第11話 阻止
レイチェルとジーンは夜明け、日の出とともに起き、東の海の浅瀬で海藻を取った。レイチェルが潜るとジーンは砂浜へ行き、貝を掘った。食用にアサリ、ハマグリ、カラス貝を熊手で掻き出し、ついでにサクラ貝の殻を拾う。
生活の糧として仕事を得たことはうれしかったが、昨日の「取調室」の冒険者たちの話は、正直なところ、気が重い。午後から起こることで死傷者がでないことを祈った。自分たちの生活、平和が冒険者や騎士団や多くの人の献身的な行為によって守られていることを知り、それに感謝の念を持ち、大人になったら恩を返すのだと決意させた。
オーバーランが起こるのは、ほとんど夜中である。オーバーランが近くなると迷宮の中は慌ただしくなり、構造は変化し、魔物は狂暴になる。そしてオーバーランをくい止めるには、混沌の迷宮を弱らせること。具体的には、中にいる魔物を減らす。特に大型や強力な魔物を倒すこと。それから魔法のエネルギーであるマナの溜まり場、マナプールを壊す。つまりマナを貯めさせないようにすれば良い。最終的には最奥部にあるラビリンスの心臓部である宝玉を砕けば、ラビリンスそのものが約一日で消滅する。
ただし、一方では人間もラビリンスから恩恵を受けている。持ちつ持たれつ。宝玉を破壊することは滅多にない。
5年ぶりのオーバーランが予想されるテオのダンジョンの周りには騎士団が集まっていた。魔物が出てくるのならば、それを退治して街へ行くのを阻まねばならない。ダンジョンの出入り口のモノリスをぐるりと囲みこむバリケードを築き、空堀や塹壕を掘り、円陣を組む。
午後、英雄レイゾーのパーティ AGI METALがテオのダンジョンに入り、オーバーランをくい止めるためにマナプール複数個所を破壊する。出来るだけ深い階層のマナプールを破壊するためには、露払いとして邪魔になる魔物を駆逐する別のパーティを先行させたい。そのために午前中は冒険者、探索者の各ギルドでパーティを招集する。ただし難易度の高い仕事であるため、評価ランキングの高い者のみから希望者を募る。
作戦としては、昼前くらいに露払いの担当をする魔物退治のパーティが潜入。騎士団のパーティも1隊入る。そのあと、正午頃にAGI METAL の3人、レイゾー、ガラハド、マリアが遂行する。俺はタムラさん、騎士団と共に出入口を固め、外に溢れてきた魔物を制圧する役目。今回は弓の腕を試されることになりそうだ。
魔物が外に出てくれば、出た途端に矢の雨を浴びせる。味方同士での撃ち合いを避けるため、そして戦果をあげる効率的な弓兵の配置となれば、いわゆる十字砲火だ。セントアイブスの街の南側の草原にあるテオのダンジョンは出入口が北向き。ダンジョンが時計の中心と仮定して、正面の12時の方向に槍を持った主戦力の騎士たち。1時から2時と10時から11時の方向に弓隊が構え、残りの方向もすべて騎士団や有志の冒険者たちが包囲する。後方には魔法を使う者が控え、魔物を逃がさず殲滅するというのが概要だ。
今日はオーバーランに備えるため、セントアイブスの街は静まり返っている。走り込みと筋トレをした後、昼前に休店中の取調室の客室の隅で座禅を組んで瞑想していると、レイチェルとジーンが海藻と貝を持って訪ねて来た。昨日約束した食材の納品だ。
「おう。よく来たな。今日の賄い飯はトンカツだ。食べていきな。それとな、家に二人だけでいたら物騒だから、オーバーランの騒ぎが収まるまでは、この店にいろよ。ここにいれば、うちの従業員の誰かが必ず守ってくれる。」
タムラは結構べらんめえ口調なのだが、誰に対しても親切だ。特に子供には。タムラは籠を受け取って、厨房の従業員に、海藻は洗ってから屋根の上で天日干し、貝は真水に漬けて砂を吐き出させるようにと指示する。取調室の授業員は、実は全員、腕の良い冒険者や騎士だ。店は魔物が出現しそうな街の南側の守りを固める出城のような存在。建物2階のバルコニーは、有事には弓を撃つための櫓になる。普段は見晴らしの良い南向きの特等席なのだが、2階の倉庫には据え置き型弩砲まで隠してある。そんなわけで、表向き店は休業だが、従業員全員が店にいるのだった。
レイゾーが奥の事務室から客室に出てきた。両手に重そうな鎧を抱えている。
「やあ、レイチェル、ジーン、こんにちは。約束のとおり、貝を獲ってきてくれたんだね。ありがとう。タムさん、クッキー、腹拵えをしたら出掛けようか。」
賄い飯のトンカツが絶品だ。たしかキャベツがないので、店のメニューにないとのことだが、付け合わせの温野菜も十分旨い。ジーンは大喜びだ。普段あまり野菜を食べないようで、それを見たレイチェルが驚いている。
そこへまた来客。クララだ。
「こんにち・・・、あ~!メニューにない料理食べてるぅ!あたしにも食べさせてくださいよう。一流の店は賄い料理だって最高なんだから。こんな機会は滅多にないわあ。」
「お、いいタイミングで来るじゃねえか。この小娘。鼻が利くのか?」
「あ~、もう、タムさん、ひどい!うちのパーティのメンバーみたいなこと言わないでくださいよう。」
(は? これから、オーバーランを阻止する目的で、ダンジョンへ戦いに行くんじゃなかったのか?)
軽い。緊張感なし。フェイントを喰らった気分になった。
「え、クララのパーティって、そんなノリ?」
「そうなのよ。マチコ姐さんがいつだってイケイケでオラオラだわ。おかげでどんな魔物を相手にしても敗ける気しないけど。」
マチコって日本人みたいな名前だが。わりと何処にでもいるのだろうか?こっちのユーロックスの世界にきた転移者が。まあ、ここにも日本人3人いるわけだから不思議はないだろう。
「そのマチコ姐さんって、どんな人?」
「そういえば、クッキーさんと同じ、転移者ね。滅茶苦茶強いわよ。格闘のプロフェッショナル。なんでもプロレスラーってお仕事してたって。でも、残念ね。マチコ姐さんなら、うちのリーダーと夫婦同然よぅ。」
「クララ、なにか勘違いしてない?」
そこへレイゾーが突っ込む。顔はニヤけている。
「夫婦漫才か、おまえら。イマイチおもろないけどな。」
「なんですかぁ?メオトマンザイって?」
「ああ、いやっ、なんでもないからっ!それより、どうして此処に来たの?」
レイチェルは目を輝かせている。ジーンは食べるのに夢中。タムラも表情は緩んでいるが、店員にトンカツを追加するよう指示しながら、クララに訊く。
「この数日は北西の風穴を探索してたんだろ。テオのダンジョンのことを聞いて来たんだな?」
「はい!なにか手伝えることはないですかぁ?ついでに言うとオーバーランを起こすとダンジョンの内部構造が変化しますから、その後どうなるかも気になりますね」。
「ダンジョンそのものは旦那がどうにかする。はみ出し者の魔物がダンジョンから出やがったら、それを始末するから、周辺の包囲警護に加わってくれるか?街を守るのが最優先事項だよ。クララにとっても実家があるんだからな。」
「わかりましたぁ。じゃ、食べたら行きますね。」
緊張感が足りない、が。適当にリラックスできた。良しとしよう。出発前に店の武器庫から、昨日の経験をもとに、いろいろと借りていく。この店の優秀な従業員たちを差し置いて、自分がダンジョンの出入口を固めにいくのだから、活躍しないわけにはいかない。
テオのダンジョンでは、先行して変化した内部構造を調べ、本命のパーティ AGI METALが急ぎ通れる道を作る先遣隊としての冒険者パーティ3組と騎士団一個分隊が、すでに行動を開始していた。約30名の猛者がダンジョンに潜り、下準備をしているわけだ。
騎士団長ロジャーと配置の確認をする。俺は射手という職能も持っているので、右翼の弓隊として魔物を待つ。もちろんいざとなれば戦士として突撃する気満々なので、できるだけ正面寄りに陣取った。タムラは狙撃手、猟師という専門性の高い職能の持ち主なので左翼の弓隊の中心。普段から大型ナイフ4本を獲物として携行するクララは正面。投擲武器の扱いが得意だというので、今日は手槍も借りて持っている。
そして、いよいよ英雄レイゾー、ギルドマスターのガラハドとマリア、それに伝令係となるサポートの騎士4名を連れたパーティが、混沌の迷宮の暴走を阻止するため、攻略を開始した。