第124話 火薬
サキは地系の精霊魔術を使い、タロスの腹と背中の穴を粘土で塞ぎ、さらに氷漬けにした。タロスの銀色のボディが、霜が付いて白くなった。
「タロス!」
「ハイ、ますたー。」
「マナの漏出はどうだ?」
「止マリマシタ。」
「では、しばらく休め。修復についてはホリスターに相談する。」
サキはタロスを青い月の巨人の国へと送還した。タロスを見送ると、クラブハウスの市街の中心部を目指して歩き始めるが、腰に帯刀したサーベルが鈍く光り、サキの魔力を吸い始めた。
サキの持つ黒のサーベルとマチコの持つ白のサーベルは二本で一対。サキが所持していたサーベルの片方をマチコに持たせているのだが、マチコとしては指輪の代わりにサーベルを贈られたような気分でいる。何せ色違いのお揃いである。
この二振りのサーベルは魔法具であり、使用者は魔力を消費するだけで、魔法使いの職能がなくとも特定の魔法が使える。黒のサーベルは、黒魔術。相手からの精神攻撃に耐性を持ち、また対象の生命力にダメージを与える攻撃魔法を使える。白のサーベルは白魔術。消耗した体力を回復、怪我の治癒。それとゾンビ、死霊などの不死モンスターに対して魔法攻撃ができる。格闘家のマチコ、召喚士と白魔導士のサキ、どちらにも弱点を補ってくれる組み合わせだ。
ただ、他にも重要な機能がある。どちらかのユーザーが魔力を使い切ったとき、もう一方のユーザーから魔力を補充できる。二人の魔力の総量は同じでも、共用することによって、魔力の少ない者が多くの魔力を消費でき、二人合わせた分の総量に収まっていれば良いのである。
マチコは元々体術使い。魔力はあるものの魔法使いではない。タロスのようなゴーレム、使い魔などに頼らず、大型の獲物を相手に戦闘する場合、マチコは格闘技術だけでなく手甲の雷撃を使う。その魔力が尽きたとき、サキの魔力を消費することで雷撃が出来る。そして、サキは出鱈目に大量の魔力を有している。
黒のサーベルがサキの魔力を吸うというのは、マチコが魔力を消費しているという事だ。雷撃や地滑りを使って暴れているのならば良いが、白魔術を使っている場合、パーティが危機に瀕している。
「急いでマチコのもとへ行かなければ!」
飛行型ゴーレムを撃破したフェザーライトだが、クラブハウスの上空には向かえずにいた。元空軍大将のガンバ男爵が絡んできたからだ。二十四体のレッサーデーモンを連れ、フェザーライトを包囲した。飛行型ゴーレムほどの速度ではないが、背中の黒い翼を操りはばたくデーモンは小回りが利く。オズマは魔法で飛び回り、オズワルドは甲板上から、メイは操艦しながら火力呪文を撃つが、不利な状況にあった。
「諦めるな。粘れ。我々ダークエルフの魔力量を舐めているようだね。長期戦になれば、悪魔どもの魔力が尽きる。」
オズワルドは士気が落ちないようにメイに声を掛けるが、悪魔たちは、魔力が尽きるとライフルを撃ってきた。三人の魔導士は銃弾を弾くような甲冑は身に付けていない。銃弾を防ぐため、オズワルドが防御魔法を使わざるを得ない。そして、さらに予想外の戦術を取って来た。悪魔の大きな手に握れば隠れるほどの団子状の黒い塊。指が一本はいるくらいの大きさの輪が付いている。その輪を引き抜いたと思うと、大きく腕を振る。フェザーライトの船体に当たり、火が広がった。手榴弾を投げてきたのだ。
「あ、あれはクッキーさんが言ってた、パイナップルってヤツじゃない?」
俺はメイと魔法の呪文を教え合ったときに、銃や火薬についても訊かれたので、予備知識程度に手榴弾や迫撃砲の話もしておいた。火薬があるからには、作ってくるのではないかと思っていた。
「父様!伯父様!あれは小さいけど火薬が多いわよ。下手したらフェザーライトの船体に穴が開くわ!」
「厄介な。魔力が尽きても火薬か。」
「面倒なモン、持って来たがったな。」
オズマはガンバと直接対決している。攻撃魔法、とくに複数の相手に範囲攻撃できるものとなるとオズマが得意なのだが、ガンバは空軍大将の肩書を無くした腹いせか、オズマに執拗な攻撃を繰り返し、オズマに大きな魔法を使わせない。配下のレッサーデーモンを守ることに繋がっていた。
ガウェインが指揮する東側からの本隊は、市街地に入ってすぐの場所で足止めされていた。前進すれば鉛玉が飛んでくる。盾や甲冑で固めた前衛は守備一辺倒となり、後衛は上から攻撃される。待ち伏せのガーゴイルに加えて新戦力のレッサーデーモンがジャカランダ軍の前に立ちはだかった。デーモンとしては中の下から下の中程度の位だが、それでもインプや地獄の番犬といった下級の悪魔とは雲泥の違い。ジャカランダ軍の空を飛べる天馬騎兵は数が少なく、バルナック軍に対応しきれない。
また、二十四体のレッサーデーモンを振り切って進軍しても、レッド男爵が率いる二輪車騎兵隊がいる。これは人間の兵だが、馬よりも速く走る魔法動力の二輪車に拳銃を持った騎兵が乗っている。ジャカランダ軍の左右両翼から敵を包囲、殲滅するはずだった弓騎兵を完全に押さえ込んだ。
「吾輩のフォロンほどではないが、二輪車は安定して働く。機械化騎兵はよくやっているようだな。この調子で波状攻撃を続けさせよ。」
ウィンチェスターがレッドに下賜した魔動二輪車『フォロン』の下位互換アーティファクトから成る騎兵隊に弓の代わりに拳銃を持たせた部隊を機械化騎兵と呼び、近づいては銃を撃ち、弾丸を撃ち切ったら戻り後詰めと交代するという戦法で、兵力では勝るジャカランダ軍と渡り合った。魔道二輪車は、とくに悪路では、その性能を乗り手の技術にかなり左右されるが、トップスピードは馬の比ではない。リボルバー式で六発の弾丸を連射するハンドガンと共に期待以上の戦果を上げた。
ジャカランダ軍は陣形を崩さぬよう足並みを揃えて前進していく。距離を詰めればジャカランダ軍が優位のようにも思えるが、銃の威力も近距離からの方が大きい。それまで銃弾を押しのけた甲冑の板金も鉛玉に貫かれ、両軍とも死傷者を増やしていった。
膠着、というより押され気味であることを憂慮したガウェインは、念のため用意はしたが使う予定はなかった兵器の使用を後方部隊に指示した。その兵器とは葡萄弾。本来、攻城兵器である投石器を対人兵器へと変える。遠心力で重い石を遠方に飛ばし、城壁や城門の扉などを打ち破るカタパルトだが、大きな石の代わりに帆布に包んだ鉄や鉛の玉を大量に飛ばす。その布に包んだ形が果実の葡萄のように見えるので、この名前になった。大まかな照準で、大勢の敵兵を上空から襲う。現代兵器でいえばクラスター爆弾のような物だ。本来グローブの世界での葡萄弾は大砲に詰めて艦船を攻撃するための物で、十六世紀から十九世紀に使用された。発射されるとすぐに散弾のようになるため、飛距離がない。だが、このユーロックスでの葡萄弾は投石器での使用なので、石を飛ばすのと比べても飛距離は遜色がない。
ガウェインだけでなく、他の騎士たちもこの葡萄弾の使用は躊躇っていた。無差別大量殺傷兵器ともいえるからだ。だが、銃、火薬に対抗できる手段は必要であり、このままでは味方の被害は大きくなるばかりであると腹をくくった。
葡萄弾カタパルトが稼働し始めると、戦況が変化した。広い範囲を爆撃するような物である。軌道、着弾点を予想して避けるなど出来るはずもなく、当たらなければ運が良かったと胸を撫でおろすのみ。戦場から逃げ出すしか避けようがない。防御魔法などを使えば防げるが、銃を持って戦う兵士は魔法を使えない者たちだ。
そして、ジャカランダ軍の投石器は戦車計画によって二頭立ての馬車に載せられているため、移動は簡単。前進すれば、バルナック軍の小銃を持った鉄砲隊の銃弾の装填をしている後詰め部隊にも葡萄弾を撃ち込んだ。
「よし、鶴翼の陣に組み直せ!一気に畳み掛けるぞ!」
鶴翼の陣とは、数で勝る側が『V』の字の形を取り、敵を包囲殲滅させる陣形。ガウェインの咆哮で、勢いに乗ったジャカランダ軍は大型弩砲もフル稼働、弓騎兵を左右に展開して囲い込んだ。単純な二列横陣での鉄砲隊とデーモンの遊撃隊という編成だったバルナック軍は、ジャカランダ軍の組織的な動きに対応できず崩れ始めた。
しかし、両翼の騎兵に合わせて中軍の前衛の重装密集部隊が進み始めると、また流れが変わった。幾つもの地点から爆音と土煙が上がる。前衛部隊が進んだ先は地雷原であった。重い鎧を着込んで衝き槍と大楯を持った屈強な騎士たちが足を吹き飛ばされ、無惨に倒れていく。狭い範囲ではあるが、帯状に地雷を仕掛けており、そこに前衛の密集部隊が嵌った。ラグビーに例えると、スクラムが崩れたようなものだ。ここを押し込まれたら総崩れもあり得る。
葡萄弾というのは、本来大砲の砲弾なのですが、この異世界には大砲がありません。
投石器の遠心力を使って飛ばします。
野球のピッチングマシーンを想像してください。