第120話 デイヴ
『ヤクートパンテル』が離れていくという事は、助走をつけて、また槍で衝いてくるつもりか?次こそ補助呪文で躱してみせる。拳を握って身構えると、ヤクートパンテルが振り返り、風の魔法を使った拡声器で話しかけて来た。
「はっはっは!どうだ、サキ。ざまあねえな!」
「この声は、デイヴ?!」
「あ、あの馬鹿!追い出してやったら、バルナックについたの?」
「え?俺の前にいたっていう魔法使いか?」
「うん、そう。了ちゃんの前にいた精霊魔術士よ。」
サキも風の精霊魔術を操作して音声を外に出し、まるでタロスが喋っているような感覚に陥ったが、デイヴに返した。
「ふん。低能な魔法使いが一人バルナック側に流れたところで、なにも状況は変わらんな。おまえこそ、いい気になるなよ。」
「お姐さんは怒ってるわよ。今のうちに素直に謝りなさい、僕ちゃん。」
マチコが火に油を注いだ。こうやって挑発するのは、おそらく挑発に乗りやすいからだ。デイヴというのは、短絡的な性格なのだろうな。
だが、元シルヴァホエールのメンバーならば、此方の戦い方をよく知っているはず。差がつくならば、そのデイヴとやらに知られていない俺の魔法だ。
まずは、タロスを羽交い絞めにしようとする四体のゴーレム、スプリンゲルとハイルVをなんとかしておきたい。初めて使う呪文だが、試してみる。マゼンタと黒のマナを使用する超高等魔術のソーサリー。
「ある者は惹かれ、ある者は拒絶する。やがて誰にも平等に訪れる瞬間を後悔なく受けとめよ。死の磁性!」
スプリンンゲルとハイルVの左側にいた一体ずつが、首のないレオパルドのボディに引き寄せられ、脚を突っ張るがズルズルと土埃をあげて近づいて行き、大きな音をたて『衝突』した。ボディの一部が凹む。車なら多重事故だ。
そして別の一体ずつは、反対に弾かれて遠くへ飛ばされていく。スプリンゲルはタロスの右側、ハイルVは後方へ。背中から地面に落ち、受け身も取れず、それなりのダメージが入ったようだ。ハイルVは無人だが、スプリンゲルは有人だ。中にいる魔法使いはただでは済まないだろう。
磁石の違う極は引っ付き、同極は弾く。ゴーレムが磁石になったようだった。この呪文、思ったよりも使える。これから積極的に利用しよう。
「樹皮六花!」
俺が悦に入っている間に、サキはデイヴの人馬型に氷結の呪文を仕掛けた。これは、攻撃と補助の両方の性格を持っている高等魔術。急激に相手の身体を冷やすが、間接を氷漬けにして動けなくしてしまう。湿度の高い場所や荒天の後などに使うと効果が高い。月が三つあるために潮汐が複雑で天気が変わり易いユーロックスでは有効だろう。特にガーランド群島は、平均気温は低めだが雨の多い地域であるらしい。
関節が凍ってしまったせいで動きがぎこちなくなったアダマンチウム製のゴーレムは、タロスに槍を衝こうとするが、マチコは身を翻して手の甲で槍先を捌き、すれ違って進むように攻撃を躱した。すると、今度はすれ違ったまま走り去っていく。振り返る様子はなく、海岸沿いを北上するコース。呆気にとられたが、ますます加速して、逃げていくようだ。
「タロスと互角に戦えるゴーレムが手に入った。目的は達した。あばよ!」
デイヴは捨て台詞を吐いて消える。凍らせた関節も動きとともに温まっていくのだろう。馬の走りで云えば、速歩、駈歩、襲歩と、どんどん全力疾走に変わっていく。タロスで追っても、これには追い付けない。人馬型のメリットだろう。
タロスと互角に戦えるゴーレムが手に入ったとは、どういう事なのだろうか?戦いが目的ではないのか?サキも不思議に思っているらしい。
「私を恨んでいるのではないのか?タロスに拘っているのか?」
しかし、今はまだやる事がある。四体のゴーレムがまだ残っている。これらがジャカランダ軍を襲ったら惨事になる。このまま逃げるアダマンチウム製を追ったら、前後挟み撃ちにされてしまう。ここで、クララから良くない知らせ。
「サキ、大変!おなかの穴からマナが抜け出てる!」
それは、魔法の増幅が出来なくなるという事か。タロスの行動そのものにも影響するだろうか・・・?
「マチコ、おまえが頼りだ。」
「まかせて。秒殺するわよ。」
マチコの判断、決断が早い。すぐさま右側に飛ばされて単独でいる阿修羅型のスプリンゲルに走り寄り、頭部を蹴り上げる。三面あるスプリンゲルは、タロスが走るとすぐに気づいたのだが、避ける暇はない。倒れているスプリンゲルの頭部に、続けざまに肘を打ち下ろす。これは、やるのもやられるのも両方危険なので、ほとんどの格闘技で反則になると思うのだが。それを躊躇なくやれるのが、マチコの強さだろう。
スプリンゲルも反撃してくる。六本の腕でタロスの腕や胴を掴み、片の上に背負い上げ、エビぞり状にしてマフラーのように首に巻き付けた。顎や太腿をホールド。六本の腕は使いようだな。強力な|アルゼンチン式背骨折り《アルゼンチン・バックブリーカー》だ。
ここでやられっぱなしにはできない。俺は一時的にマナをかき集める呪文を使った。
「魔素窯!」
タロスの腹部を破られ放出したマナをひとまず補充。レインボウカラーの光がタロスを包むと出力がアップした。タロスは締め付けにあいながらも無理矢理に振り解いた腕をスプリンゲルの顔へ巻き付けヘッドロック。首根っこを掴むとへし折った。
海岸沿いを北上して走る『ヤクートパンテル』を追いかけ、その頭上を木菟のリュウが飛んでいた。どこを目指して走っているのか、目的地を探る。
そのヤクートパンテルのコックピット内部は荒れていた。指揮官であるデイヴ・マルムスティンと、四人の黒魔導士が揉めている。
「マルムスティン隊長、何故ですか!?」
「引き返しましょう!タロスに止めを刺すのは今ですよ!」
「そうです。シルヴァホエールさえ斃してしまえば、インヴェイドゴーレムでミッドガーランドなど蹂躙できます!」
デイヴはいきなり拳銃を発砲し、最初に発言した魔導士の頭を撃った。血が飛び散りバタリと倒れ込む。即死だ。
「うるせえぞ。俺に従うか、ここで死ぬか。選べ。
俺の目的は強力なゴーレムを手に入れることだ。お前らなんぞ、いなくても構わんからな。」
結局、あと三発の銃声が響いた。コックピットに血の匂いが充満する。
デイヴ・マルムスティン の名前は
メガデスの デイヴ・ムスティン と ギタリストの イングヴェイ・マルムスティーン から。




