第121話 後の先
今回は、バトル。
バルナックは元々、西ガーランド島の南端、ウエストガーランド王国の一地方に過ぎない。つまり国力がない。三年前の第一次バルナック戦争では、ドルゲ・ララーシュタイン1世が悪魔を召喚したが、その代償として命を落とし、息子のユージン・ララーシュタインが、父が召喚した悪魔と自分自身が召喚した魔物を兵として、ミッドガーランドの領地を奪おうと仕掛けた戦争だった。この三年前の戦争で荒廃し、さらに国力が下がっているのに、今回の第二次バルナック戦争など普通に考えたら出来るわけがないのである。
それでもまた戦争を始めたのは、勝つ見込みがあるからだ。悪魔や魔物の召喚に加えてインヴェイドゴーレム、それに火薬、銃の存在。インヴェイドゴーレムや魔物を尖兵として進行し、数少ない兵には銃を持たせ、悪魔に指揮させる。
ミッドガーランド王国からすれば、このバルナック戦争は、第一次も、今回の第二次も全く予想外のことであった。第一次では、異世界グローブから召喚したレイゾーたち。第二次でもレイゾーをはじめとしたグローブからの転移者、国外からの人材によって持ちこたえている。どちらの陣営からも前代未聞の予想外の事が起こっていた。
その予想外の兵装や戦術のぶつかり合いが此処で起きている。バルナックが現在支配下に置いている商業都市クラブハウスでは、奪還のために出張って来たジャカランダ軍が東と南から突入し白兵戦となっていた。
東からは騎士団長ガウェインが率いる主力部隊が砦を破り前進、街中へ入ったが、ゴーストタウンのように静まり返った石造りの中層建築の合間を編隊を組んで進軍して行くと、雨樋やオーナメントなどの建物の装飾としか思えなかった、日本でいえば鬼瓦のような物であるガーゴイルが突如魔物と化しジャカランダ軍に襲い掛かった。頭上からの奇襲に上手く対応できず、一人また一人と兵が倒れていく。
「広い場所へ行け!建物の並びが切れる、開けた場所まで走れ!」
ガウェインの指示で一斉に走り出す。広い路が交差する交通の要所まで来ると再び指示を出す。
「方円の陣を組め!方円の陣!」
背中合わせに菱形に近い形で円陣を組む。戦の陣形には基本の陣形として「八陣」というものがあるが、その中の一つで、守りを重視した編成である。あらゆる方位に向けて注意、迎撃の体勢を取れる。
「魔法兵団は陣の中心へ。剣士は弓隊を護れ。置き盾を上に構えろ。回復役、後方支援の者は身を低くして隠れろ。飛び道具を扱える者は、上から来るガーゴイルを撃ち落とせ!」
奇襲に対抗できるようになると、次には、交差点の四つ角の建物の屋根や上階の窓から、バルナック軍の弓兵や魔法使いが顔を出した。少しくらいガーゴイルの数を減らしても敵の増援が駆けつけるわけだ。
「こちらの動きを読んでいる。誘い込まれたな。」
ガウェインは魔法兵団に石の泥人形を召喚するように命令。ジャカランダの騎士団でも、これまでの経験からバルナック軍に対しての戦術や兵装を研究していた。ゴーレムは、その中の一つである。ララーシュタインのインヴェイドゴーレムに対抗する奥の手として温存しておくつもりだったが、その前に敗北してしまうようでは話にならない。ここが使い時と判断した。実際には、シルヴァホエールのタロスが、もう始末をつけている最中だったのだが。
「建物ごと崩してしまえ。」
方円の陣の外側に出た四体のストーンゴーレムは、兵たちの前に立ち、壁として兵を守りながら、敵の狙撃手や攻撃魔法の使い手を倒そうと、ハンマーのような石の手足で建物を壊していく。
俺達シルヴァホエールは、腹にダメージを喰らい動きが緩慢になったタロスを駆り、残り三体のインヴェイドゴーレムと戦っていた。『ハイルV』は無人の自律型であるが、阿修羅型のスプリンゲルは有人型で、おそらく三面六臂であることから三人以上の魔法使いが乗り込んでいるものと思われる。頻繁に魔法攻撃してくるうえに、脇に回り込んでも対応が早い。腕が六本もあると格闘戦も他のゴーレムとは勝手が違う。
「魔素漏洩!」
「魔力消沈!」
俺はインスタント呪文のカウンターで相手の魔法を無効化し、防ぐことを繰り返していた。地味だが、ハイルVの前腕が伸び縮みする機構もちょいと厄介なのだった。マチコは三体のゴーレムの攻撃をのらりくらりと避け続ける。ジャッキーチェンかよ。
「こんな時に講釈たれても仕方がないんだけどさあ~。空手や剣道なんかの日本の武道には、『先を捕る』っていう思想があってねえ~。技の受けと攻撃を瞬時に判断する心構えとでもいうのかなあ?要するに間合いとかタイミングよね。
『先の先』、『対の先』、『後の先』の三先って云って、技を出し、受けて、崩して、相手の懐に入って、打ち返すって攻防一体の動きをしなさいって、禅問答みたいなものなんだけどさー。
あたしは普段は『先の先』か、『対の先』で、まあ、先手必勝パターンで相手をボコっちゃうわけ。
で、今クッキーがカウンターで、相手の魔法を妨害してるけど、これは『後の先』ね。タロスもおなかに怪我しちゃって動きがイマイチだから、格闘戦でも、この手で行くわよ。まあ、返し技ね。」
マチコは余裕があるみたいだが、地道にマナの流れを補修してタロスのダメージコントロールをしているサキが、しびれをきたしたらしい。二度もデイヴのお陰でタロスを傷つけたのが面白くないのだろう。
「分かった。早めに頼む。」
ハイルVの一体が、右ストレートパンチを見舞ってきた。タロスは左手を逆手にして、ハイルVの右手首を捕まえた。思い切り引いてハイルVの右腕が伸びきると、その肘の裏側へタロスの右拳がアッパーカット。顎ではなく、肘の裏側へ。ハイルVの右肘が大きな音をたてて折れた。
「うわっ、痛そう~。マチコ姐さんのこういうとこ、ホントに天才格闘家だとおもいますぅ。打撃も関節技も完璧。」
「まだまだ!」
クララは感心するが、まだマチコは納得していない。タロスは腰を落としながら、左踵を軸に百八十度回転して、ハイルVの懐に入り込む。左足の重心を前へ。踵からつま先へ移動しながら跳ね上がり、右の踵でハイルの右の脛、弁慶の泣き所を蹴り上げたら、高さ十六メートル程のハイルVの身体がフワリと浮いた。両手で掴んだハイルVの右腕を下へ引くとハイルは頭から地面に落ち、折られた右肘は千切れて隻腕となったアイアンゴーレムが逆さまに地面に立つ。
「柔道の一本背負いよ。」
こうしてマチコのペースで、この道何十年の老練の武術家が、最低限の動きで若者を手玉にとるような格闘戦を見せつけた。最後には阿修羅型のスプリンゲルが魔法の大技、巨大な火の球を撃ちだしてきたが、俺が対応した。五芒星魔法のインスタント呪文。
「偏向!」
クララ、レイチェル、ジーンの四人でシドのダンジョンに入ったときに、攻撃寄りの能力ばかりが高い俺が、後衛職としてパーティメンバーを守るならば、カウンター呪文が必要だろうと思い、クララの家の一階の親御さんの書斎にある本を借りて読み、いつか使ってやろうと目論んでいた魔法だ。
相手が攻撃してきた火力の対象を換え、跳ね返して別の対象を攻撃させるというズルい呪文。港にいるバルナック軍の軍船にでも良かったが、やはり六本腕が厄介なので、そのままスプリンゲルに返してやった。
「海と大地を貫き、酸と熱を含んだ銛の残撃。大地の神託を悟り、ガイアの祭壇を囲んで祈れ。増幅された歴史!」
サキが金属疲労を起こさせる地系のソーサリー呪文を唱えた。合わせ技となって、スプリンゲルも撃破した。
戦の陣形は、天候や地形や兵力数だとか、いろいろな要素があるので、難しいのですよねえ。