第12話 防衛戦
ダンジョン内でのマナの消費、循環を促すことができれば、オーバーランは起きず、このまま済む。今後またマッピングやドロップ品の流通の調整などはあるだろうが。上手くいかなければ、モノリスから魔物が出てくる。それを退治しなければならない。
以前から借りている装備、新たに店の武器庫から借りて来た物の点検をし、また座禅を組んで瞑想しながら待機。瞑想をするのは、これで魔力と精神力が上がり、魔法が使いやすくなるからだ。要するにこれも訓練。昨夜、ギルドで受けた講習のノートを読み込んだ。使い易そうな火力呪文から試していたのだが、間違いではないにしても、見直す余地はかなりある。
考え事をしているのが、不安そうに見えたのだろうか。いや、不満そうに?
「なあ、若いの。いや、了よ。」
タムラさんが名前を呼ぶので、驚いた。返事をする声が上ずってしまった。
「は、はい!なんでしょう?」
「今回、ダンジョンに攻め込むのは、旦那とガラハド、マリアの3人で、俺たちは守りについてるがな。俺たちもAGI METAL のパーティメンバーなんだぜ。腐るなよ。役割分担して、持ち場が違うだけさ。騎士団長のロジャーも他の皆も、それは承知してる。こっちに来てまだ一カ月も経たないお前さんには酷かもしれんが、しっかり働こうぜ。」
「もちろんです。ありがとうございます。」
(なんて優しい人なんだろう。俺も将来こんなオッサンになりたい。)
ふと、日本の事を思い出した。陸自の戦車乗りで同じ車両に乗り込む三人は、チームというか家族なんだよ。一緒に過ごす時間がとても長いし、助け合う。車長の和嶋さん、操縦手の鈴森さんは元気なんだろうか。しかし今の俺には、レイゾーさんやタムラさんがそうなんだ。そしてセントアイブスの街を守るのは、自衛隊員として日本を守るのと同じだ。
「守備隊全体の動きはロジャーが見て指揮を執るが、弓に魔法に剣とオールマイティに動ける者は、そういない。クララでも魔法は使わない。俺たちだけだろう。いざとなったら、二人だけになっても戦うからな。油断するなよ。」
「合点承知。でもぉ、三人に訂正してもらえませんかぁ?」
クララが首を突っ込んできた。この娘のタイミングの良さは特筆すべきものだ。
(ビックリしたな、もう。)
「わっ、クララ!いつからいたの?」
「つい、さっきから。あたし、逃げないし死にません。お二人もですよ。とくにクッキーさんは、鉱石探しを手伝ってもらう約束なんですから。」
「約束は守る。必ず。大丈夫だよ。」
「ふん。では、抜かりなくな。」
ますます元の世界を思い出す。一〇式戦車に乗ってる気分だ。
無駄にイケメンのロジャー団長の声が響く。モノリスに変化が見られるようだ。
「全員、配置に着け!何か出てくる。」
緊張感が走ったが、現れたのは先遣隊の冒険者パーティだ。3人で肩を組んだ形で二組ともう一人で7人。冒険者6人と騎士1人。冒険者が臨時招集された場合の1個分隊の編成。肩を組んでいたのは、2人が負傷しているからだ。回復役と斥候が倒れてしまった為に探索は不可能と判断して戻ってきた。中はとんでもない状況らしい。構造が変化して迷路が複雑になり、魔物の数が普段の3倍以上になっているとの報告があがったとか。
一組の冒険者パーティが引き返して来てから、程なく。小鬼の群れが這い出て来た。数匹は剣や盾を持ち武装している。ロジャーがすぐに作戦指揮する。
「射掛けろ!通常の矢だ。人間よりも小柄なゴブリンなら、簡単に堀を越えられないはずだ。」
それにしても、普通なら昼間にはオーバーランは起こらないはずだったのでは?腑に落ちないところではあるが、やるべき事をやらなくては。無言で弓を引いては矢を放つ繰り返し。バタバタと倒れていくゴブリンたちだが、第2陣、第3陣と続けて出てきては切りがない。第2陣からは、毛深くて長い尻尾の付いた個体が混ざっている。
「ホブゴブリンだ。ホブから先に狙え!ヤツは厄介だぞ。魔法兵団は魔法の矢の呪文を使ってでもヤツを押さえろ。」
どうやら本当に厄介な相手らしい。魔法の矢とは追尾機能付きの高度な攻撃呪文だ。確実に目標に届く。ホブが出てから、ゴブリンたちの動きが組織的になった。盾をもったゴブリンが身を低く構えて前に並び、武具のないゴブリンは矢に当たった同族の死体を空堀に落としている。掘を埋めているのだ。ホブはゴブリンよりも知能が高いのか。
「堀を越えて来るぞ。中央の長槍部隊は前へ!柵を破られるなよ。木の上にいる狙撃手も出番だ。近づいて来るゴブリンを射殺せ。」
それにしてもゴブリンの数が多い。魔法兵団に範囲攻撃のできる者がいないのかもしれない。
(誰もやらないのならば、俺がやる。)
「ロジャー団長、俺に魔法を使わせてくれ!」
「おお、いいぞ!やってくれ!」
この世界の人たちは、本当に思い切りが良いと言うのか、決断が非常に早い。そうでなければ生きていけないのだろうな。
「自然の掟、人の営み、ともに苦しみ、ともに生き抜け。大地の怒りを体現せよ。地震!」
足下に六芒星の魔法陣。これはダンジョン内で試した微震を強力にしたような呪文だ。微震が精霊魔術なのに対し、これは六芒星魔術、精霊の力を借りて行われるのではなく、魔法のエネルギー、マナに直接働き掛ける攻撃呪文。攻撃力を調節できるが、味方を巻き込むこともあるため使いどころが難しいうえ、制御そのものも集中力が要る。空中の相手に効果がない点では、どちらも同じだが、相手はゴブリンだ。
モノリスの周辺にだけ、局所的な地震が起き、大半のゴブリンが地面に伏すか、或るいはモノリスに飛び込みダンジョンの中へ逃げかえって行く。死屍累々とゴブリンの亡骸が折り重なるが、周りを取り囲む騎士団には被害はないようだ。成功した。しかし、一瞬身体の力が抜け、がっくりと膝をついてしまった。いきなり実戦は無謀だったか。
騎士団が湧きたち、歓声が上がるが、半分弱のゴブリンとほぼ全てのホブゴブリンが残っている。騎士団は奮戦するものの、雪崩のようにけし掛けるゴブリンの群れに次第に押され、正面の柵が破られた。
腰の剣を抜いて中央の部隊へ合流しようとした時、ゴブリンどもが警戒の合図の唸り声をあげる。クララ一人に数十匹のゴブリンが翻弄され恐れおののいている。クララの軽快な動きに、束になってかかっても指一本触れられないゴブリンたちは、次々と大型ナイフに斬り刻まれる。
「さあ、掛かってらっしゃい。一匹たりとも逃がしませんから。」
クララを中心に、騎士団が押し返し、逃げようとするゴブリンたちはタムラをはじめとする狙撃手たちの的になった。
「ようし、皆よくやってくれた。しかし、まだ終わったとは言い切れない。衛生兵は怪我人を搬送しろ。後方部隊は矢の補充。飲み水を配れ。」
ゴブリンを撃退して、騎士団は、表情は明るいものの、何処からどう見ても疲弊している。夜までは待機と思い込んでいた者も多いはず。奇襲を喰らった気分だろう。そこへ先遣隊の2組目の冒険者パーティが戻ってきた。AGI METALに伝令として付いていった騎士2名に付き添われている。あわやパーティ全滅の危機かと思われたときに AGI METAL に助けられたというのだ。
ロジャーはタムラのもとへ戦況をどう読むかと相談に向かったが、休む間もなく、モノリスから次の魔物が現れた。5年前のオーバーランの記録にある牛頭怪物。大きいほど狂暴で手の付けられない魔物が3体。
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