第119話 アダマンチウム
レイゾーとガラハド、マリアはゴードンを囲んで飲んでいた。取調室のホール、エントランス近くのテーブルだ。
「それで、どうなんだい、新婚生活は?」
「まあ、俺は家財道具も少ねえもんで。俺がマリアの家に引っ越しを。」
「ああ、それがいいね。マリアなら普段から掃除もバッチリしてそうだからね。」
「いや、コイツ、意外と自分ではやらねえんで。ルンバ君がやってるよな。」
マリアは黙ってガラハドの頬を抓っている。
「ルンバ君? 家事にハウスキーパーでも雇った?」
「まあ、そんな感じ。この店にもコピーがいるから、後で見せましょうや。」
「コピー?」
ゴードンの希望により、もう昔のような騎士ではなく主従関係にない事、同じパーティの一員という事で、ガラハドに敬語を禁止にしているのだが、ガラハドはとても話しにくそうである。普段がぶっきらぼうな喋り方だけに。
そこへタムラが声を掛けた。店員二人を連れている。
「レイゾーの旦那。俺は食材の仕入れに行ってきますよ。フレディとディーコンを連れて行く。」
「ああ、そうだね。頼みます。人選もそれでバッチリ。」
「何か珍しい食材が入れば、賄いに。ゴードン王子、楽しみにしていてください。」
「おお、いいですね。待ってますよ。」
フレディとディーコンは、取調室の食材調達係。探索者、冒険者としては従業員のなかでも最も腕がたつ。兵としても強いという事だ。フレディは剣士、ディーコンは白魔導士の職能であるので、狙撃手のタムラと組めばバランスは良いだろう。
これはレイゾーの指示で、タムラだけでもクラブハウス奪還作戦の加勢に行こうというのだ。まさかとは思うが、ゴードン王子が、バルナック軍に通じる間者ではないという証拠がない。ゴードン王子を作戦行動中、セントアイブスに留めておきたいので、三年前、短い期間とはいえ、一緒にパーティメンバーとして行動したレイゾーはセントアイブスから動けない。元ジャカランダの騎士であるガラハドも一緒にいた方が自然だろう。おそらく今回の作戦で、間者を炙り出して解決するはず。次からはパーティ揃って作戦に参加できるだろう。
タムラたち三人は街の郊外へ出ると、早速領域渡りを使ってクラブハウス郊外へ移動。街の南側へ出た。
クラブハウス港からすぐ。倉庫や市場、低層だが、面積の広い建物が並び、道幅が広く、開けた広場などのイベントスペースが多い地域。市街とはいえ、巨大なゴーレムが比較的動きやすい場所だ。とはいえ、ゴーレムが暴れたらとんでもない被害が出る。クラブハウスは商業都市なのに、その生命線である商業に支障をきたしてしまう。だが、そんなことに構っている余裕はない。タロスは六体のインヴェイドゴーレムに囲まれている。
「大地を貫く魔力の群よ。血気を解放し、勢いを増して天にも伝えよ。地震!」
自分自身にも多少のダメージを喰らうが、周囲の地上の対象全てに攻撃を加える大技の呪文を使った。これは『微震』を強力にしたソーサリー呪文。タロスも含めた全てのゴーレムが地面に膝を着く。
「姐さん、両腕を開いて!」
「あいあーい。」
タロスがスッと立ち上がり、両腕を水平に挙げ指先を伸ばす。十字架のような形だ。
「五指雷火弾!」
両脇にいる阿修羅型ゴーレム『スプリンゲル』に五発ずつの光弾を撃ち込んだ。アースクエイクの効果で揺れ続けている地面にスプリンゲルが転がる。六本腕でタロスを捕まえようとする動きを先回りして塞いだ。スプリンゲルも転びながら攻撃魔法を放ってくるが、タロスには通じない。
しかし、正面にいる人馬型の『レオパルド』は、四本の蹄のついた足で安定が良く、右手の衝き槍で攻撃してきた。踏み込みも速い。確実にタロスの頸を狙ってくる。マチコは両腕を顔の前に交差させ、衝きを防いだ。甲高い衝撃音と共に赤い火花が散る。火炙りにしてやる。
「火炎放射!」
人馬型のボディが赤化する。続いて、格闘しやすいように補助呪文。
「超信地旋回!」
人馬型を無理矢理方向転換させる。グルリと回れ右。百八十度回転して止まり、後ろ向きだ。マチコは背中に飛び上がり、丁度馬に乗った形になると、両腕で頸を絞める。スリーパーホールドだ。ただし、ゴーレム相手に極めても、人間の身体の構造と異なるため致命傷なわけではない。人間相手のスリーパーホールドは頸動脈を圧迫する。タロスの両腕は締めるだけでなく、捻りを入れ頭を横向きにし、首をへし折ろうとする。
そこへ背後から二体の二足歩行型『ハイルV』が飛び掛かってきた。左手で「レオパルド」の頭を鷲掴みにしたまま、右の肘で『ハイルV』をエルボーストライク。新型で有人式のスプリンゲルとレオパルドにばかり注意していた俺は、慌てて魔法の矢を撃った。
「くそっ!暗器!」
二体のハイルVに一発ずつ魔法の矢が当たり、鈍器で殴られたかのようにハイルVは一瞬動きを止めるが、すぐに動き出し、タロスが乗ったレオパルドの左右から、タロスの脚にしがみ付いてきた。タロスの腕がレオパルドの頭から離れると、今度はハイルVよりも一回り大きい重量級のスプリンゲルが六本の腕で左右のタロスの腕を掴む。完全に捕まった。余計に拙い状況なのではないだろうか。
「よおし、よくやったぞ!突っ込めえ!」
これを見逃さないのがデイヴである。一緒にいる黒魔導士たちに精神攻撃の魔法を使うように指示。脳細胞にダメージを与える結界を張るという大魔法の呪文詠唱に入った。大魔法とは複数の魔法使いが力を合わせて行使する大掛かりな魔法。
「鉄の巨神を牽制し、異文明の遺跡を荒す野蛮な者どもを駆逐せよ。脳障結界!」
急におかしなリズムの電子音のようなものが聴こえたと思ったら、頭痛と吐き気を感じた。これは、敵味方お構いなしにダメージを与える魔法の範囲攻撃の呪文らしい。周りのゴーレムも怯む様子が分かる。
そして、『レオパルド』の上位互換とも言える『ヤクートパンテル』が衝き槍を構えて突進。味方の『レオパルド』の鳩尾を貫き、突き抜けた槍はタロスの腹を衝いた。その振動でレオパルドの頸が捥げた。西洋甲冑の兜のデザインの頭がゴロゴロと地面に転がり、大きな石に当たって止まった。タロスはといえば、四肢を四体のゴーレムに押さえつけられたため、衝突の勢いで飛ばされることもなく、槍が腹から背中へ突き抜けている。コックピット内からすれば、マチコの足下の床の下を槍が通っていることになる。直下型地震で揺れが下から突き上げて来るような感覚を味わい、俺達四人は思わず声をあげた。
「馬鹿な!ミスリルの装甲だぞっ!」
タロスのスペックを一番よく知っているサキが、大きなショックを受けたようだ。
「特に腹など、装甲の厚みがある部位だっ!
クララ、情報分析できるか?」
タロスの感情回路に強い反応があったのは、これだったか。こうしている間にも次の攻撃があるといけない。俺はタロスの手足を押さえるゴーレムに火力呪文を撃ち込み、マチコは胴体から槍を引き抜いた。
「マチコ、一旦退け!クッキー、弾幕を張れ!」
「「了解!」」
人馬の背中から降りながら、火力呪文を撃ちまくった。サキも地系の魔法で盾となる壁を造る。クララはコンソールパネルを盛んに操作中。
「サキ、分析結果でたわよぅ。あの一体だけ特別製だわぁ。装甲と、槍の素材は、おそらくアダマンチウムですって。」
「なんだって?!」
なんだか聞いたことがあるような・・・?知ったかぶりしてもしょうがない。質問してみよう。
「クララ、そのアダマンチウムって、何?」
「三大希少金属の一つよ~。ミスリルよりも固い金属。」
「えっ?それってやばくない?超合金ニューゼットの機械獣が出て来たみたいなもんだ。」
「姐さん、解説して~。グローブの世界の話ですか~?」
「ちょっと、あたしにもクッキーが何言ってるか分かんないわね。」
いかん。昭和の男の子にしか分からないような話だったな。
「あ、あれ?そういえば、レイゾーさんたちの重装板金鎧はアダマンタイトって言ってたな。アレとは違うのか?」
これには、サキが答える。
「半分正解だな。その『アダマンタイト』のもっと純度の高いのが『アダマンチウム』だ。ダイヤモンドよりも固いと云われてる。とんでもない高熱、魔力を掛けないと加工できない。タロスよりもあっちが頑丈だということだ。ただし、魔法との親和性はミスリルの方が上だ。殴り合いを避けて魔法で攻撃するぞ。」
ところが、その強敵『ヤクートパンテル』がクルリと背を向け走り出した。




