第123話 タムラ
前回、対人地雷にやられたフレディ、銃弾に倒れたタムラはどうなる?
地の精霊ノームのオキナに土の壁で囲んで皆を護るようにと指示を出す。上からの攻撃は防げないだろうが、上にいるのはガーゴイル。飛び道具での攻撃は考えにくい。まずは、飛んでくる鉛玉を防がなければ。
「おう、任せておけい。儂の壁なら、あんな弾丸は通さん!」
クアールが地雷を恐れず前に出た。人間と同等以上に知能が高いし言葉も理解するとサキは言っていたので、おそらく地雷のことは分かっているのだと思う。肩から伸びる植物の弦のような触手で、這ってこちらに引き返そうとするフレディの身体を持ち上げ、自分の背中に載せると退き、後方の建物の陰へと移動していく。しなやかな動きに無駄はなく、最適な行動だ。
「ディーコン!フレディを頼む!」
俺は白魔術師のディーコンにフレディを治癒するように言って、その後クララの契約精霊のヤンマに訊いた。風の精霊ならば、音には敏感なはず。契約者ではなくとも協力してくれるだろう。契約者のパーティの危機なのだから。
「ヤンマ!質問に答えてくれ!タムラさんが倒れたときに、銃声が重なって聞えた。タムラさんを狙ったスナイパーは何人いるか分かるか?」
「勿論だ!四人いる!周りの中層の建物の上の階の窓、腰壁の向こうに隠れてる。」
すると、木菟のリュウが俺の肩に降りてきて喋った。いつかのサキの声ではなく、もう少し子供っぽい声。リュウ自身の声だ。
「正面と左右の赤いレンガの勾配屋根のアパートメントの四階、後ろの三階建ての宿屋の真ん中の部屋。人の気配があるぞ。」
「ヤンマ、リュウ、ありがとう。やるぞ!」
タムラさんがやられた分をやり返し、安全を確保する。その思いでいっぱいだった。魔法の矢の呪文を使えば、ハッキリと視認できなくても的を狙える。しかし、俺が使える呪文暗器は二連弾。一つの対象に二発の火力を叩き込むものだ。四つの対象を相手には、四回の術式を繰り返すことになる。初めて使う呪文ではあるが、ホリスターの銃剣が助けになってくれることを期待し、タムラさんの分をやり返すのだからと考えて、使う呪文を決めた。銃剣のバレルに六芒星の魔法陣が浮かぶ。
「偉人たちを追悼せよ。殿堂にて控え賢者の来訪を待て。破魔矢六連弾!」
タムラの得意なマジックミサイル。六つの的を狙える。魔法陣の星の頂点から出た六条の光線が、それぞれ異なった方向へ飛ぶ。
呪文を詠唱するとすぐ、マチコは軽々とタムラを肩に担ぐ。さすがプロレスラー。これが出来なければ、投げ技は無理。当然か?クアールの後を追って走り出した。クララも俺も一緒に走り出し、魔法の結果については確認さえもしていないのだが、音を聞いた限りでは命中している。追撃がないことからも成功したのだろう。
マチコはディーコンの隣にタムラをうつ伏せに下ろし、その後は主導権を握って俺達に的確に指示を出した。マチコ自身はサーベルを右手に握っている。
「クッキー。タムラさんの鎧を外して。クララは水のダガーで、止血して。」
タムラの鎧を見ると、左半身には凹みが二か所。狙撃が命中したものの鋼板が弾丸を防いだ跡だ。やはり立ち上がった瞬間を複数の狙撃手に狙われていたのだ。
「クッキー、見張りを宜しく。あたしの白のサーベルは、サキの黒のサーベルと一組でね。怪我の治癒が出来るの。」
後で聞いた事だが、サキのサーベルは黒魔術、マチコのサーベルは白魔術を使うことができる。二本で対になっており、二人の弱点を補うアイテムなのだそうだ。しかし、今はそれどころではない。クララの顔色が悪くなっている。
「マチコ姐さん。ダガーの力でも、出血が止まらない!傷が深すぎる!」
細い声でタムラが喋り出した。いつものような覇気がない。
「う・・・、ありがてえが、もういいぞ。おそらく鉛玉が肩甲骨を砕いて肺に入ってんだろ。息が詰まる。マリアがいても、助かるまい。」
「ちょっと!タムラさん!何言ってんのよ。」
「聴いてくれよ。へへっ、了。マチコさん。それから、今この場にいねえけど、レイゾーの旦那。もし、日本に帰ったらよ、岐阜に行ってくれねえか?高山市だ。俺の妻の名は田村加奈。娘は花恋。詳しくはレイゾーの旦那が知ってる。おれの家族に伝えてくれ。お前たちの幸せを祈ってるよってな。」
「タムラさん。それは、自分で伝えるべきだ。」
「そうですよう。」
「怪我を治して、一緒に帰る方法を探しましょう。」
「ああ、それから。了。お前さん、射手の職能も持ってるよな。俺の弓、やるよ。」
俺は治癒や回復の魔法は苦手だが、火系の精霊魔術にも体温の調整や、黒魔術でも痛みを誤魔化す呪文がある。マチコのサーベルの魔法と一緒に使ってみたが、焼け石に水だろうか。
「ありがとうよ。でも、もう眠くなってきたぜ。本当、ありがとうな。」
タムラの呼吸の音が聴こえなくなった。左手の弓はガッチリと握っていた。フレディも、フレディの治癒をしているディーコンも涙を拭っている。
「なによお、あたしの料理の師匠でしょ。まだ教わってないレシピあるじゃない。」
真っ先にマチコが大声で泣きだした。クララは俺に抱きついて声を押し殺して震えている。俺も涙で目が霞んでしまってよく見えない。
その横でフレディは足の治療を受けている。彼は悔やんでも悔やみきれない様子だ。
「僕のせいだ。僕が突出して地雷を踏んだりしたから。」
「そんなことはない。今はとにかく足の治療をして、戦場から脱出しよう。」
そうだ。気持ちを切り替えなくては。ここで犬死するわけにはいかない。フレディもディーコンも普段は別のパーティとはいえ、それぞれ取調室の食材調達係として前線で頑張っている実力のある二人だ。これからも取調室を支えてもらわないといけない貴重な人材。ここで気に病むようなことにはしたくない。
「いや、誰のせいでもない。強いて言えば、バルナック軍のララーシュタインとウィンチェスターのせいだ。フレディ、ドンマイ。
俺は決めたぞ。この手で、この戦争の首謀者を倒す。とくにウィンチェスターは絶対に許さない。同じグローブからの異世界人として、数を付けてやるからな。」
「うん。了ちゃん、がんばれー。」
「その意気よ、クッキー。」
フレディは甲冑を着込んでいたため、足を吹き飛ばされることはなかったが、地雷を踏んだ左足の甲の骨が折れ、膝から下は両脚とも酷い火傷を負っていた。
フレディには、クアールに乗って、俺の予備の短槍を渡し使ってもらうことにした。タムラの亡骸は、俺のアイテム保管庫で搬送する。
目指すは、ジャカランダ軍、騎士団の本隊との合流だ。ここまで火力呪文を撃ちまくり、魔力を大量に消費する破魔矢六連弾まで使ったことで、俺の魔力は尽き、マジックポーションももう残っていない。せっかくのホリスターの銃剣を活躍させる機会だが、ないものはない。タムラの弓を握りしめた。
(タムラさん。この弓、使わせてもらいます。大事にしますから。)
緊張感が漂う状況だが、マチコはちょっと違っていた。何か裏があるようだ。
「さあ、こっからは、あたし一人でも暴れてやるから。皆休み休みついてらっしゃい。」