の様相となったが、小銃の照射やガーゴイル、バイコーンなどの魔物たちの踏ん張りで、ほとんどのバルナック兵が港につけた輸送船に乗り込んでいった。もとよりバルナックの海軍と戦っていたトリスタンにミッドガーランドの水軍がいたため、さらに激しい戦いとなったが、ジャカランダの魔法兵団が召喚したゴーレムが道路の石畳を剥がして投げ始めた。投石器と共に結果を出す。今回は後方での戦車部隊の指揮に就いたライオネル、ケイの功績も大きいだろう。このアルトリウス王の頃から仕える騎士二人は、特に軍馬の扱いに長けている。
大きな石は、直接船体に当たれば勿論のこと、外しても海面を揺らし逃げ行くバルナックの船の進路を妨げた。今はガウェインの部下となっている二人の魔法使いシイラとバイソンは、元は水軍の北西方面の旗艦ブルーノアの乗組員。ここはブルーノアの仇討ちとばかりに陸から攻撃魔法を撃ちまくった。
「俺も火力呪文を撃ち込みたいところだけど、もう魔力がない。」
魔法を車に例えると術者の持つ『魔力』とはバッテリーの電気のようなモノだ。そして土地から生まれ地上、空中、空気中とあらゆる場所を巡っている魔法のエネルギーのマナはガソリンのようなモノ。魔力は魔法の制御に使い、マナは魔法のパワーそのものといったところか。両方がなくては魔法は使えない。いや、マナはなくとも精霊、天使、悪魔などの力を借りれば使える魔法もある。精霊魔術、四極魔術がそれで、魔導士の使う五芒星魔法などは両方がないと使えない。
そのバッテリーの電気が切れている。魔法を制御できず、車のエンジンは掛からない。タムラの弓を構えているが、今は甲板の上に兵や魔物がいれば、それを狙うくらいしかない。
「了ちゃんは、よくやったわよ。もう休んで。」
俺の背中にクララが抱きついてきた。どうやら、ここで気が緩んだらしい。身体の力が抜けて地面に膝をついて、そこから憶えていない。
両軍とも大きな被害を出しながら作戦は終了。バルナック軍は占領していた商業都市クラブハウスを放棄して敗走。ウエストガーランド島へ後退した。その過程で大型の輸送船一隻を含む約半数の軍船が沈んでいる。悪魔三男爵のレッド、ガンバを退け、インヴェイドゴーレムのほぼ全てを撃破。戦果としては良い印象だが、此方の被害も大きい。いや、あまりにも大きい。
死傷者が一万人を超えた。弓を警戒していれば小銃で撃たれ、突撃すれば地雷を踏む。やっと近づけば拳銃で歓迎を受けた。歩兵に関しては、剣や槍の腕を磨いてきた兵士、騎士たちがタジタジだった。
インヴェイドゴーレムを撃破したが、タロスは腹部破損。フェザーライトも中破。
また、手榴弾による被害も甚大で、軍馬が爆発に驚いて転倒し、騎馬兵にも戦車にも行動できなくなった馬が数百騎など。
そして、英雄のパーティの後衛職、狙撃手のタムラが死亡した。マナアロー、対トリフィドクロスボウの発案者でもあるので、戦術的な後退ともなるかもしれない。
目が覚めるとシルヴァホエールの拠点のクララの家、居間のソファーの上だった。クララが硬く絞った濡れタオルで額の汗を拭いてくれていた。俺はサキに担がれて帰ってきたらしい。
「あ、俺、のびちまってたのか?自衛官として情けない。」
上半身を起こしながら話すと、クララにまだ寝ているようにと促される。
「ううん、働き過ぎよ。まだ休んでて。フェザーライトも破損して、サキも今いないから。作戦は成功だったのよ。だから安心して。」
「作戦は成功か。」
戦場のことを思い出して涙が出てきた。暗器、五指雷火弾、曲射弾道砲と三種の追尾機能付きの魔法の矢を身に付けて慢心していた。タロスの力は自分のものではないのに。
魔力が尽き、魔力回復のためのマジックポーションさえ使い切ってしまい、いざというときに働けない。目の前でタムラが撃たれた。しかも元自分がいた世界の兵器に。
タムラの遺体が自分のストレージャーの中に眠っている。ソファーに転がっている場合ではない。
涙を流したまま起きてソファーに座り直すと、すぐ隣にクララがくっ付いて座る。
「あの、ね。サキはドワーフの工房へ向かったけど、マチコ姐さんは取調室に行ったわ。タムラさんのことを知らせに。姐さんも泣いてた。」
「そうか。」
クララも泣き始めた。まずい。もらい泣きだ。俺が泣いてたら駄目だ。手で目を擦る。慌ててクララの肩を抱いて寄せる。
「あー、じゃあ、俺達も取調室に行こうか?」
クララは泣き止んだ。一寸無理している雰囲気はあるが。
「取調室に着いたら、まず紅茶を飲ませてもらおうね。」




