第126話 不意打ち
『フォロン』を失ったレッドは背中の黒い翼を大きく羽ばたかせ飛び立った。横になって煙を上げる二輪車を見下ろし呟く。
「これでは、ウィンチェスター参謀に合わせる顔がないな。こうなれば、ジャカランダの兵どもを皆殺しにしてくれよう。」
ガウェインは他のレッサーデーモンが乗る魔道二輪車に足を掛け、サスペンションの反動を利用してジャンプ。レッドよりも高く跳び上がり蹴りを入れるが、レッドも両腕で蹴りを捌く。宙返り、着地したガウェインは弓隊に指示。
『弓隊、ダゴネット、撃てえ!』
しかし、そのダゴネットの姿がない。それでも弓の斉射はあるが、統制が今一つ上手くいかない。俺も不注意だった。トリスタンからケイ、ダゴネットが間者としてバルナック側に情報を流している疑いがあることを相談されていたのに。何処かで敵側と接触しているか、それとも逃走したのか?
「バイソン、やるぞ!」
「おう!ブルーノアの分はやり返そう!」
シイラとバイソンが、ダゴネットの代わりに魔法攻撃を繰り出した。雹のような氷の塊が旋風に乗り蝙蝠の羽根に打ち付けた。水の魔法が得意なシイラと風の魔法が得意なバイソンのコンビネーションだ。
さすが同じ軍船の乗組員、上手く連携している。この隙に俺はレッサーデーモンが乗っていたバイクから拳銃の予備の回転式弾倉を探し出し、交換した。小銃もそうだが、バルナック軍の銃は、古い構造のためシンプルで、かえって分かりやすい。ウィンチェスターは博物学者だと聞いた。銃火器の専門職ではないので、こういう事になっているのだろう。『ウィンチェスター』という名前だが、むしろ『レミントン』製の銃に近いのではないだろうか。西部劇に出て来る銃火器が近い印象だ。
うんちくはともかくとして、六発の弾丸を補充した。ガウェインやサキが隙を作ってくれたら、悪魔の眉間を撃ち抜いてやる!右手に銃、左手にコンバットナイフを持ち、自分自身が標的にならないよう走りながら、レッドの動きを観察した。
雹混じりの竜巻に堪えかねレッドが着地すると、サキは小刻みに動き回りながらサーベルで足もとを突いては牽制。クララは銃やバイクの残骸の部品など、重そうな物を拾っては投げつけた。
「よし、いいぞ!」
脇を締め、大きく息を吸ったガウェインが、トンファーの動きを止めて疾走。サキの背後で跳び上がり、サキを越えてレッドの顔面に向けて右手のトンファーをあえて短いリーチの方の柄を使い正拳突きのような打撃を入れた、いや、もっと単純にぶん殴った。
レッドは屈辱に顔を歪め、首を横に振って後退り。着地しながら左回りに一回転したガウェインは勢いそのままレッドの膝へローキック。
「上手い!さすが!」
俺は、膝を蹴られ動きが止まったレッドの額を狙い銃を撃った。見えているのか首を小さく縦に振って、弾丸が角に当たり跳ね返った。
「ふん。やるではないか。人間ごときが。」
「おめえみてえなデカい的を外すかよ! その足りない脳ミソに鉛玉撃ち込んでやる!」
喋っている間にガウェインが腹をトンファーで殴打。さすがに見逃さない。
「そんな余裕があるのか?」
鳩尾にトンファーを連打。レッドは片膝を着いた。チラリとアイコンタクトしたサキが一歩後退し、射線を確保してくれた。このチャンスを逃せば、皆に申し訳ない。絶対に当てる!毎回撃鉄を起こさねばならないが、左手にはコンバットナイフを握っているため、右手の親指で撃鉄を引く。左手の甲の上に右手を乗せて拳銃の重さを支え五連射。回転式弾倉の中にある五発を全部撃った。レッドの顔がこちらの正面に向いていたわけではないので、眉間ではなく、こめかみとなったが、全弾命中。自衛隊の練度を舐めるなよ。
レッドの身体が斜め後方に倒れた。やった、と思ったが、甘かった。なんとすぐに起き上がってきた。
すかさずガウェインが正拳突きを見舞う。サキも黒のサーベルを深く突き刺し、石化の呪文を詠唱する。
「グオオオオオオオッ!」
俺は全弾撃ち終えた銃を捨て、自分の銃剣を拾った。喚き散らすヤギへ向けて走る。銃口の先の剣を突き立てようとしたところで、予想外の事が起こった。
大きなデーモンがもう一体。デーモン三男爵の一角マッハだ。マッハが何処からか姿を現し、レッドの重そうな身体を脇に抱え飛び去った。サキが叫ぶ。
「マチコ!雷撃だ!手甲!」
「分かったわ!」
ライオネルと一緒にレッサーデーモンと戦いつつも、此方の戦況までしっかり把握していたらしいマチコは、すぐに雷撃を撃った。見事にマッハ、レッドに命中したはずだが、それほどのダメージは与えられなかったように見える。
クララもダガーの一本を投擲し、マッハの背中に刺した。その背中に瘤のような物が膨れ上がり、蠢く。四大元素のどのダガーなのかは分からないが、効果を発揮する間もなく、背中から抜け落ちた。
弓や魔法で撃つように兵に命じ、俺もストレージャーからタムラの弓を出し構えた。だが、すでに蝙蝠の羽根を広げた黒い影は高く遠く逃げてゆくのだった。クララはルンバ君をストレージャーから出したが、追うのを止めさせた。単独では危険だ。
クラブハウスとジャカランダの中間点ミッドガーランド島の中央西寄り付近の低山の上空で飛行船フェザーライトと五体の飛行型ゴーレムが交戦。最初の飛行型に改良を重ねた『メッサーV2』二体に対しては、これまでの対戦経験から爆弾を投擲されないように常に高度を高く保つことで有利な状況を作りだし勝利。新しい『ホッケウラー』には、オズマが攻撃をしてはオズワルドが情報を解析するという作業を何度か繰り返した。
「父様、アレ、今までのに似てるけど、一回り大きいわよ。」
「ああ。改良したというより、造り直したんじゃないかな。」
「それだと、タロスを模倣した部分も・・・。」
「あるだろうね。」
『ホッケウラー』は人型の背中に翼が付いているという面では『メッサーV』同『メッサーV2』と基本的に同じ形状。『ハイル』を軽量化し、腕を翼にした『メッサー』から腕と翼を別にした有人型『メッサーV』に。そして推力を上げた『V2』へと改良したが、無理が出て来た。風の系統の魔法使いを「エンジン」として乗せること、そして魔法を飛道具としても活用する事も前提としている『ホッケウラー』は新設計とはいえ、コンセプトを詰め過ぎたために大型化した。
胴体の中心に推力を生み出す魔法使いが乗り、両肩に弓や火力魔法を撃つ人員がおり、重量もある。揚力を得る翼も面積が大きくなった。そして、『メッサーV』のように翼と腕が別になっているおかげで爆弾を持ち、投げつけることも容易だ。
デーモン三男爵のガンバは、この『ホッケウラー』が早く完成していれば、空軍が海軍に合併されることもなく、自分の境遇はもう少しましだったろうかと考えないでもなかったが、レッドの部下という立場を返上するには、このフェザーライトを撃墜するのが一番の良策であると理解している。スフィンクスの背に乗り、フェザーライトの真下で奇襲のチャンスを狙い待ち構えていた。




