第128話 水上船戦
この世界での船戦といえば、これまでの常識では、移乗攻撃か体当たり攻撃である。ただし、魔法使いがいれば魔法での攻撃もあり、飛道具、砲での攻撃に準ずる。だが、魔法使いは数が少なく、水兵としての訓練も受けなければならないとなれば、さらに少なくなる。結局は古臭い移乗攻撃、体当たり攻撃が主役なのだが、バルナック軍はその常識を破っている。
異世界の博物学者ウィンチェスターがもたらした火薬のよるものだ。兵器や銃火器の専門家というわけではないので大砲までは造れなかったが、小銃に爆弾、手榴弾、対人地雷などの未知の兵器が加わった。
船戦で使われるのは、小銃と手榴弾。移乗攻撃のためにミッドガーランドの軍船が接弦すれば、小銃で撃たれる。手榴弾が投げ込まれる。勿論どちらの陣営にも少ないが魔法使いはいるのだが、バルナック軍の魔法使いはお株を奪われ、ミッドガーランド側では防戦一方。活躍の場がない。
そんな中で、ミッドガーランド水軍の中で奮闘するのが、旗艦グリーンノアと新造の蒸気機関船メイフラワーだった。グリーンノアは、その質量と船首の衝角を活かした体当たり攻撃でバルナック輸送船の脇腹を衝き、輸送船が傾くと寮船に移乗攻撃を掛けさせた。
そして唯一の外輪式推進器を持つ蒸気船のメイフラワーは小回りが利く。通常の帆船は風に向かうには、ある程度以上の角度を付けて斜めに進み、ジグザグ走行することになるのだが蒸気船ならお構いなし。速度もあるため、バルナックの輸送船の間を縫って走り
翻弄し、グリーンノアの衝角が当たり易いように誘導した。
「機関士には無理させて悪いが、頑張ってもらわないと。」
メイフラワーの操舵士のガレスは意識してグリーンノアの風上に位置しながら僚船の位置をも把握。バルナック軍の輸送船がグリーンノアの後方に回り込むことがないように、その進路を塞いだ。
グリーンノア、メイフラワーを中心に奮戦するが、積み荷のゴーレムや兵站、兵隊を下ろしてしまった後の輸送船は身軽なために想像以上に動きが速い。戦果がなかなか上がらないばかりか、バルナック軍の新型輸送船に驚かされた。
「なんだ、あれ。帆が無いぞ。」
「どうやって動いてるんだ?」
「バルナックも蒸気船を持っているのか?」
見たことのない形状の船にグリーンノアのブリッジが騒がしくなった。水軍の将アグレスが腕を組みフン、と鼻を鳴らした。
「落ち着け。煙突もない。よって蒸気機関ではない。魔法で動いているのだろう。」
動力源は魔法だろう。しかし、帆も櫂もない。動力を何に伝えているのか。船体そのものを動かしているのならば、相当な魔力を消費しているはず。そうでなく、効率的な方法があれば、魔力に余裕があり、迂闊に近くに寄れば魔法攻撃を受けるのではないかとアグレスは必死に考えていた。しかし、魔法攻撃ならば遠くても仕掛けてくるだろう。
「やるべき事は同じだ。衝角をあの大型船へ向けろ。突っ込むぞ。剣士は前へ。移乗攻撃の準備だ。射手は、そのすぐ後ろへ。移乗を援護しろ。」
移乗攻撃といっても、近付けば手榴弾を投げられ、移乗すれば銃で撃たれる。練度の高い弓で対抗するが、銃と弓矢のどちらが強いかは明白。優位なのは、結局衝角での体当たり攻撃だった。大勢の兵士が倒れ、泥沼のような戦いだったが、僅かに光が射した。
バルナックの船が岸に寄ると岸からの攻撃があった。これは狙撃手の職能を持つトリスタンのものだ。一騎当千の弓の名手と評される若手騎士の代表格は六芒星魔法と弓を組み合わせバルナックの輸送船の甲板にいる兵士を狙い撃った。ミッドガーランドの巡洋帆船にはグリーンノアほど強力ではないが衝角を持った船が多く、岸から離れた深い海域で動きを封じれば、体当たり攻撃の的に出来る。
クラブハウスの南側から攻め込むリスター砦の指揮官ベネディアも辛くも塹壕や地雷原を越えクラブハウスの外苑に迫っていた。部隊の半分をトリスタンに任せ、海岸沿いにシャリオ計画で馬車に積んだ投石器や大型弩砲を置いてきたが、ララーシュタインのインヴェイドゴーレムに対抗する切り札として用意したストーンゴーレムは、まだ召喚せずに温存している。シャリオ計画でゴーレムにどこまで抗えるか分からない事、また、シルヴァホエールのタロスが確実に成果を出している事から、ゴーレム召喚術を魔法兵団に研究、訓練させた。
クラブハウスの街中へ突入したらインヴェイドゴーレムの歓迎を受けるかもしれない。しかし、ゴーレムにゴーレムで対戦させたら街には大きな被害が出るだろう。痛し痒し。
ここで、おかしな事態に。街中を警戒しながら進軍するベネディアの眼前の家屋の外壁に領域渡りの門が浮かぶ。敵兵が移動してくるかと構えると、現れたのはベテランの騎士ダゴネットであった。
渡りの能力は味方が使うには良いが、敵に使われたら奇襲を喰らうことになる。戦地では当然渡りの能力は塞ぐ。渡りには電磁波、磁場が干渉する事が分かっている為、砂鉄などの磁性体を撒くことで使用不可となる。当然、拠点、陣地には敵がはいりこまないよう大量に砂鉄が撒かれ、磁性体を含む塗料が建物に塗られたりする。味方が使えるように一部磁性体を撒かずに残すこともあるが、当然その場所は秘匿される。なんらかの方法で探り出したのだとしても、今使う理由がない。
「ダゴネット!卿は何故ここにいる!?」
思わぬ鉢合わせにダゴネットはとまどうが、ここで口から出まかせを言った。咄嗟に出た言葉はけっして上手いものではないのだが。
「お、おお!ベネディア!大変な事になった。東の砦の本隊が奇襲を受けた。大きな被害を出して敗走している。」
これには、ベネディアが率いる部隊の兵たちが大いに動揺した。感嘆の声を漏らす者が多い。しかし、これでベネディアはダゴネットを益々疑った。
(そのような事を大声で言えば兵たちの士気が下がる。某に伝えるならば耳打ちすれば良いではないか。)
ガウェインの軍が敗走すれば、結局は王都ジャカランダに攻め込まれる。ガウェインの性格ならば、討ち死にしてでも王家とその都を守るのではないだろうか。ベネディアはダゴネットが嘘をついている、逃亡してきたのだと判断した。
「卿は、弓隊と弓騎兵隊を率いていたのではなかったか?部下たちはどうした?」
「う・・・。ざ、残念だが、全滅した。」
弓隊はともかく、弓騎兵隊は手練ればかりである。射手の上位職能の狙撃手は精霊魔術と六芒星魔術が使えるが、その数少ない狙撃手は、ほとんどが正式な騎士であり弓騎兵隊に配属されている。簡単に全滅することはないはず。
パーシバルがベネディアに駆け寄り話し掛けようとするが、ベネディアの行動は早かった。馬を降りながら、腰の剣を抜いて軍配のように振るい言った。
「そうか。ダゴネット。残念だ。まことに残念だ。皆の者、ダゴネットを捕らえよ!敵前逃亡だ!」
ベネディアはダゴネットに切り掛かり、ダゴネットは左手に持っていた円盾で受け、盾の中央にある金属半球に刃が当たり、鈍い音をたてた。パーシバルは、初めからダゴネットを捕縛するつもりで近付いたため、すぐに槍を振るった。とはいえ、殺すつもりはなく、目的は捕まえることであるため、柄の先の刃物、所謂穂ではなく、柄の尻の部分、拵え金具で殴りに行った。ダゴネットは右の素手で受け流し、踵を返して逃げようとする。ここで、身を低くして走り込んできたのは、ジーンだった。ダゴネットは身長二メートル近いうえに筋骨隆々の熊のような大男だが、視界を搔い潜るように入って来たジーンを捉えられず、鳩尾にアッパーブロウを喰らった。
「げふうっ!」
ダゴネットが片膝を付くと、光の精霊マメゾウが回りを飛び回り、テグスのような丈夫な糸でグルグル巻き。ダゴネットを捕縛した。
「ようし、一丁あがり!」
「よう、でかしたぞ、マメゾウ。」
糸が強く巻かれ、肉に食い込みそうになり、皮膚の一部は白くなっている。血の流れが止められてしまっている。ジーンが倒れたダゴネットを見て、一言。
「ボンレスハムみたいになってるなあ。」
すかさずレイチェルがジーンの頭を叩く。レイチェルの動きも素早い。いつの間にかジーンの背後にいる。
「いてっ。」
「こら、ダゴネットのおじ様に失礼よ。謝りなさい。」
こうしてダゴネットは束縛された。作戦終了後、ベネディアやアラン王子、トリスタンらによって尋問されることになる。