第117話 揚陸
ワニ型の『ワルター』とエイ型の『シュミット』、都合五体のゴーレムを撃破すると、味方の水軍の軍船が集まって来た。軍船の武装ではゴーレムに対抗できなかったのだろう。しかし、こうして近海に集まってくれば残ったバルナックの高速帆船は水軍に任せてしまえば良い。旗艦のグリーンノアの船影も見えたので、決定だ。
タロスはクラブハウスの港へ向かう。『ワルター』が残っていれば、タロスを追って上陸し、地上戦になったかもしれない。港にいる大型輸送船を攻撃しようとしたが、サキが止めた。クララとマチコが思い止まる。
「吃水線の高さをよく見ろ。あれは、もう積み荷を下ろしたあとだ。」
「確かに。あの船の質量は大したことなさそうですぅ。」
「じゃあ、積み荷の援軍は上陸してるってことね。」
「ああ、おそらくは新型のゴーレムだ。」
クラブハウスを攻めている主力軍が危ない。大型輸送船も無視し、すぐにでも揚陸して地上のゴーレムを叩く。すると、大型輸送船を攻撃する援軍が現われた。南側の漁村リスターに陣を構えていた部隊。先頭に立っていたのはトリスタンだ。
「おう。頼りになりそうなのがいるじゃないか。ここはトリスタン卿に頑張ってもらおうか。」
他人に投げてしまうというのではなく、任せられるところは任せる。リーダーの資質として必要なことだろう。サキはクラブハウスの中心地を目指して前進の指示を出した。
「さあ、行くぞ。ララーシュタインのインヴェイドゴーレムに正面から対抗できるのは我々だけだ。」
タロスは港の桟橋を上がる。バルナックの軍船から魔法故撃が飛んでくるが、サキが張った結界が跳ね返す。もっとも結界がなくともタロスのミスリル製のボディならビクともしないだろう。おそらくバルナックの魔法使いが造ったであろう尖った奇岩が並ぶバリケードを蹴散らし、市街中心部を目指し進むと新型のゴーレムがタロスを取り囲んだ。
二種類の新型が六体。一種は人馬型。人型の上半身が、首のない馬に乗っており、槍を持つ。おそらく装輪型の後継型だろう。次から次へと良く考え付くものだ。タロスを三方から囲んでグルグルと周囲を逆時計方向に走る。その一歩内側には、もう一種の新型。二足歩行だが、異形だ。顔が正面と左右にあり、腕は六本。三面六臂の仏像を洋風の甲冑で包んだようなデザイン。棍棒のような武器を持っている。
金属製ゴーレムに剣で斬り付けても斬れるわけもなく、剣が折れるので、無駄だ。今までゴーレムは剣のような武器は持っていなかった。だが、タロスに撃破され、苦慮したうえで打突武器、打撃武器を持たせることにしたのだろう。敵もいろいろと考えているようだ。
「捕虜から訊きだして、名前だけで内容のよく分からない新型ゴーレムらしいものが幾つかあった。おそらく、こいつ等がそうなのだろうな。」
サキは続いてタロスのことを話す。初めて聞く内容だ。
「いいか?本来ゴーレムというのは自律的に動く。魔法具生物の一種だ。見た目モンスターに近いが、生物でもあるんだ。だが、あまり複雑な動きや思考はない。戦えば力任せの格闘戦になる。そこでタロスは、人が乗り込んで直接動かすように造ったのだが、本来のアーティファクトクリーチャーとしての部分も残している。タロスのクリーチャーとしての感情の動きが、簡単にだが、私の席では確認できる。
タロスの感情回路がマイナス、知性回路がプラスに働いている。つまり、警戒している。今回は強敵だとタロスが感じているんだ。だが、同時に戦意回路がプラス方向。タロスは戦いたいと言っている。」
俺達パーティメンバーも応える。
「バルナック側も本腰入れて攻めてきてるってことですねえ。」
「あたしはバトルロイヤルだって負け知らずなのよ~。見てらっしゃい。」
「やぁってやるぜぇ! 姐さん、腕上げて!」
「はいはーい!」
「五指雷火弾!」
両手指から十発の光弾を発射し、六体のゴーレムを襲う。マチコ風に言えば、ゴングが鳴った。四方八方に火花が散ると、早速マチコは飛び上がり、前方にいた三面六臂にむかって両脚を揃え、旋回式ドロップキック。両足の裏で仏像の顔面を蹴ると、後方に一回転。前受け身を取ると、すぐさま立ち上がった。なんだか罰当たりな気分だが。
この状況ならば、マチコが一対一で勝負できるように環境をコントロールするのが、俺の役目だ。防御はサキがやるだろう。俺がやるのは、相手の妨害。
「曇天の空、深淵の沼、気圧の谷間で、これまでの大罪を恥じ謹慎せよ。地の毒!」
タロスを中心にドーナツ状に魔法の効果が広がる。ゴーレムの足元の地面が黒く変色して沼のようになり身体が沈み始める。姿勢を崩した阿修羅型は六本の腕を振ってバランスを取るが、地面の色がまた変わり、今度は速乾コンクリートのように固まる。固まりきる前に片足を上げ、固まった地面を上げた足でストンピング。コンクリートを打ち崩そうとする。人馬型は素早くドーナツの外側へ逃げた。脚の拘束と毒によるジワジワとした攻撃を行う大技だ。これで動きを半分は封じるはずだった。そしてゴーレムには毒も効果はない。
マチコは、そんなことにはお構い無し。一番近くにいる阿修羅型へ突っ込んで行く。六本の腕と棍棒を避けて頭を鷲掴み。引き寄せて三面の頭を膝に打ち付けた。すると、すぐに一歩後退。俺は外側を周回する人馬型に向けて魔法の矢を撃つ。
「暗器!」
「クッキー、その調子で撃ち続けて!あたし関節技は得意だけど、あの六本腕に捕まったら不利だわ。」
「そのとおりだ。マチコ。一撃離脱を繰り返せ。どのゴーレムに火力を撃つかは、クララも判断して指示しろ。」
今回、新型として現れた二種のゴーレムは、甲冑を着込んだようなデザイン。頭には兜。額の『emeth』の文字が隠れている。これもタロスのヘッドギアを模倣した物だろう。この額の『emeth』の文字を隠してしまうとゴーレムとして機能しなくなる、というのでホリスターたちドワーフの鍛冶職人も相当開発に苦労したらしい。最後には、希少金属の一つで世界最高の強度を持ち、裏を返せば加工しにくい『オリハルコン』を使用した。
ララーシュタインのインヴェイドゴーレムの兜は、完全に『emeth』の文字を覆っているわけではなく、何本ものスリットが入ったメッシュのような板金が顔面本体からは少し浮いた状態で取り付けられている。やはり急拵えで、技術的には、こちらよりもやや劣るのだろう。火力呪文を上手く使えばメッシュの隙間から文字を焼けるかもしれない。だが、文字を焼いて動きを封じただけのゴーレムは、また大した手間を掛けずに修復されるため、完全に破壊するのが望ましい。
有無を言わさず、兜ごと、破壊してしまえば良いのでは?しかし、それだけ強力な攻撃と言えば・・・。俺は牽制のため、上から火力が降り注ぐ呪文、曲射弾道砲を撃ったあと、大技のソーサリー呪文の詠唱に入った。
「遠い世界で静かに眠れ。汝の使命はここで終わる。争いを止め平穏を求める声に耳を傾け、目を閉じよ・・・。」
マチコはタロスに岩を拾い上げさせ、タロスの操縦をクララに引き継ぐ。左後方の席に叫ぶ。
「クララ、頼むわよ!」
「はい!承りました!」
トレンチモータルの呪文の火力が人馬型に当たると、その同じゴーレムに向かい、クララは岩を投げつけた。見事頭部に命中。一瞬人馬型のゴーレムの動きが止まる。
「魔素粒子加速砲!!」
円陣が重なった立体魔法陣から大きな白い光条が伸び、人馬型の上半身を消し飛ばした。残った下半身、馬の胴体は前につんのめって倒れた。後ろ脚がピクピクと痙攣するように動いたが、すぐに止まった。
「よし!いいぞ、クッキー。コントロール、マチコに戻せ!」
「はい!姐さん、頼みます。」
これで、敵のゴーレムは五体となったが、足場を固められた阿修羅型もコンクリートのようになった地面を踏み抜き、自由に足が動かせるようになった。三体の阿修羅型がタロスに飛び掛かり、外側の遠い間合いの人馬型二体も円周の内側へ回頭し、槍を構える。
「微震!」
あまり威力はないが、地上の敵に対して範囲攻撃ができるインスタント呪文を使う。マチコは一瞬の隙をついて、先程ドロップキックを見舞った阿修羅型にフライングクロスチョップを叩きこむ。阿修羅型は六本の腕で防ごうとするが、タロスの交差した腕を開いた手刀が阿修羅の腕をはじき、阿修羅型の首にタロスの頭突きが入る。間髪入れずに阿修羅型を逆さまに抱え上げて垂直に近い角度で、頭から落とす。垂直落下式脳天砕きだ。その頭に蹴りを一発入れると、すぐに飛び退いた。阿修羅型の兜が割れている。
「暗器!」
兜が割れて『emeth』の文字が出た阿修羅型の額に魔法の矢を撃ち込んだ。追尾機能があるうえに、間近。当然命中し、阿修羅型の一体は機能停止した。
「よし!いいぞ。」
サキが興奮気味に声を上げるが、それとは逆にクララは注意を促す。
「姐さん、気をつけて!後ろ!」
鈍い金属音が響き、タロスが後ろから羽交い絞めにされた。別の阿修羅型の六本腕に捕まった。二本の腕がタロスの脇の下から両腕を上に締め上げ、後頭部の後ろで両手を組んでいる。あとの四本の腕で頭部、ウエストのあたりをガッチリと掴み、身動きが取れないようにする。
「しまった!まったく厄介ね、腕が六本って!放しなさいよ、タコ野郎!」
「まあ、脚も数えたら八本だからねえ。」
「こら、クッキー!へんなトコ感心してないで、魔法でどうにかしなさいよー。」
対新型ゴーレム戦、次回に続きます。




